第36話 再:リベンジ②
『闘杯’30決勝戦も中盤に差し掛かりつつあります! 現在5ターン目! 下馬評を覆し、カンイチ選手がかなり善戦しているように見受けられます!』
『怖いのはここからだね。リカの場にはここまでに展開した道具カードが火を噴く時を待っている』
『なるほど、まだまだ勝負はわかりませんね。おーっと、ここで動きがありました! 準備フェイズが終わり、戦闘前フェイズに入ります!』
『オープン』
カンイチは二枚のカードをセットしていた。
一拍目に≪武神伝≫と三拍目に≪割断≫。手を休めずに攻め続けることを選択したのだ。
対するリカの決闘場には二枚のカードがセットされている。
防御される可能性は低いだろう。カンイチは安堵した。
「戦闘前フェイズに≪鍛造された衰滅≫の効果が誘発致します」
「終了フェイズじゃなくて、今ですか!?」
リカの使用する道具カードは、その多くが終了フェイズに効果を発揮していた。
明らかに挙動が異なる異質なカードだ。
「≪鍛造された衰滅≫は“戦闘前フェイズ開始時に自分の場に存在する道具カード1枚を破棄してもよい。そうしたならば、相手の決闘場に存在するカード1枚を破棄する”という効果を持っております」
「……どういうことですか?」
「すぐにわかります。私は≪星海の侵食≫を破棄、三拍目にセットされているカードを破棄させていただきます」
リカが宣言すると、道具箱から瘴気のような黒い靄があふれ出し、斧へ巻き付いた。
裏向きでセットされていた≪割断≫は決闘場を離れ、燃焼領域へと移動した。
「≪割断≫でございますか。これで、このターン攻撃は不可能でございますね」
「そんな、そんなのアリなんですか!?」
「もちろんアリでございます。カードにそう書かれておりますから」
カンイチは頭を抱えるほかなかった。
一拍目にセットした≪武神伝≫は同じターン中の攻撃のダメージを一度だけ上昇させるカード。攻撃カードと一緒に使わないと意味がない。ただただ手札一枚をドブに捨てただけになってしまったのだ。
「さらに! ≪星海の侵食≫の効果が誘発致します。選択を」
「……ダメージだ」
カンイチは歯を食いしばった。
ダメージレースもついに追いつかれてしまった。
『デュエル!』
カンイチは≪武神伝≫を発動させ、斧が赤熱させるものの、意味はない。
このターン、もう自分から動くことはできない。
「私は≪夜の帳≫で、あなたの場に残っている≪アフターマス≫を破棄いたします。続いて≪星海の侵食≫を展開」
「くっ……!」
道具カードも破棄され、ここまでのカンイチの思惑は半ば崩壊しつつあった。
「……やっぱり強いですね。リカさん」
「今更でございますね」
リカは声色一つ変えない。その裏には圧倒的なまでの自信があるからだ。
「終了フェイズ、≪月輪の侵食≫が破棄されたので、【落日】が誘発」
「ダメージで」
「頑なでございますね。その強がりもいつまで続くでしょうか」
6ターン目。
先のターンの消費が大きく、カンイチの手札には攻撃カードが一枚だけしか残っていなかった。
「ここでセットしても、同じように破棄されるだけ」
カンイチはカードを伏せることなく、準備フェイズを終了するしかない。
ただし、希望はある。道具カードにはカウンターが乗っている。毎ターン終了フェイズに一ずつ減少し、0になれば破棄される。終了フェイズにリカの【落日】が誘発するのも、これが原因だ。
逆に言えば、待ち続ければ、厄介な道具カード≪鍛造された衰滅≫も破棄されるということ。
問題はそこまで待つだけの時間的余裕があるかどうかだ。
『オープン』
『デュエル!』
リカがセットしたカードは一枚のみ。
「私は≪瘴気開泉≫で≪鍛造された衰滅≫のカウンターを三つ増やします。これで次ターン以降も維持させていただきます」
「……そういうことですか」
「はい。そういうことでございます。あなたにはこのまま待ち続ける“我慢比べ”か手札切れの危険を冒してダメージを狙う“チキンレース”か、どちらかを選択していただきます」
『大きく状況が動きました! リカ選手道具カードによる妨害でカンイチ選手の攻撃を止めたー! セットカードを腐らせた上に、さらに妨害用の置物を維持! これは効いたか!?』
『≪鍛造された衰滅≫は相手のセットを疑似的に封じる牽制能力が非常に高いカードだ。リカ選手の切り札と言ってもいいかもしれないね』
『一転! ピンチに陥ったカンイチ選手! ここから巻き返すことはできるのか!?』
7ターン目。
カンイチは再び分岐路に立たされていた。
当初の戦略は“手札を維持しつつの速攻”。そのために、これまでの【落日】は全てデッキで受けてきた。
しかし、それも瓦解しかかっている。平押しで勝ちきれるかと言えば、かなり怪しい状況だ。
“我慢比べ”なら、あと何ターン待ってから後に動くのか。
“チキンレース”なら、それを通すにはどうすればいいか。
それぞれ考えたうえで、選択しなければならない。
「俺は……」
『カンイチ選手長考していますね。やはり苦しいか』
『ここで悩むのは悪いことじゃないさ。この決闘の展開を占うターニングポイントだからね。大事なのは……』
「……大事なのは、ここで決めた選択を後悔しないで貫き通すこと」
カンイチはたっぷりと時間いっぱいまで考え抜いた。自分の手札、デッキに残ったカード、相手の場、手札とデッキの枚数。そして勝利へのビジョン。
『オープン』
カンイチの選択は……。
「三枚ですか。“チキンレース”を挑む、という選択でよろしいのですね」
「はい、参ります!」
リカは一拍目のみカードをセットし、後は防御態勢を整えていた。
「それでは≪鍛造された衰滅≫の誘発、こちらの≪星海の侵食≫を破棄し……一拍目のセットカードを破棄していただきます」
「わかりました。【落日】はダメージを選択で」
『デュエル!』
カンイチの一拍目は失われてしまった。セットしていたのは攻撃を強化するカード≪担ぎ≫。
バフはなくなってしまったが、二拍目は力を溜め、三拍目で突撃する。その流れは変わらない。
チャージされた痛烈な一撃がガードの上からリカを襲う。
「あなたのおかげなんです!」
交錯の瞬間、リカの耳に声が届く。
そして、攻撃できないリカの目と鼻の先で、カンイチは斧を振りかぶり、再び攻撃をチャージする。
「勝ちたい気持ちも、負けることの悔しさも、あなたに教えてもらった」
リカは防御の構えを継続させる。
「だけど、あなたに負けたことが悔しくて、今は少し強くなれた」
「ええ」
リカに手出しはできない。できるのは防御態勢を取り続けること、そして、相手の精神の乱れに期待すること。それくらいのことしかできない。
「昔のあなたもそうだったはずです。二十五連敗したってことは、二十四回負けても挑み続けたってことでしょう!?」
「っ……!」
カンイチのチャージが終わった。大上段から振り下ろされる斧。リカは鎌の峰で受け、甲高い金属音が鳴る。
カンイチは斧を握る手へさらに力を込めた。
「その気持ちを、あなたに、ほんの少しでも思い出してほしいんです!!」
その時、斧が鎌の表面を滑り、柄を握るリカの手ごたえが消失する。
カンイチは鎌の重さを利用して、斧を回転させる。
リカも再度防御しようと試みるが、不意の回り込みへ完全に反応することはできない。
袈裟斬りが肩へヒット。鈍い痛み。ダメージ。
カンイチの攻撃は確かにリカへ届いた。
『クリーンヒット!! 妨害に防御をかいくぐり、カンイチ選手がダメージを与えた!』
『素晴らしい一撃だったね』
『さぁ、追いつめられたリカ選手! あと一撃食らってしまえばゲームセットか!? 一方のカンイチ選手も手札切れ寸前だ!』
『いよいよ佳境だね』
そして、7ターン目が始まる。
ターン開始時のドローを含めて、カンイチの手札は残り二枚。
心は決まっている。
『オープン』
カンイチは一拍目と三拍目に手札二枚全てを伏せ、リカは何もセットしなった。
カンイチは攻撃に、リカは防御にすべてを託したのだ。
「そのセットカードがすべて攻撃カードだったなら、このターンであなたに可能な攻撃は二回。その場合は、私が負けるでしょう。しかしながら、あなたのこれまでの動き、デッキを見るに、攻撃は一回が限度なのではございませんか」
カンイチは答えない。
「……私は≪日輪の侵食≫を破棄し、三拍目にセットされたカードを破棄いたします」
無情な宣言と共に三拍目のカードが開示され、そそのまま破棄される。
「なっ!? まさか、ブラフでございますか!?」
そのカードは≪武神伝≫だった。つまり、攻撃カードではない。
『デュエル!』
「行きますよ、リカさん!」
カンイチが斧を担ぐ。チャージの姿勢。
とっさに、リカは防御の姿勢を取る。
自分の読み外しに、リカは少なからず動揺していた。あとはあの攻撃から耐えきることを祈って防御するしかない。
「来る!」
攻撃が来ると確信していた二拍目。しかし、攻撃は来ない。
「……?」
脳裏に浮かんだ疑問符を解消したのは、半周遅れで動き出したリカ自身の脳。
ここまで全く使用されなかったがために、リカの思考から消えていた、応用武器“アックス”の攻撃カード。
「≪オ-バーヘッド≫!」
予想から一拍遅れて、カンイチは動き出す。
≪オーバーヘッド≫の持つ、“アックス”の固有能力は【オーバーチャージ】。斧の【チャージ】を発展させたようなその能力の特徴は、一言で表すと、チャージ時間が伸びた【チャージ】。タメにより時間がかかるようになったことで、攻撃のタイミングをずらすことができる。
それが決め手となった。
最後に立っていたのはカンイチだった。
『なんとなんと勝者はカンイチ選手! 最強の敵、優勝候補筆頭のリカ選手を倒し、たった今! 闘杯’30の優勝者が決定いたしました!!』
カンイチには大音量で響き渡るファンファーレも聞こえてはいなかった。
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