第26話 リベンジ
翌日、カンイチは再びリカのホームへと向かっていた。
リカには敗北したばかり。負けた時の条件として、付きまとわないこと、と言い渡されてもいた。加えて、リカが出場する大会に、ミノが出られないことも判明した。
大会でリカとミノを引き合わせる作戦が見事に頓挫した後、貫一は箕へこれまでのいきさつを打ち明けていた。
「まぁ勝てなかったのは仕方ないよ。リカリカは結構強いからねぇ。プレイ歴も長くて、きちんと強さを求めているタイプだ」
「どうすればいいんでしょう」
「うーん、今回、私はあまり力になれないかもしれないね」
「そんな……どうしてですか?」
「ほら、私は対戦相手が強いほど燃えるタイプだからね」
「みんなそうなんじゃないですか? 上手い人とプレイできるのってそれだけでうれしかったりしませんか。プロのスポーツ選手と練習したりすると嬉しいですよね?」
「そうだね。しかし、例えば君自身もプロだったら、純粋に喜べなかったりするんじゃないかな」
「わかるような、わからないような……?」
「リカリカにも嬉しい気持ちはあると思うよ。だけど、それだけじゃないんだよ。勝ちたい気持ちが強いってことは、負けたくない気持ちも強いってこと。私だってそうさ」
「でも、ミノさんは相手が強いほど燃えるんですよね」
「そこは人によるところさ。私は同じ相手に何十連敗したこともないし」
「……言いたくないですけど、やっぱりミノさんのせいじゃないですか?」
「まさかこんなことになるとは思わなかったよね」
箕は笑っていた。その顔はいつもより若干申し訳なさそうに見えなくもなかった。
カンイチは昨晩のやり取りを思い出しながら、ゆっくりと路地裏を進んでいく。
箕は力になれないと言っていた。けれど、箕の話を聞いて、カンイチにはあるアイデアが浮かんでいた。
「負けたくないってことは勝ちたいってこと……そうだよね。だったら……」
考え事をしている間に、リカのホームの目の前までたどり着いてしまった。
カンイチはいつもよりも強く、力を込めて玄関扉をノックした。
研究会のため、常時開放されている建物の中へ入る。
今回はリカもそこにいた。
前回、リカとカンイチが決闘を行ったのはホームの中ではなく、路地裏。ここに集まっているファンの方たちは、二人の事情を知らない。
「おう、また来てくれてありがとな。……? どうしたんだ?」
声を掛けてきたのは、前にこの場所を訪ねた時に少し話をした大男だった。名前はイヌドリ。彼はすぐにカンイチの様子が前と違うことに気づいた。
今日、用があるのはリカ本人だ。申し訳なく思いながらも、手で彼を制し、リカの元へと向かう。
リカは真剣な表情で、カードを並べて、数人のファンと討論をしていた。そして、接近するカンイチの姿を目にしても表情を変えなかった。
「何用でございましょうか」
「お願いに来ました」
「私に勝てた場合のみ、というお話だったと記憶しておりますが」
「そう……だったんですけどね」
「端的に話していただけますか」
リカの口調にはいら立ちが混ざっているように思われた。
「今度は大会で挑戦させてください。もう一度、あなたに」
「二度目がある、と、お話した記憶はございませんが」
「怖いんですか、俺に負けることが」
見え透いた安い挑発。
カンイチは自覚していた。自分はこういうあおりが上手いタイプではない。きっとリカもこれが挑発だということに気づいているだろう。
「もしも、俺があなたに勝てたなら、それが無理だと思うなら。どうか、受けてください。俺にできたなら、きっとあなたにもできるはずです」
自分がリカに勝てたなら、きっとリカもミノに勝てるはずだ。
挑み続ける限り。いつか。
「先ほど、“負けるのが怖いのか”とおっしゃいましたね」
リカはカンイチの方へゆっくりと歩いてくる。
「ええ、怖いですとも。誰もが勝利を求めて武器を振るうのです。敗北を悔しく思えないのは真剣に勝利を求めていない者だけでございましょう」
“リカリカはきちんと強さを求めているタイプ”、昨日のミノの言葉は正しかった。
「ですが、チャレンジャーの挑戦から逃げるのもまた敗北。そのような腰抜けと勘違いされるのも不本意でございます。その勝負、お受けいたしましょう」
気付けば、建物の中は、まるで女王が勅令を下す時のように静まり返っていた。そして、リカの言葉で歓声が沸き上がる。
「……ただし、大会はトーナメント形式でございます。すべては、あなたが勝ち進み、私の元まで辿り着くことができたならのお話であること、肝に銘じた方がよろしいかと存じます。不戦勝などという結末はいささか興冷めでございますから」
カンイチは頷く。
今日の用は終わった。ホームから退出しようとするカンイチに、思いがけず温かい声が投げ掛けられた。それも四方から。
「がんばれよ~」
「当たるまで負けるなよ!」
「抽選で逆の山に入れよ!」
対決を期待する声だ。
ここに集っているのはほとんどがリカのファン。ヒールの登場は主役を引き立たせる。
しかし、それは誰もリカが負ける光景を想像していないということでもあった。
そして、それは正しい。
今のカンイチにリカを倒せるだけの力がないことは、彼自身が一番理解していた。
ホームを出て探偵事務所へ向かう。
事務所に着いたら、ミノのアドバイスを聞きながら、参加受付を行うことになるだろう。
「……勝たなきゃな」
きっと、三度目はないだろう。今度ばかりは負けられない。
これまでまともに勝ったことはない。それなのにいきなり大会だ。
今のままでは、リカを倒すどころか対面に立つことすら許されないだろう。
「……勝ちたい」
ただ、気持ちだけは、誰にも負けていない。
カンイチは決意を胸に家路を急いだ。
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