第50話 vs鴉①
1ターン目。
青く染まった決闘領域の内部で、鴉の男と探偵は向かい合っていた。
探偵は男の得物へと目を向ける。
誰がどう見ても短剣だ。
相手は悪名高き“鴉”の幹部相当。決闘についても高い技量を有しているのは間違いない。武器にも何らかのカスタムが施されている可能性もあるが、まずはオーソドックスなタイプを想定しておくのが賢明だ。
短剣の特徴の一つは、手数だ。
一発当たりのダメージは抑えめだが、それを数で補うタイプ。
近いコンセプトの武器としては銃が挙げられる。銃ほどの継戦能力は持ち合わせていないが、攻撃技の使用可能拍数が1~2とかなり前に設定されていることも相まって、取り回しが良好で撃ちやすい。
引いたカードを叩きつけるだけである程度戦えることから初心者向けとして挙げられることも多いが、極めようとすると奥が深い。そんな二面性を持つ武器でもある。
探偵はたっぷりと時間を使って男の所作を観察し、一枚のカードをセットした。
『オープン』
『デュエル!』
互いに1枚のカードをセット。決闘は初手から動の展開となった。
探偵は大地を強く踏みしめ、次のターンに備える。
「≪溜め足≫ですか、元気なお嬢さんだ。では、私も期待に応えるとしましょう」
ゆっくりと歩いていた鴉の男は、一瞬で距離を詰め、探偵の懐へと飛び込んだ。
緩急をつけた動きは、眼で追うことが難しい。探偵にも身構えるのが精いっぱいで、すねへと刺突を食らってしまう。痺れるような違和感。ダメージによる幻痛。
しかし、今回は痺れがなかなか消えない。
「毒、だね」
鴉の男は手元で短剣をくるりと回す。
短剣のもう一つの特徴、それはダメージで相手に毒を与え、毒を溜めることで妨害やダメージ増加をもたらすことだ。
しかし、普通はたった一撃でここまでの変調を来すことはあり得ない。
ワイルドカードか、はたまた武器のカスタムか、何らかの仕掛けが施されていると考えていいだろう。
「これはもたもたすると面倒だね」
足の痺れと雑念が消えない。
笑え。これまで自分がしてきたのと同じように。
それが私だ。
2ターン目。
探偵は仕込み杖を正眼に構える。
仕込み杖の元となったのは狐太刀と呼ばれる派生武器、その特徴は圧倒的なダメージ効率にある。一撃の火力を上げ、一瞬で高いダメージを与えるコンセプトだ。助手が使用している斧もこれに近い戦い方を得意としている。
ただし、斧がタメによってパワーを上げるのとは違い、狐太刀はもっと別の代償によってダメージを引き上げている。また一味違った癖を持つ武器である。
「さぁ、今日も頼むよ。たんと持っていくといい」
探偵は仕込み杖に語り掛け、持ち手を握り直す。
≪溜め足≫の効果によって、探偵は相手よりも一拍分カードを多く使用できる。攻撃の準備は万端だ。
『オープン』
『デュエル!』
探偵がセットしたカードは3枚、対する鴉の男は2枚。
先に動いたのは探偵、≪錬磨≫を使用し、デッキからカードを探して手札に加える。その隙を鴉の男は見逃さず、1ターン目と同じ≪影縫い≫で攻撃した。
幻痛と毒による痺れに顔をしかめる。
やや体勢を崩しながら返す刀で男の腕を狙う。剣の攻撃技≪小手斬り≫だ。
そして、探偵が杖を振るのとまったく同じタイミングで、男も短剣を振るった。
キン、と甲高い音が鳴って、二つの武器がぶつかった。
ギャリギャリと音を立てて鍔迫り合いが始まる。鴉男のリーチの不利と、毒による妨害で拮抗している。
「ワイルドカードで強化した毒を食らってそれだけ動けるとは、噂に違わぬ達人だな」
「その口ぶり、やっぱりあんたも適合者か」
「ああ、そうとも。祝福を賜ったのさ、我らが主直々にね。君もそうだろう? どうして主に弓を引くのだ。理解できないね」
「……こんな目に遭うのは私だけでいい」
幻痛がマシになってきたタイミングで、探偵は吐き捨てるようにつぶやくと、強引に男を押し出し、そのまま地面を強く蹴って、真正面へと飛び込んだ。
「≪陽炎断ち≫」
探偵が技の名前を唱えると、目の前で、半透明のカード二枚がひらりと舞った。
彼女はためらうことなく、空中で二枚のカードを“食べた”。
瞬間、仕込み杖が山吹色の炎を帯びる。
火の粉舞う仕込み杖の刃で男を正中線に沿って両断する。
炎によって強化された攻撃は鴉の男に大ダメージを与えることに成功した。
攻撃後、杖から炎はすっかり消えていた。
これが、探偵の武器が得意とする強化法“燃焼”だ。
このターン中にダメージでデッキから破棄されたり、手札に残っていたカードを食べることで、ダメージを高める技法である。
燃焼自体はあらゆる武器で使用可能だが、使いづらい面もあり、使用される機会はそう多くない。
まず、1つ目のデメリットとして、コストを用意するのが難しいことが挙げられる。
手札を使うのは損なことが多い。燃焼のコストとするより、普通に使った方が高い効果を得られるケースがほとんどだからだ。となると、ダメージとして落ちたカードを使いたいところだが、それも簡単ではない。
こちらの攻撃よりも前に、相手がこちらを殴って、コストを作ってくれるかは分からないからだ。
そして、2つ目のデメリット、それは、燃焼のコストとなったカードは決闘が終わっても帰ってこない。永久に失われてしまうことだ。
同じカードを使うとなれば、もう一度買い直さなくてはならない。特にたくさん決闘をこなせばこなすほど、デッキのカードはなくなっていく。これではお金がいくらあっても足りなくなってしまう。
そんなこんなで、積極的に燃焼を行う決闘者はあまりいない。
だが、探偵は違っていた。
狐太刀は燃焼を行った時の効果を高めたり、燃焼自体をサポートする効果を持ったカードを多く有している特殊な武器だ。
躊躇なく燃焼を利用し、それをコンセプトとした武器を愛用している。
それが、彼女なりの決闘に対する向き合い方なのかもしれなった。
「これはまたいよいよ素晴らしい」
距離を取った探偵の向かいで、鴉の男は笑っていた。探偵と同じように。
男もまた、決闘にとりつかれた決闘者だったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます