第51話 vs鴉②
3ターン目。
先の2ターン目、探偵は≪陽炎断ち≫によって、鴉の男に大きなダメージを与えることができた。形勢は探偵の有利へと傾いたと言っていいだろう。
しかし、鴉の男に焦る様子は全く見られない。あくまで余裕を保ったまま、決闘は3ターン目へと移っていた。
『オープン』
『デュエル!』
探偵、鴉の男、両者共にセットしたカードは一枚のみ。
ここまでの大立ち回りから打って変わって静かなターンとなった。
まず最初に動いたのは鴉の男。
使用したカードは≪血霞の紫箱≫。
男が胸元から取り出した箱を決闘領域の真ん中へ放り投げる。すると、たちまち血霞のような赤い霧が足元へと広がり始めた。
その様子はどこか、ちびっ子が使ったワイルドカードにも似ている。
≪血霞の紫箱≫は道具カード。
しばらくの間、場に残り、食らった毒の量に応じて不利益をもたらす。
今はまだ、探偵がもらった毒の量が少ないため、そこまで強烈な効果はないが、短剣による被弾がかさむと加速度的に形勢が悪くなってしまうことだろう。
「ご丁寧に時間制限をつけなくても、どうせこちらから攻めさせてもらうよ」
対する探偵が使用したカードは≪狐の嫁入り≫。
こちらも燃焼をサポートする道具カードだ。
両者共に、これからの展開に向けて、息継ぎをして力を蓄えるターンとなった。
この平穏が嵐の前の静けさであることを、二人は知っていた。
4ターン目。
状況は激しく動く。
長期戦を避けたい探偵と、今後のために毒のカウントを稼いでおきたい鴉の男の思惑が一致し、激しい攻防が繰り広げられたのだ。
『オープン』
『デュエル!』
探偵は4枚、鴉の男は3枚のカードをセットしていた。
男の決闘中三度目の≪影縫い≫に対し、探偵は防御を選択。これまでの攻防で目を鳴らしていたこともあり、辛うじて防御に成功、かすっただけにとどめることができた。
続く2拍目、探偵は≪蒼炎≫を選択、杖に蒼い炎を纏わせる。このターン中の攻撃を強化する技だ。男も攻撃は行わず、≪煤煙≫を使用。探偵の顔が歪む。
≪煤煙≫は毒のカウントを2倍にする特殊カードだ。ダメージこそないものの、先のターンに展開された≪血霞の紫箱≫とあわせて、半端ではない圧力がある。毒による悪影響は無視できない水準にまで上昇し始めていた。
それならば、先に相手を切り伏せるまで。
探偵は蒼い炎を纏ったまま≪陽炎断ち≫で、鴉の男に飛び掛かる。
しかし、男はここで防御を選択していた。
絶大な火力を誇るはずの攻撃は、ダメージを与えることはできたものの、短剣による防御で大きくパワーを減じてしまった。
「ふふふ、それでは私は倒せないぞ、せっかくだ。こちらは≪解毒薬≫を進呈しよう」
男は笑いながら赤い液体が入った小瓶を投げつけた。
放物線を描く瓶を、探偵は刃で迎撃。しかし、瓶は途中で叩き落せたものの、少量の液体が探偵の腕に飛び散った。
「これで君の毒は少し減った。多少の代償は支払ってもらうがね」
≪解毒薬≫は相手の毒を減らす代わりに、ダメージや手札破壊を行う効果を持つ。
完全にマッチポンプ、迷惑な押し売りだ。
だが、元より消耗戦に付き合うつもりはない。
「≪溜炎≫」
探偵は再び杖に力を込める。炎が刃と探偵の体をわずかに焦がす。
狐太刀のダメージを強化するカードは、使用者にもダメージを与える。
肉を切らせて骨を断つ。
それがこの武器の、探偵のスタイルだった。
探偵の瞳の奥にも炎が燃えている。
初めて、鴉の男の額に冷や汗が伝った。
「≪狐炎≫」
探偵の言葉と共に、宙を舞うカードたち。被弾と自傷ダメージによって、燃焼のコストには困らない。二発の強化カード、そして燃焼によって火力が爆発的に向上する。
刃が燃える。
いや、燃えていたのは男の方だった。
一瞬のうちに膨れ上がった爆炎が男の身を焦がす。
防御を選択していなかった男へ絶大なダメージが入る。
探偵は仕込み杖を振って、炎を払う。
「っふ、素晴らしいね。まさかここまでとは」
炎の向こうでやはり男は笑っていた。それも心の底から楽しそうに。圧倒的不利にもかかわらず。
探偵の指に力が籠る。
「それほどの力を持ちながら、どうして我らが主を拒むのです?」
「お前に語っても無駄なことは知っている」
「つれないですね。では私の方からお話ししましょう。私が執事として屋敷に潜入したのはあの屋敷の主がshiranui社の研究者だったからです」
「それは知っているとも」
「探偵には要らぬ講釈でしたか? では、鴉の本当の狙いはshiranui社が開発中のとある装置だったことは?」
探偵は答えなかった。
「こちらはご存じなかったようですね」
「どうしてこんな話を」
「あなたには隠していても無駄でしょう。どうせ私が勝った暁には、あなたにもご同行願うことになりますし、ええ。あくまで本当の狙いのついでにね。今回はオマケが豪華で喜ばしい限りです。実験体候補に、強力なはぐれ適合者まで、至れり尽くせりとはまさにこのことですよ」
「こちらこそ感謝したいくらいだよ。誘拐事件のついでにお前たちの尻尾を掴めたんだ。絶対に離さない」
探偵の瞳の奥の炎は消えていない。
体に宿した業火がその身を焦がすより前に、鴉の男を焼き尽くす。
それが探偵の意志だった。
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