第52話 vs鴉③

 5ターン目。

 探偵と鴉の決闘は折り返し地点を超え、佳境を迎えつつあった。

 形勢は探偵有利。両者の残りライフには大きな差が開いている。

 一方で、鴉が仕掛けた毒も、確実に探偵の体を蝕んでいた。

 勝負が長引けば、鴉にも十分に価値の目が残っている。予断を許さない状況であった。


 探偵は選択を迫られていた。

 いつ最後の攻勢をかけるか。

 早くに仕掛ければ、防御を合わせられると攻め切れない。

 かと言って、待ちすぎるとその分付け入られる隙ができてしまう。


『オープン』

『デュエル!』


 このターンの探偵の選択は“待ち”、何もカードをセットせずに戦闘へ入る。


「へぇ。そいつは助かるよ。それじゃ≪煤煙≫を二発と」

「っ!!」

 

 探偵の顔が引きつる。

 ≪煤煙≫はダメージこそないが、相手の毒カウントを二倍にする効果を持つ。

 残された時間はもう少ない。


「随分と悠長だね。そんなにお縄につきたいとは知らなかったよ」

「安い挑発には乗りませんよ。お嬢さん」


 ひりつく空気を保ったまま、次のターンへと移る。


 6ターン目。

 やっと探偵の手札は二枚になった。二枚あれば、現実的な仕掛けが可能になる。

 しかし、探偵は黙って準備フェイズをスキップする。

 仕掛けるなら次のターン。そう心に決めていた。

 こういう正解がない読みを通すときに、最も必要なものは何か。探偵はよく知っていた。


『オープン』

『デュエル!』


 合図と同時に、鴉の男が消える。

 ほとんど勘で脇腹の辺りに杖を置き、防御の姿勢を取る。

 同時に手首を伝う強烈な手応えが、探偵の勘が当たっていたことを伝える。

 しかし、二撃目までも防ぐことは叶わなかった。無理をした姿勢のままではガードできない逆肘に、短剣の刃が食い込む。

 たった一撃の被弾。それが探偵の動きを大きく鈍らせる。

 ついに短剣の毒が目に見える形で効果を表したのだ。

 

「どうですかな、お嬢さん。私の麻痺毒のお味は」


 答えはもちろん最悪だ。

 切りつけられた右腕に力が入らず、だらりと垂れ下がる。


「ろくに武器も振れないでしょう。お嬢さん、あなたの負けです。少し悠長が過ぎましたね」


 鴉の男の口元は勝利の愉悦に歪んでいる。

 しかし、探偵の目にはまだ闘志が残っていた。

 男はやれやれと首を振った。

 それから、ちらりと決闘領域の外側へと視線を向ける。

 探偵は気づいていなかったが、決闘領域を区切る青い外壁に小さなひびが入りつつあった。


「君は私から情報を得ることはできない」


 探偵はその言葉を挑発と受け取った。

 確かに、フィニッシュルートの多くは潰えてしまった。だが無くなったわけではない。


 探偵は自分の選択を後悔してはいなかった。

 正解のない選択において最も必要なもの。それは、自分の決定を信じ、迷わず貫徹する強い意志だ。


7ターン目。

 探偵は引いてきたカードを確認し、そのまま黙って手札全てをセットする。

 このターンが最後。泣いても笑っても、ここで勝負が決まる。


「そうか、すっかり忘れていたよ。お嬢さんはまだワイルドカードを切っていなかったな」


 探偵はその言葉に一切の反応を返さず、ポーカーフェイスを貫いている。

 有名な探偵の切り札、ビームこと≪追想:白天≫。

 大きなモーションは必要なく、それでいて威力は絶大。防御の上から相手を貫くことができる。ダメージに特化したシンプルなワイルドカードだ。

 その性質上、片手が動けば問題なく使用可能で、残り少ない男のライフを消し飛ばすには十分な火力を持つ。

 探偵がセットしたカードの中に≪追想≫は確かに存在した。

 このターンまで手札にやってくるのを静かに待ち、ここで引けなければ残った手札だけで仕掛けるつもりだったが、結果的に切り札は探偵の手にやってきた。

 あるいは、切り札の直前に合わせることで、発動を抑えることができたかもしれない≪痺れ刃≫は、前のターンに使ってしまっている。

 おそらく、これを止める手段はない。


「追いつめられていたのは私の方だったというわけか」


 鴉の男は目を閉じて、制限時間いっぱいまで準備フェイズを使い切って、戦闘前フェイズへと入る。


『オープン』


 探偵の場にカードは三枚。一方の鴉の男は0枚。

 ここで探偵は自らの勝利を確信した。


『デュエル!』


「お前たちのボスをシバキあげて、こんな体から元に戻る方法を聞き出してやる。あんたはそのための礎になってもらうよ」

「……できるものならやってみては?」


 鴉の男の額を冷や汗が伝う。それでもヤツは笑っていた。

 探偵は杖を男にめがけて構える。

 切り札はもちろん一拍目から。


「≪追想――」


 その時だった。

 ドゴン! と、鴉の男の真横から轟音が鳴り響いた。

 気づけば、決闘領域の外壁が円形に破壊されており、その穴の向こうから、また別の男が姿を見せたのだ。


「お~、派手にヤラレちゃってる感じっすか。デカイ顔して情けないっすね~」


 ストリート系の装いで、顔にタトゥーを入れた若い男が鴉の男に声を掛ける。


「君は先に口を直せ。我々の品格を疑われてしまう」

「我々だってよ、あー恥ずかし」

「……とにかく今回は助かった」


 鴉の男は壁に開いた穴の向こうへと足を踏み出す。

 突然の出来事に、呆けていた探偵は急いでビームをぶっぱなす。


「うぉっと、危ねっ!?」

「勝敗は預けておくよ。誇りたまえ。今回は君の不戦勝だ。報酬はナシだがね」


 ビームを躱して二人は穴の向こうへと消えていく。

 決闘者を失い、維持できなくなった決闘領域は解除され、通常のVR空間へと戻る。


「ミノさん! 無事だったんですね。良かったぁ……」


 時を同じくして、カンイチとちびっ子も探偵の元へとやってきた。


「部屋に入ったら突然ADGsの中にいて、ログアウトもできないし、心配しましたよ」

「ああ……」


 探偵は鴉の構成員たちが消えていった方角を見詰め、唇を噛んだ。

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