第49話 ”鴉”
侑と共にログアウトした貫一は、すぐに探偵からのメッセージに気が付いた。
『執事追跡、尋ね人発見、使用人室』
スマホに残っていた短いメッセージを見て、息が止まりそうになった。
ついに彼女が見つかった。
すぐに駆け出そうとする貫一だったが、扉を開ける前にはたと気が付く。
使用人室の場所が分からない。
そんな名前の部屋はこれまで見たことがなかったし、広い屋敷の中を総当たりで探すのはいくらなんでも無謀すぎる。
つまり誰かに教えてもらうしかないないのだが……。
「どうしたの? かけっこ?」
背後で侑が首をかしげている。
もし、侑が犯人なら、はいそうですかと監禁場所を教えてくれはしないだろう。
逆に、二人とも危険にさらされてしまう可能性が高い。
けれど、貫一はこの無邪気なちびっ子が監禁の主犯ではないと感じていた。
一度決闘で刃を交え、真剣に遊んだ、あの時の表情、全てが嘘だったとは思えなかったのだ。
「ううん、箕さん……一緒にいた女の人の所へ行きたいんだけど、『使用人室』ってどこかわかるかな?」
「使用人室……」
侑はすぐに答えを返さず、悩むようなそぶりを見せる。
貫一はごくりと唾を飲み込んだ。
「う~ん、べっとうの方だって聞いたような~」
「べっとう……別棟だね。ありがとう」
「今から行くの?」
「うん。箕さんが待ってるから」
「ボクも一緒に行くよ。一回行ってみたかったんだ~。いっつも『危ないから』ってじいやに止められてたし」
今はうるさいじいやが居ないもんね、と侑はいたずらに笑い、扉に手を掛けた。
侑の先導で貫一は廊下をゆく。
「早まらないで、箕さん」
貫一は遠く離れた探偵の身を案じた。
突然意識を失ったはずの箕は、気づいた時には、コンクリートで四方を覆った部屋に立っていた。
視界、触覚、肺を通過する空気、全てに違和感がある。それも、あまりにも慣れ親しんだ違和感。
「まさか、ADGsの中なのか」
「ご名答」
背後から聞こえた声に振り返る。
そこには仁王立ちをした中肉中背の男と、硬い床に眠るメイド服姿の女性が居た。
ミノにはそのどちらにも見覚えがあった。
女性は先の大会に出場していた選手だろう。準決勝で助手と対戦していたから、かすかに覚えがある。
問題は男の方だ。
「お前は、“鴉”の」
「そこまでご存じだとは。感服いたしました」
「その紋を見れば嫌でも気づくさ」
男が腰に提げた短刀には、黒い鴉の紋が彫り込まれている。
男が属する組織は、ADGsを拠点に、ゲーム内外で活動している犯罪組織。
その不吉の象徴を頂く組織は、自然と“鴉”と呼ばれるようになっていた。
探偵にとっては因縁の相手だ。
「後を着けられていたとは、この私としたことが全く気づきませんでしたよ。まあ、そのおかげで、こうして最高品質の手土産を増えましたから、怪我の功名というやつかもしれません」
「お前が執事か? しかし、さっきの観覧席は」
「アバターを誤魔化す手段はいくつかあるのですよ。タネはお教えできませんが」
他にも聞きたいことはたくさんある。
例えば、どうして、ヘッドセットも被っていないのにADGsにログインしてしまったのか。
ADGsの内部では眠ることはできないはずなのに、女性が床で眠っているのはなぜなのか。
どうして“鴉”が女性を狙ったのか。
問いただしたいことは山ほどあるが、今はそれどころじゃない。
今、探偵の目の前には、仇敵への手がかりがいる。
それは探偵にとって、何よりも優先されることだった。
「私をこんな体質にした男――赤いコートにシルクハットの男はどこだ。答えろ」
「我らがボスをお探しで? なるほどなるほど、そういうわけですか」
男は興味深そうに箕を見つめ、嫌味ったらしくほくそ笑んだ。
「残念ながらご期待に沿うことは出来かねます。“追想”の適合者様」
「ならば、力づくで聞くだけさ」
「それは願ったり叶ったりですな。フェアではありませんので、私の力を先にお教えいたしましょう。私の適合能力は“昏睡”。決闘に勝利した暁にはそこの少女と同じく、眠ったまま本部へお連れ致しますよ。あなたを手土産に持ち帰れば、ボスもお喜びになることでしょう。何せ、世にも希少な野良の適合者ですからな」
男は笑顔で鞘から短剣を抜く。
一方、箕の顔にいつもの高揚に満ちた笑顔はない。そこにあるのは、ただ、決意と敵意だけだ。
「いつかお前たち全員をブタ箱にぶち込んでやる。お前はその前哨戦さ」
「よく吠える犬でございますな。犬は犬らしく躾けておかなくては」
「私の剣に決闘を誓う!」
「私の剣に決闘を誓う!」
二つの声が重なり、決闘が始まった。
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