第一章_探偵がビームで依頼人大学生カンイチを破壊するまで@××秒

第1話 消えた彼女と初めてのゲーム

 27回。

 これは、今日一日の間に倉門貫一が聞き込みにチャレンジした回数だ。

 同時に、聞き込みに失敗した回数でもある。


「すいません! 少し話を、…………すみません、大丈夫です」

「すいません、人探しをしていて……行っちゃった」

「彼女が行方不明に…………は? 彼女自慢か? いえいえ、そんなつもりは……どうして刀を突き付けてくるんですか!??」


 貫一は道行く人々に片っ端から声を掛け、そして片っ端から断られていた。


「特にさっきはひどかったなぁ、まさか日本刀を振り回して追いかけられるなんて……」


 もうこりごりだ、と、彼は切り株風のベンチに座って溜息をついた。

 けれど、もしかすると、侍っぽい人? に追いかけられるのも、ここでは普通のことなのかもしれない。

 カンイチが聞き込みを行っているのは新宿でも、高田馬場でも、日本橋でもない。その場所はゲームの中だった。


 VRゲーム、それは全身で体感することができる、リアルさを売りにしたゲームジャンル。


 傷を負っても現実ほど痛くはないし、命を失うようなこともない。けれどリアルなゲーム。

 彼自身はそれほど詳しくはなかったが、あくまで一般論として、VRゲームとはそういうものだという知識は持っていた。

 しかし、怖いものは怖い。これまでに命の危険を感じたことはそんなに多くないし、まして刀男に追い回された経験なんてあるはずがなかった。

 まさかこんなところでVRゲームのリアルさを感じることになるとは思わなかった。

 しかし、彼は刀男に追い回されても、聞き込みをあきらめる気は無かった。それだけの強い理由があったからだ。


「……よし、次に行くか」


 28人目の聞き込み相手を探して、目の前の通りを見る。

 聞き込み開始直後は誤ってNPCに突撃することもあったが、流石にこれだけの人数をこなせば、プレイヤーとNPCの違いくらいは見分けられる。

 27回の失敗で鋭くなった彼の目に留まったのは、一人の女性だった。


「……同じ女の人なら何か知ってるかもな」


 ぱっと目に入ったのは、燃えるような赤髪。次に平均よりも高い背丈。そして木製の杖とチェック柄の帽子。ここがゲームの中だということを差し引いても、かなり目立つ容姿の女性だった。


「あの、お忙しいところ失礼します。今、人探しをしてまして、少しお時間いただいてもいいですか」

「ああ、いいよ。ちょっとだけならね」

「いっ、いいんですか!?」

「どうしてそんなに驚いているんだい? 話しかけてきたのは君の方じゃないか」

「ありがとうございます! これまで27人の方に聞き込みをしたんですけど」

「27人!?」

「はい、27人に尋ねても、これまでまともに話を聞いてくれた人はいなかったので……」

「なるほどね……。良かったじゃないか。私が28回目の正直というわけだ」


 声は少しハスキーなアルトボイス。

 もしかすると現実でも長身で優しい人なのかもしれない。


「本当にありがとうございます! できるだけ手短にお話しします。今、人探しをしてまして……」


 そして、五分後。


「……なるほど。つまり、キミの尋ね人の手掛かりを整理すると

・キミの彼女は違う大学の後輩で、現在連絡がつかず行方不明

・現実での名前と体格、人相は判明している

・このゲーム≪AGDs≫を話題に出していた

・最後に会った時、様子がおかしかった、と」

「はい、そうです!」

「ゲーム内でのアバター、見た目はわかるかい?」

「いえ、実際に遊んでいるところを見たわけではないので……」

「ふむふむ……」


 赤髪の女性は第一印象をはるかに上回る優しさで、親身に聞き取りに協力してくれた。もはやどちらが聞き取りを行っているのかわからなくなってくるぐらいだ。


「まるで役に立たん情報ばかりだねぇ。……そもそも私こういう調査とか苦手なんだよなぁ」

「え? なんですか? よく聞こえなかったんですけど……」


 なんだか不穏な言葉が聞こえたような気がする。

 たぶん気のせいだろう。こんなに優しい人なんだから。


「こちらの話。気にしなくていいよ。ちなみに、『最後に会った時に様子がおかしかった』というのは、具体的にどんな様子だったんだい?」

「え、ええ。それが、急に『母親面しないでよ!』って言われたんですよ。俺は彼氏なのに……」

「……うん?」


 あまり彼氏彼女の間で聞くことはなさそうな単語に、赤髪の女性は違和感を覚えた。


「その日もいつも通り、朝5時半に彼女の家に行って、朝ご飯を作って、洗濯物を回して、ごみを捨てに行って」

「ちょっと待って、うらやま……じゃなくて、今、なんて? 『いつも通りに』?」

「はい。あとは彼女が目を覚ますまで時間が余ったので、キャミソールの裾を繕ったり、下着のゴムが緩んでたので交換したり」

「それも『いつも通り』?」

「たぶん、服を繕ったのは初めてだったような気がしますけど」

「…………それで、目を覚ました彼女がキレてしまった?」

「そうなんですよ。朝ご飯がまだだったから、カルシウムが足りてなかったのかも」

「そういう問題じゃないと思うけどね……」


 女性は額に手を当てつつも、話の続きを促す。


「それでいきなり『母親面しないでよ!』『ホントに最悪!』『あんたなんて大っ嫌い!!』って、部屋から放り出されました。まぁ、機嫌が悪い日もあるかと思って、その日は帰ったんです」

「……なるほど」

「何かわかったんですか!?」

「とりあえず、キミがフラれたってことはわかったよ」

「ええっ!? そんなわけないですよ。俺はこんなに彼女のことを思って……」


 彼は、彼女のことを思ってお節介を焼いていたのかもしれない。

 しかし、彼女が度が過ぎたお節介をどのように受け取ったのかは、また別の問題だ。


「で、それから一週間後に、彼女さん? が行方不明になってしまったというわけだね」

「その通りです。何か心当たりはありませんか」


 女性は斜め上の虚空を見つめて、しばらく考え込んだ。

 その顔はカンイチからはかなり真剣に見えた。カンイチ自身が何かを思い出そうとするときも、こんなに真剣に感が込んだことはないはずだ。

 たっぷりと30秒くらい押し黙った後、女性は再びカンイチに向き直って、口を開いた。


「残念だけど、心当たりはないね」

「そう、ですか……」

「そもそも、その手掛かりだとゲーム内で探すのはかなり難しいと思うよ。見た目がリアルと違う人がほとんどだからね」

「そうですよね……、現実でも探してるんですけど、ダメで。もしかしたらと思って、今日ここのアカウントを作って聞き込みをしてたんです」


 カンイチはこれまで、彼女が在籍していた大学などでも調査を行ったことや、自分がこのゲームにログインするのは初めてであることを語った。それらの調査がすべて空振りに終わっていることも。


「……けど、誰かのためにそこまで一生懸命になれるのはすごいことだと思うよ」

「えっ?」

「きっと私にはできない」

「そんな大したことじゃないですよ。きっと誰でもこうします」


 女性は目を丸くして、それからクスリと笑った。


「キミの真剣さはよくわかったよ。けど、本当に心配なら警察か……、そうだな……探偵にでも相談したらどうだい?」

「ですね。そうしてみます。一応警察には相談してみたんですけど、取り合ってくれなくて……」


 近所の交番で話を聞いてもらった時も、巡査の人は大変微妙な顔をしていた。一応、調べてくれるとは言っていたものの、今日まで全く音沙汰はない。


「そうだ! 探偵のお知り合いはいませんか?」


 そう聞くと、赤髪の女性は突然に押し黙ってしまった。

 彼が女性の顔を覗き込んでいる間も、あまり浮かない表情をしていた。


「…………いないね。知り合いには。他に何か聞きたいことは? せっかくだから決闘していくかい?」

「決闘ですか?」

「≪ADGs≫はそういうゲームだからね」

「いえ、申し訳ないですが遠慮します。リアルでもう少し探してみますので」

「……そうかい。仕方ないね」


 女性は心底残念そうに、杖にかけていた手を下ろした。

 脳裏に浮かぶ、杖で戦う赤髪の女性の姿。

 もし首を縦に振っていたら、そのまま杖で攻撃してくるつもりだったのかもしれない。


 彼は頭を振って、さっきまで自分の脳裏をよぎった危ない妄想を追い出した。

 刀男に追い回されて、頭が変になっていたのかもしれない。

 やっと聞き取りに協力してくれた親切な女性が、突然襲い掛かってくるヤバイ人なわけがない。そうに違いない。


「力になれなくてすまないね」

「いえ、こちらこそ本当にありがとうございました。最後にお名前だけお伺いしても?」

「お安い御用さ。私のプレイヤーネームは≪ミノ≫」

「ミノさんですね。俺はええと、下の名前だけだから……≪カンイチ≫です」

「≪カンイチ≫だね。また面倒な予定があったら……じゃなかった、暇だったら相談に乗るよ」

「ありがとうございました!!」


 そう言って赤髪の女性、ミノは去っていった。

 陽も既に落ちて、時刻は午後8時近く。

 

「はぁ、最後が親切な人で良かったけど、本当に見つけられるのか……。いや、絶対に見つける! そうしなきゃ、お世話も仲直りもできないんだから」


 カンイチはゲーム内に青白く輝く月に決意を誓って、ログアウトボタンをタップした。

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