第8話 倒れた探偵

「いててて……」

「ミノさん! 良かった、目を覚まして……」


 探偵は横になっていた体を起こす。頭部と畳の間には二つ折りの座布団が挟まって、体の上には助手の上着が掛けられていた。

 決闘が終わった直後、その場で倒れた探偵を介抱したのは助手だった。

 介抱を手伝った人物がもう一人いたのだが……今、二人が座る畳間にはその姿はなかった。 


「もう大丈夫ですか? どこか痛むとか、何かの発作とか……」

「いやいや、そういうわけじゃないんだ。心配をかけてすまないね。しかし、おかげで大体の事情は分かったよ」

「事情? いきなり倒れて事情がわかったって、どういう……?」

「おー、やっと起きたわね」


 助手が探偵の言葉に首をかしげているところへ、一人の女性がやってくる。

 彼女は背丈が低かった。それも女性というよりも少女といった言葉が適切に思える程度、小学生か中学生かくらいにしか見えず、顔立ちもかなり幼い。


「私との約束をすっぽかして寝てるとは良い御身分ね」

「その声はヴィヴかい? どうしてここに」

「や・く・そ・く、してたでしょ! あなたと違って、私忙しいのよ?」

「確かにそうだね。なんたって新進気鋭の――」

「ちょっと!? プライバシー!! もっと大事にして! 仮にも探偵でしょ!?」

「はは、ごめんごめん」


 確かに、探偵はヴィヴと呼ばれた少女と決闘の約束を交わしていた。

 約束の時間になっても現れない探偵を探して、ヴィヴは探偵事務所まで足を運び、そこで意識を失った探偵と慌てふためく助手と遭遇したのだった。


「ヴィヴさんが来てくれて助かりました。突然倒れて、どうすればいいかわからなくて……」

「気にしなくていいわよ、よくあることだから。私は何もしてないし。……それにしても、ミノ。もしかして、先に説明せずに決闘したの?」

「ああ、そうだよ。言って聞かせるより、実演した方が早いからね」

「はぁ……。あなたもお気の毒ね」


 ヴィヴは深いため息を吐き、助手の肩に手を置いた。


「話が見えないんですが……、とにかく、一度お茶にしませんか? 準備はできてますし……、あ、勝手に台所使っちゃいましたけど大丈夫でした?」

「ああ、構わないよ」

「もしろ本当はミノがお茶を出す側だと思うんだけど……。ミノだものね」


 助手は事前に沸かしていたお湯で紅茶を淹れ、ヴィヴから在処を聞いていたお茶菓子と合わせて畳間に持ってきた。

 紅茶を口に含みつつ、なんだか妙な成り行きになったな、と思っていたのは、きっと彼だけではなかっただろう。

 茶菓子も食べてひと段落ついたところで、探偵が口を開いた。


「私はね、決闘で倒した相手の記憶を覗き見できるのさ、ちょっとだけね」


 探偵は手で少し、のジェスチャー。

 その言葉の意味が理解できず、首をかしげる。


「……何がちょっとだけよ。私なんてめちゃくちゃリアルに影響が」

「何か言ったかね。新作が先週発売の――」

「はいはい、黙ります~!」


 こほん、と、探偵は咳払いをして、言葉を続ける。


「とにかく、そういうわけで、君の記憶を少し覗かせてもらったよ。元カノが失踪したという話も、確かに事実のようだね」

「どういう冗談なんです? いまいち笑いどころが分からないんですが」

「冗談じゃあないんだけどねぇ。うーん、そうだねぇ……」


 探偵は顎に手を当てて、何かを思い出そうとするそぶりを見せる。


「……まず、君は大学生だね。この春に卒業を控えた4回生、内定先は非上場の業界大手○○印刷」

「え?」

「本名は……やめておくとして、家族構成は父母に弟が一人の四人家族で、弟さんは年が離れている」


 助手は驚くほかなかった。探偵が口にしたことは全て事実だった。


「どうだい? 信じてくれたかな?」

「……た、探偵ってすごいんですね、俺が依頼する前からそんなことまで調べてたなんて」


 探偵は額に手を当てた。


「……普通はそういう反応よね」

「んー、もっとプライベートなことを言い当てれば信じてくれるかな」

「そんな冗談を言わなくてもいいですよ? ミノさんが名探偵なんだってことはわかりました」

「むしろ、まっとうな探偵としての捜査能力に期待されても困るんだよねぇ。うーん……。君は昨日同級生に相談をしたね。コーヒーを飲みながら、この時使っていたマグカップは白地に緑のクローバーの柄つきだ」

「そんなことまで調べていたんですか……」

「あとは……、君は案外可愛いものが好きだね。その趣味は友人にも隠している」

「そそっ、それは言いがかりです!」

「証拠に君の部屋には大きなライムグリーンのウサギのぬい……」

「わかりましたっ! 信じますから!」

「それは良かった。あとは、そこのヴィヴの秘密を提供するくらいしか手立てがなかったんだ」

「バカ! そんなことしても何の証拠にもならないわよ、私が恥かくだけじゃない」


 ヴィヴは探偵の頭をはたいた。

 ここはゲームの中、決闘の時もそうだったが、現実と同じ痛みは感じない。


「とにかく、君が理解してくれて良かった」

「ほとんど脅しでしたけど……」

「そこで、だ」


 どうやら、探偵には助手の小さな非難を聞き入れる気は無いらしい。


「この仕事を受けるにあたって、君に手伝ってほしいことがあるんだ」


 探偵は新ためて助手へと向き直り、口元を引き締めながらそう告げた。

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