第6話 初めての決闘①
決闘が始まった。
そこは、ついさっきまでカンイチたちが話をしていた和室だった。
ただ、さっきまでと違うのは、探偵以外の視界に映るもの全てが、薄い青色に染まっていること。そして、カンイチと探偵の手に、それぞれ武器が握られていることだ。
カンイチの武器はやや短めの剣、探偵の武器は杖だ。
「さあ、始めよう」
探偵はにやりと白い歯を見せて笑った。それが、まるで牙を見せる肉食獣のように見えて、カンイチの背筋にうすら寒いものが走る。
もしかすると、自分でも気づかない間に、何かまずいスイッチを入れてしまったのではないか。そんな予感が脳裏をよぎる。
「さっきも言いましたけど、俺、このゲームのこと、まるで分かりませんからね」
「大丈夫さ。私も鬼ではないからね。わからないことがあれば、遠慮なく聞いてくれ」
探偵は明らかにテンションが高い。
現実の事務所(?)に突撃したときのダウナーな様子とはまるで違っていた。
「さ、ゲームを進めよう。チュートリアルで習ったとおりで大丈夫。それとも、もう忘れてしまったかな?」
「い、いえ。大丈夫です」
カンイチがチュートリアルを受けたのは、つい一昨日のこと。
細かい部分はともかく、大まかな手順は覚えている。
まず、このゲームの決闘は武器とカードを使って行う。
自分がカードを使うと、対応した技を出せる仕組みだ。
この技をお互いに出し合い、相手に一定のダメージを与えれば勝利となる。
「えーっと」
初めの手札は5枚。この中から、このターンに使うカードをセットすればいい。
カンイチは手札の右端にあるカードを、自分の場にセットした。
「俺は≪影縫い≫をセット」
「セットしたカードは宣言しなくて大丈夫。相手に手の内がばれてしまうよ」
「あっ、そうですね」
「セットするカードは以上かい?」
「は、はい、とりあえずは」
「オーケー。じゃあ次に行こうか。セット完了」
「せ、セット完了」
『オープン』
機械音声によるアナウンスと共に、このターンにお互いがセットしたカードの数が開示される。
カンイチは場の一番前に≪影縫い≫1枚。対するミノは0枚。
確認が終われば、いよいよ戦闘だ。
『デュエル!』
再び鳴り響くアナウンス。カンイチにとっては初めての戦闘が始まった。
先に動いたのはカンイチだった。
「≪影縫い≫っと、わわっ!?」
ゲームのシステムが設定したとおりに、勝手に体が動く。それはとても不思議な感覚だった。少しの浮遊感と遠心力。見えない力に引かれるように、体を低くして畳を蹴り、一直線に探偵へと突進する。
そのまま右手の刃を一閃、探偵の太ももを切りつけた。
探偵は杖でガードしたものの、短剣を完全に弾くことはできず、浅く傷を負った。
「あっ、すいません……」
「気にしなくていいよ。ちょっと違和感があるだけでそんなに痛くはない。ゲームだからね。そんなことを気にしていては決闘はできないよ。どんどんぶつかってくるといい」
探偵はまた笑った。
決闘が始まってからの彼女は明らかに機嫌が良い。ミノという女性は、よほどこのゲームが好きなのだろう。
「このターンはこれで終わりだよ。次のターンだ」
「は、はい。わかりました。ど、ドロー」
2ターン目。まずはデッキからカードを引く。
「えっと、このターンで使えるのは……」
しばらく考えた末に、カンイチは2枚のカードをセットした。
初めに1ターン目でも使用した≪影縫い≫、2番目に≪小手斬り≫だ。
『オープン』
セットしたカードは、カンイチの2枚に対して、探偵はまたしても0枚だった。
『デュエル!』
1ターン目と全く同じ動きで、カンイチは探偵へと迫る。
先ほどと違い、探偵はガードせず、短剣がふとともにやや深い傷をつける。
しかし、今回はこれで終わりではない。
素早く手首を返し、振りぬいたはずの短剣が上向きに跳ねる。
狙いは探偵の手首だ。
「シッ!」
しかし、探偵の杖はその動きを先読みしていたかのように動き、攻撃は弾かれてしまった。
カンイチは後ろへ飛び下がり、仕切り直す。
これで2ターン目も終わり、次は3ターン目。
「決闘がどういうものか、肌で理解できてきたかい?」
「はい、ちょっとずつわかってきた気がします」
その言葉の通り、カンイチは少しずつ決闘に慣れつつあった。
まずはカードを伏せて出す技を決め、お互いが伏せたカードの枚数を確認し、実際に動く。
大まかな決闘の流れは理解することができたはずだ。
3ターン目、1枚ドロー。これでカンイチの手札は4枚だ。
そして、再び2枚のカードをセット。セットしたカードは2ターン目と同じ≪影縫い≫と≪小手斬り≫。
『オープン』
「あっ!」
これまで静観を続けていた探偵だったが、このターンは、彼女も1枚のカードを伏せていた。セットされている位置は1番前の1拍目、カンイチの≪影縫い≫と同じタイミングだ。
「ずっと棒立ちのままでは決闘とは呼べないからね」
「そんな……」
「さぁ、始めようか」
『デュエル!』
「くっ!」
カンイチは歯を食いしばりながら突進した。それと同時に、探偵もまた前方へと駆け出し、両者が交錯する。
下半身を狙う短剣と、胸の辺りに向かって振り降ろされた杖。
先に相手の体に触れたのはミノの杖だった。低い姿勢で突っ込んでくるカンイチの肩をかすめる。痛みというほどではないものの、肩から軽い痺れを感じる。
しかし、カンイチの突進は止まらなかった。握り込んだ短剣は無防備な内腿を切りつけ、そのまま流れるように探偵の腕へと吸い込まれていく。
今度は弾かれることなくヒットし、ワンターンの間に、探偵へ2回のダメージを与えることに成功した。
このターンに探偵から受けた肩へのダメージも、覚悟していたほどではなかった。
「なかなかやるじゃないか」
「へへっ、そうですか?」
カンイチは武器を握る手のひらを開けて、閉じてを繰り返した。
さっきのターンは、体を引っ張られつつも、自分でも体を動かしている感覚があった。例えるなら、自転車の練習で、これまで後ろを抑えてもらっていたものが、途中で手を放して何メートルか進めた時のよう。初めて自分で自転車に乗れた時のような達成感を覚えていた。
「決闘、ちょっと楽しいかも」
「ふふふっ」
独り言が聞こえていたのかは定かでないが、カンイチが改めて武器を握り直す様子を見て、探偵はほくそ笑んでいた。
そして4ターン目が始まる。
ドローを含めて、カンイチの手札は3枚。
「よしっ! このまま……!」
気合いを入れて、カンイチは手札のカード全てをセットした。
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