第33話 カンイチvs銃使い
カンイチはメイドに押されていた。
ここまでの三ターン、メイドは常に動き続けてきた。その上で十分な手札を維持している。これは明らかに長期戦を意識した構えだ。
特殊カードで手札を増強し、攻撃面では手数を増やすことでガードのタイミングを読ませない。
強力な戦術によって、形勢はメイドの有利に傾きつつある。
けれど、どんな戦術にも必ず穴があるはず。
弱点がない、弱点を突かれてもなお強いデッキなら、みんなが使っているはずだからだ。
「試してみるか」
カンイチはカードを一枚セットした。
一方のメイドはとっくにセットを終えていたらしく、すぐさま戦闘前フェイズが始まった。
『オープン』
お互いのセットしたカードの枚数と場所が開示される。
カンイチは二拍目のみ、メイドは一~三拍目までカードをセットしている。
ここでカンイチは一拍目のみ防御を選択した。
『デュエル!』
メイドの初手は銃撃。
「きた!」
カンイチは既に防御態勢を取っている。
銃弾は腕を打ち抜き、鈍い痺れをもたらした。受けたダメージ量も三ターン目と全く同じだ。
続いて今度はカンイチも動く。
斧を上段に振り上げて≪兜割り≫をチャージ。そして、メイドのアクションはまたも攻撃。
しかし、マズルフラッシュと共に飛翔する銃弾は、カンイチから逸れていった。
「!!」
攻撃を外した時、初めてメイドの表情が変わった。わずかに開く瞳孔。瞳は驚きの色に染まっている。
「なるほど、そっちは効くのか」
つぶやくと同時にタメが終了。斧を構えたままメイドへと突進する。
メイドは我に返って、銃弾を装填する。そこへ、カンイチの一撃がクリーンヒット。これで、またかなりのダメージを稼ぐことができた。
それよりも、このターンの立ち合いからはたくさんの情報を得ることができた。
「推測できることは二つ。
一つ、向こうの攻撃は威力が低い代わりに防御を無視すること
もう一つは、防御以外のダメージ軽減系のカード効果は有効な可能性が高いこと」
三ターン目にカンイチが展開していた道具カード≪アンカーボルト≫。その効果は“【チャージ】または【オーバーチャージ】中に攻撃を受けた時、そのダメージを2減少させる。”というもの。
銃による攻撃のダメージは一点。条件を満たすことさえできれば十分に殴り合える。
「となると、やるべきことは一つ!」
5ターン目。
『オープン』
『デュエル!』
カンイチは三枚、メイドは四枚のカードをセットした。
カンイチの取った方針は短期決戦。
≪アンカーボルト≫はターン数経過で破棄されてしまう。その前に殴り合いに持ち込むことを選んだのだ。
特殊カードで一撃の威力を高め、斧を振り下ろす。
メイドも溜め込んだ手札を使って、激しく応戦した。
ここでメイドはカンイチの道具が効果を発揮する場所を避けて攻撃、効果的にダメージを通す。
お互いに傷を負う展開となったが、ダメージレースはカンイチ有利のまま、決闘は佳境を迎えることとなった。
6ターン目。
カンイチのやることは二ターン前から既に決まっている。
「このターンで決める!」
迷うことなく、手札三枚全てをセットする。
メイドの残りデッキはあと一撃で削り切れるかどうかといったところ。
普段なら一ターン待つという選択肢もあっただろう。
しかし、相手はここまで手を休めることなく攻撃を続けている。それを可能にするだけの継戦能力があるということだ。つまり、ここで待っても、自分の首を絞める結果に終わる可能性も高い。
『オープン』
一~三拍目までセットしたカンイチに対し、メイドもまた三枚のカードをセットしていた。互いに手札はほとんど残らない。全面戦争だ。おそらく、このターンで最後に立っていた方が勝者となるだろう。
『デュエル!』
一拍目、メイドは≪ショット≫で攻撃、肩にダメージを負い、デッキが減る。カンイチは特殊カード≪武神伝≫で力を蓄えた。
二拍目、さらに≪ショット≫で追撃を行うメイド。腹部に被弾。デッキ残量は残り僅か。ついにカンイチも追い詰められた。カンイチは歯を食いしばり、≪オーバーウェルミング≫でさらに力を溜める。
「っ……!」
しかし、攻撃を当てたメイドもまた、苦悶の声を漏らしていた。
三拍目、カンイチは斧を振り上げてチャージ開始。そして、ここでメイドが選択していた行動は、ガード。
このターンの防御は意味がない。斧は攻撃カードをセットした拍では攻撃を行わず、タメを行うだけ。実際に殴り掛かるのは一拍後になるからだ。そして、メイドは既に四拍目にカードをセットしている。防御はできない。
「……獲った」
カンイチは走り出した。
運命の四拍目、メイドは≪クイックリロード≫で空拍だった五拍目に攻撃カードを生成して、そのままセットする。その銃弾が放たれてしまえば、残り僅かなカンイチのデッキは消し飛んでしまうだろう。
だが、五拍目はやってこない。
幻の銃弾は幻のままで終わる。
「はぁぁぁぁ!!」
走る。斧を大上段に振りかぶって。
自然と口角がつり上がる。
その顔は、メイドからは悪魔が笑っているようにでも見えただろうか。
防御を躱して一閃。斧は吸い込まれるようにメイドの頭へ命中する。
明らかなオーバーキルでメイドのデッキを跡形もなく消し飛ばした。
浅く呼吸をする。
『勝者、カンイチ選手! 初出場ながら、見事な斧捌きで快勝! 決勝へ駒を進めましたっ!!』
遅れてアナウンスが聞こえてきた。
終わったのだ。
その時、やっとカンイチは勝利を実感した。
『これで決勝戦の対戦カードが決定しました! 新進気鋭の斧使いカンイチ選手、それを迎え撃つのは一番人気の絶対王者リカ選手! “闘杯’30”の決勝にふさわしい決闘を見せてくれるでしょう!』
「そうか……次はリカさんと……、あれ、メイドの人はどこに行ったんだろう?」
いつの間にかメイドの姿はステージから消えていた。
「会ったことありましたっけ、って聞きたかったんだけどな……」
控室に戻っても、メイドの姿はなかった。
カンイチは洗面所で顔を洗った。
「気にしてる余裕なんてないんだ。次は……」
次の相手、最後の相手。リカ。
前回の敗北は忘れられない。
あの時の悔しさから、努力を積み重ねてきた。それでも届くかどうかはわからない。
きっと誰もカンイチの勝利を信じていない。それはカンイチ自身さえ、そうだった。
「いい顔だねぇ、助手クン」
「え……ミノさん!?」
いつの間にか、カンイチの背後にはミノが立っていた。
「どうしてここに」
「解説だからね。そりゃ会場にはいるとも」
「ここ、男子トイレなんですけど……」
「どうせ助手クンしかいないから問題ない」
「またそんなこと言って……」
解説役の立場で会場の男子トイレに出入りする方がよっぽど問題ではないか。カンイチは溜息をついた。
「ここまでよく頑張ったね。助手クン」
「……いきなりそんなことを言うのはズルいです」
「ふふ、知らなかったのかい。探偵はいつもズルい奴なのさ」
ミノは笑った。つられて、カンイチも少し笑う。
「勝ってきたまえ。君ならきっとできるさ」
「……善処します」
「よし! それでいい!」
ミノはバンバンと背中を叩いた。
『十分後に決勝戦が始まります。観客の皆様は……』
アナウンスが場内に響く。カンイチは顔を拭いて、ステージへと向かっていった。
同時刻。
会場外の路地裏に、カンイチと戦ったメイドの姿があった。メイドの前には一人の男の子が立っており、メイドは男の子に向かって頭を下げていた。
「お前には失望したよ。エサがあれば、ちょっとは面白くなると思ったのに」
「……」
男の子はメイドを直視することなく、自分の腰のホルスターから銃を抜いて、手慰みにしている。一方のメイドは一言も喋らない。
「お前みたいな出来損ないのオモチャはもういらない」
メイドは舌を噛んだ。ここで口答えをしても、気分屋の主人が言葉を翻すとは思えなかったからだ。
男の子はそのままログアウトする。
一人路地裏に立ち尽くすメイド。
その後ろから、ひっそりと現れた年嵩で執事服の男性が彼女の肩を叩く。
メイドと老紳士は揃って路地の奥へと消えていった。
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