第32話 準決勝
カンイチはステージに歩みを進める。
『ベスト4が出揃い、これより準決勝が始まります!』
かすかにステージまで届く場内アナウンス。それもすぐに聞こえなくなる。
既にカンイチは三個の勝ち星を上げていた。
残るはカンイチを含め四人。しかし、倒すべき相手、リカはトーナメント表では真向かいの山に配置されていた。決勝戦まで勝ち残る以外に戦う方法はない。
先に準備を終えていたカンイチへ余裕を見せつけるように、やや遅れてステージ向かい側に対戦相手が現れる。
相手はメイドだった。大会が始まる前に控室で見かけた女性だ。
カンイチは彼女に不思議と目を引き寄せられてしまう。
両者は試合前の握手のためにステージの中央へ向かう。
彼女は口を固く結んだまま、全く言葉を発する気配はない。表情も接着剤で表情筋を固めたのかと思うくらいに微動だにしない。
ステージの中央で握手を交わした瞬間、カンイチはどこかで会ったことがあるかと聞きたい衝動に駆られた。
依然としてメイドは無表情を貫いている。しかし、その瞳の奥に闘志の炎が見えた気がした。
カンイチはハッと目が覚めたような気持ちになった。
今は大会の途中、まだリカの元へ辿りつけてはいない。
ここまでに倒してきた三人との決闘も、決して楽勝ではなかった。
ましてや、今は準決勝。目の前に立つメイドは間違いなくこれまでに戦ってきた相手よりも強いはずだ。
「集中するんだ……!」
カンイチは背中に負った斧の使を握りしめる。
メイドはまだ武器を見せていない。また、これまでの試合内容も確認できていない。
「服の中に隠せるくらい小さい武器なのか?」
カンイチの疑問が解ける前に、試合開始の時刻になった。
『俺の斧に決闘を誓う!』
『私の銃に決闘を誓う!』
初めて聞いたメイドの声は、どこか懐かしいような気持ちがした。
カンイチは感傷を心から切り離して、メイドの武器を確認した。
それは『銃』だった。斧を購入した武器屋にも置いてあったはずだ。
「あの時、ミノさんに解説してもらえばよかったな」
相手のデッキの特徴が分かれば、作戦も立てやすい。逆に、知らないということは大きなハンデになりうる。
「……まずは相手の出方を見る」
『オープン』
『デュエル!』
カンイチは動かず、メイドは一枚セット。
メイドのアクションは攻撃ではなかった。使用されたのは特殊カード、メイドは短い銃をいじって弾を込めた。
「次の準備ということか」
さっきのカードの使用でメイドの手札が二枚増えている。
考えろ。カンイチは自分に言い聞かせた。
「……さっきの動きから推測できることは二つ。
一つ、銃に弾を込めたということは、増えた手札は攻撃カードの可能性が高いこと。
一つ、手札を増やせるということは、長期戦に強いデッキの可能性が増加したこと。
つまり……ここで待つのは多分得策じゃない」
2ターン目。
早速、カンイチは手札の≪負い断ち≫をセットする。
「まずはジャブだ、どうする?」
『オープン』
『デュエル!』
カンイチの一枚セットに対し、メイドは二枚のカードをセット。
1ターン目に続き、休む間もなく動いてくる。
先に動いたのはカンイチ。斧を背負い、タメをつくる。
斧の攻撃技には固有能力【チャージ】を持つものが多い。
【チャージ】を持つ攻撃は、一拍分のタメが必要な代わりに、高いダメージを叩き出せる。
一拍目、力をタメるカンイチに対し、メイドはまたも攻撃を行わない。使用していたのは特殊カードのようだ。着々と準備を整えていくメイドの戦い方を見て、カンイチの脳裏にリカとの決闘がよぎり、底知れない不気味さを感じる。
続く二拍目、カンイチがタメた≪負い断ち≫を解き放つ。一直線にメイドへ飛び掛かるカンイチの正面で銃口が瞬いた。VRで拡張されたカンイチの知覚は、着弾よりも先にマズルフラッシュを視認する。とっさに体をひねるが、銃弾を避けるには至らない。
肩口へ衝撃。しかし、カンイチは止まらなかった。
ジャブと呼ぶには重い一撃がメイドの胴を薙ぐ。
攻撃中だったメイドにガードはできない。かなりの手応えだ。
そして、カンイチは自分が思ったよりもダメージを負っていないことに気づいた。一撃の威力は明らかにこちらの方が勝っている。
ただし、メイドはまた準備を進めている。
ターン終了時に、一拍目に使用したカードが道具カードとして場に残る。今度は銃に照準器が追加されていた。
「もしかして、本当にリカさんみたいに特殊カードで戦うデッキなのか? でも攻撃もしてきた……」
3ターン目。
未だにカンイチはメイドのデッキを読み切れずにいた。
「……とりあえず、元々用意していた戦術で行こう」
カンイチはカードを一枚セット。こちらも準備を整えることを選択した。
メイドは以前表情を変えない。
準備フェイズを終えたのは珍しくカンイチが先、メイドは少し遅れてセットを終えた。
『オープン』
『デュエル!』
先に動いたのはメイド。
使用したのは当然のように攻撃ではなく特殊カード。銃に弾を込める。一ターン目と同じ動作だ。カンイチは≪アンカーボルト≫を展開。次のターン以降のメイドの攻撃に備える。
やはりメイドは動き続ける。
空中で銃を回し、素早くリロード。そのまま続けて早撃ち。
ガードはできなかった。
「くっ、読みにくい……」
防御は相手の攻撃に合わせて行う必要がある。しかし、メイドはここまでセット可能な場所全てに限界までカードをセットし続けている。そして、セットされるほとんどのカードは特殊カード。攻撃はたまに飛んでくるだけ。そのため、事前にどのタイミングで攻撃が来るのか分からない。
そして、さらにカンイチにとって悪いニュースがあった。
「あれだけ動いたのに、手札が減ってない」
ターン開始時のドローで増える手札は一枚。ずっとカードを使い続ければ、手札が減っていくのは当たり前のことだ。しかし、メイドの手札は一向に減る気配を見せない。
さらに特殊カードの連続使用で、銃倉には十分な弾が込められている。
ダメージこそ、最初の一撃が利いて有利を保っているが、状況は決して良くない。
しかし、カンイチもこれまでただやられっぱなしだったわけではない。
これまでの攻防で、脳内にある推測が浮かんでいた。
「試してみるか」
カンイチは密かにつぶやいた。
そして、カンイチが苦戦する様子を、実況席からミノが見守っていた。
『ここまで圧倒的な強さを見せてきた優勝候補リカ選手! 準決勝でも即断即決、まるでAIのような危なげない試合運びです! どうでしょう解説のリカさん』
『あ、はい。そうだね……。リカr……リカの決闘スタイルはかなり癖が強い。対応するのは骨が折れるのは間違いない。しかも、ただ意表を突くだけでなく、対応された時の戦術も練り込んできているのが分かるよ。見たところ、対戦相手のヒワも自力はかなりのもののようだが、リカの練り込みに対応しきれていない印象だね』
『そうですね! 依然形勢はリカ選手有利! ですが、勝敗はまだまだわかりません!』
準決勝は二試合同時進行、より注目を集めているのは、王者と目されているリカの決闘だ。実況解説を求められるのも、当然注目度の高い方の決闘だ。立場上、無下にするわけにはいかない。
しかし、助手の試合がどうしても気になってしまうのもまた人情。ちらりとモニターで確認する。
「SCAのショートモデルか、なかなかの曲者だね」
ミノは苦戦する助手の様子を横目で見て、その対戦相手、メイドの武器に目が留まる。
「SCA、銃は斧よりもさらに特殊な武器、特徴にどの程度気付けるかどうかが鍵だぞ、助手クン……」
『おおっと! ここでリカ選手の得意技“【落日】ラッシュ”だ! ヒワ選手これをどう凌ぐのか!?』
ミノは実況席で声を張り上げるアナウンサーに肘で小突かれてしまった。
上の空だったことはバレバレだったのだろう。
ミノは仕方なくメインモニターに目線を移し、心の中で助手の勝利を祈った。
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