第22話 譲歩
ミノと女性との決闘に失敗した翌日、さっそくカンイチはストーキングを開始していた。
旧い知り合いだというミノから聞いた女性のプレイヤーネームは「リカリカ」。普段は「リカ」と名乗って活動しているらしい。また、かなり有名なプレイヤーらしく、町で名前と服装を手掛かりに聞き込みを行ったところ、簡単に動向を知ることができた。
リカはミノと同じく、学校とアルバイトを除いたプライベートな時間のほとんどを≪ADGs≫に注ぎ込んでいるタイプのようで、今日は朝からログインしっぱなしだった。
カンイチが初めにリカを見つけたのは、街中で辻決闘を行っている場面だった。
大通りの人混みを搔き分けて追いついたときには、決闘も佳境に差し掛かっていた。
『オープン』
『デュエル!』
「ファイナルターンだ!」
リカは勇ましく宣言し、対戦相手の顔が歪む。
大きな刃をつけた独特のフォルムの武器が、既に満身創痍だった相手の首を刎ねる。
「くそぅッッ!」
「おいおい、全然ダメじゃねぇか」
「今月に入ってから勝率9割越えらしいぜ」
「10連勝中だって聞いたぜ」
「あぁ……、俺も首チョンパされてみたい……」
なんだか一部危ない人もいたけれど、人気があるのは間違いないようで、観客はかなりの人数に上っていた。決闘は終了したにも関わらず、思うように近づけない。
「リカさん! ちょっと話を……」
人混みの中から声を上げたカンイチに気づいていたのかは分からないが、リカは足早にその場を去っていき、あっという間に見失ってしまった。
次にリカがいるとの情報をつかんだのは、街中のとある店の中だった。
「カードショップ……?」
カンイチはその聞き覚えのない響きを反芻しながら、ドアノブに手をかけた。
カラン、と鈴を鳴らして店内に入る。
いくつものショーケースが林のように立ち並び、数えきれないほどたくさんのカードが陳列されている。カンイチはたちまち理解した。ここは、文字通り決闘で使うカードを売る店なんだ。
「これと、これと、あと向こうにあるカードを四枚ずつお願いします」
「状態の確認はなさいますか?」
「いえ、結構です」
その時、店の奥からリカの声が聞こえた。
リカはショーケースに並んだカードを買う最中だった。
会計を済ませるところを見計らって近づく。
「リカさん」
「っ!」
声を掛けた瞬間、リカは身を翻し、またもその場から逃げ出した。
今度はすぐ側にいたカンイチも後を追う。しかし、入り組んだ路地裏で見失ってしまった。
午後は、リカの方も警戒しているらしく、なかなか直接会うことはできなかった。
カンイチは彼女の現在地を探すことを一度諦め、待ち伏せをすることを決めた。
狙うはリカの本拠地、ホーム。
ミノさんがこちらに事務所を構えているように、プレイ歴が長い人はホームと呼ばれる本拠地を持っていることが多いらしい。
リカのホームを調べるのに、時間はかからなかった。
「普通だ……」
建物を見たカンイチの第一印象はそれだった。リカの派手な衣装とはうって変わって、中世ヨーロッパの雰囲気に溶け込んだ、ごく一般的なアパルトマンといった外観。
リカがまだここに帰っていないということはわかっている。ここの入り口で張っていれば、いずれ接触できるだろう。カンイチはホームが見える路地裏の陰に身を潜めた。
「でも、どうしてリカさんは決闘を拒否しているんだろう……」
リカを待つ間、カンイチは昨日の夜、ミノから聞いたことを思い出していた。
「リカリカはだいぶ昔の知り合いだよ。そういえば最近は全然会ってなかったね」
「どれくらい前なんですか?」
「私がクソ能力を押し付けられる前だから……少なくとも五年は前のはずだよ」
「ちょっと引っかかるところはありますけど、要するに、あの人はミノさんの能力については知らないんですよね? どうしてそんなに拒否されるんですか」
「そうだね~。特別何かをやらかしたことはないはずなんだけど、ボコボコにしたこと根に持ってるのかもしれない」
「五年間根に持たれるって、どれだけボコったんですか……」
「うーん、マックスで25連勝くらいはしたような……、35連勝だったかな……?」
「……それは嫌われますね」
ミノがリカへ植え付けていたトラウマは想像していたよりもはるかに酷いものだった。
「けど、こっちもあきらめるわけにはいかない」
「……こちらとしては早急に諦めていただけると助かるのですが」
「うぇっ!?」
突然背後から掛けられた声にカンイチが振り向くと、そこには現在のターゲット、リカが鎌を片手に立っていた。薄暗い路地裏でより一層迫力を増した風貌に思わず声が裏返る。
「リ、リカさんですか……びっくりした……じゃなくて! 探してたんですよ!」
「もちろん知っておりました」
「知ってたなら話は早いですね。もう一度……」
「イヤでございます」
「1回だけでいいんです! お願いします!」
「イヤなものはイヤなのでございます。何故そこまで私とあやつの決闘を望むのでしょう。あやつに義理を感じる必要など全くございませんよ」
「すいません、理由は言えません。……けど、俺自身が望んだことなんです。確かに、初めは頼まれていたことでしたけど、今は違います。説明できないんですけど、絶対に必要なことなんです」
「……そう、でございますか」
「わかってもらえましたか……?」
「申し訳ございませんが、承服しかねます。事情も明かしていただけないとなれば……。ただし、あなたが本気なのは理解致しました。言葉を尽くしても引き下がっていただくのは難しいのでしょう」
「……通報しますか」
「いいえ。そのようなことは致しません。あやつのことは嫌いではございますが、あなたまで嫌いというわけではありません。それに、初心者を邪険に扱うなど一流決闘者の名折れ。私も譲歩致しましょう」
「譲歩ですか? それはありがたいですけど、どうして……」
「あなたは最近決闘を始めたって言っておられましたね」
「そうですけど……」
「決闘で負けた回数は?」
「五回くらいだったと思います。それが何なんです?」
「……失礼ながら、おそらく、あなたは私があやつとの決闘を嫌がる理由を、真に理解しておりません」
「話は聞きました。昔、何度も負けたからですよね。それはわかります。でも……」
「それは間違いではございません。しかしそれだけが理由でもございません。このように致しましょう。口で解決できないなら、力を以て語るのみ。あなたと私で決闘を行いましょう」
リカが口にした譲歩の内容とは、決闘だった。
「あなたが勝利を収めた暁にはあやつとの決闘をお受け致します。その代わり、私が勝利いたしましたら、今後私に付きまとうのはお止めくださいませ」
破格の条件だ、と、カンイチは思った。
明らかに、リカのミノと戦いたくないという意思は固い。それに、ストーキングができなくなっても、ホームを知っている以上、交渉ができなくなるわけじゃない。リカもわざわざ“付きまとわない”なんて回りくどい言い方をしているあたり、そこは承知の上で条件を出してきている。
ほとんど勝ち目はないかもしれないが、それでも0じゃない。
なぜか、リカはカンイチを買ってくれている。
今はこれで十分だ、と、カンイチは判断したのだ。
「わかりました。やりましょう」
「その返事を待っておりました。まずは手合いを調整いたしましょう。流石にこのままでは勝負になりません。勝敗に納得いただけないでしょう。ですので、私はワイルドカードを使用致しません。あなたはまだ持っていないでしょうから」
「何ですか、そのワイルドカードというのは?」
「端的に言いますと一人一枚のみ使用可能な切り札だとお考えください。あなたの言うところの、あやつの“ビーム”のことでございます」
それを聞いて、カンイチは納得がいった。あの超強力な攻撃は文字通りの切り札だったのだ。しかし、リカはそれを自ら封印すると宣言した。言葉通りなら、かなりのハンデになるはずだ。
「どうしてそこまでしてくれるんですか?」
「心配は無用でございます。これも必要なことなのでございます」
意味深な言葉を残し、リカは決闘の準備を始める。カンイチもたった一つの所持デッキを遺登録し、決闘の準備を終える。
今回ばかりは勝たなくてはいけない。カンイチは気合を入れ直して、準備を続けるリカを見据えた。
『私の剣に決闘を誓う!』
『俺の剣に決闘を誓う!』
路地裏が青く染まり、決闘場へ変わる。
第1ターン目、早速カンイチは一枚のカードをセットした。
『オープン』
『コンバット!』
リカも一枚のカードをセットし、バトルへ。
先に動いたのはカンイチだった。リカは鎌を回して、刃先を地面に突き刺した。
「さぁ! あなたに本当の悔しさを教えて差し上げます!!」
挑発を受け止め、加速したカンイチの刃はリカの体をしっかりとらえていた。
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