第43話 乗り込み
翌日、貫一と箕は二人並んで不知火邸の門を叩いた。
警備員は隣の箕を見て怪訝な顔をしたが、すぐに屋敷の中へ繋いでくれた。
屋敷から迎えに来てくれたのは、昨日と同じ執事だった。
「こちらのお連れ様は?」
「侑くんのお力になれるかと思いまして、いけませんでしたか?」
「申し訳ございません。保安上の問題がございますので、お連れ様が直接お坊ちゃまとお会いになることはできません。別室でお待ちいただくことになるかと思います」
箕が目配せをし、貫一はそれに小さく頷いて応える。
「それで大丈夫です」
「一度お二人とも応接室へご案内いたします。その後準備ができましたら、倉門様はお坊ちゃまの居室でお相手をお願いいたします。お連れ様はそのまま応接室でお待ちいただきます」
「承知した。ご厚遇感謝する」
今度は箕が執事に頭を下げた。
いつもは座りっぱなしだったりで、だらしない姿が目立ちがちな箕だが、元々背丈が高く顔立ちも整っているから、こうしていると絵になる。まるでまともな人間のようだ。
「使用人はあなた一人だけなのかな」
「はい。警備の者を除けば、わたくし一人でございます」
「それはさぞ大変でしょうね」
「大層なものではありませんよ。普段は坊ちゃまお一人でございますから。不足があれば、その都度どなたかの手をお借りしています」
執事は貫一へと顔を向けた。
要するに、家庭教師の求人もその一環だったということだろう。
「屋敷の主人やご婦人は?」
「お二人は滅多にお帰りになりません。Shiranui社でのお仕事が多忙を極めているとお聞きしております。何でもADGsに関する機器開発プロジェクトの中核を務めておられるとか」
貫一は執事の話に驚いた。
ちびっ子の両親がShiranui社に務めていることは知っていたけれど、研究をしていることや、その内容まで知らなかった。
「詳しいですね」
「執事でございますから」
「なるほど」
貫一は素直に感心していた。一方、箕はやや歩くペースを落としていた。何か考え事をしている様子だ。
「そういえば、あなたはADGsの経験はおありなのかな」
「わたくしでございますか」
「ええ、執事さん」
「そうでございますね……。お坊ちゃまのお相手をしたことが何度かございました。すぐに飽きてしまわれた様子でございましたが」
まもなく一行は応接室へと入った。先日、貫一が通されたのと同じ部屋だ。天井に開いていた穴はふさがっている。
椅子に座ると、箕は無言のまま顎に手を当てた。
執事は二人分の紅茶とお茶菓子を運ぶと、出入口の近くに立っている。
いたたまれなくなった貫一は、執事の方へ体を向けて口を開いた。
「ちなみになんですが、前任者の方はどうしてましたか。侑くんの相手をするとき」
「ゲームをなさっていることが多かったように思います」
「え? 勉強を教えてたのではなく?」
「お坊ちゃまは、勉強で特に困ってはおりません。欲しているのは遊び相手でございますから」
それはもはや家庭教師とは呼べないのではないか、と、貫一は思った。
「ですが、前任者はあまり参考になさらない方が良いかもしれません」
「どうしてですか?」
「すぐにお坊ちゃまから解雇されてしまいましたから」
「どういうことですか?」
「詳しくはお坊ちゃまに直接お聞きくださいませ。ちょうど時間になりました。お部屋へ案内いたします。お連れ様はしばらくお待ちくださいませ。倉門様の案内が終わり次第戻りますので」
箕は無言のまま首を縦に振る。
貫一は執事に連れられて、侑の居室へと向かった。
建物の内部は、事前に貫一が想定していたよりも広くない。
「母屋の他に別館や使用人宿舎などもございますから。最も、ほとんどは現在使われておりませんが」
執事はそう言って苦笑した。
さほど時間はかからずに、居室へ着く。
部屋の中では、ちびっ子が椅子に座って足をぶらぶらと揺らしていた。
「おはようお兄ちゃん。今日は何して遊ぶ?」
「おはよう侑くん、今日はADGsにしよう。いっしょに遊んでくれる遊び相手を連れてきたんだ」
「お兄ちゃんと遊ぶんじゃないの?」
「僕と決闘してもいいし、一緒に来た人とやってもいい。ちょうどいい相手になれるかは分からないけど、まずはお試しでやってみようよ」
「お兄ちゃんがそこまで言うなら、やってみてもいいよ。お試しね」
貫一は心の中でほっと一息ついた。
なんとか決闘はできそうな流れになってくれた。第一関門はクリアだ。
「執事さん、一緒に来た人もヘッドセットを持ってきています。向こうで落ち合いたいのですが、言伝をお願いしてもいいでしょうか」
「承知いたしました。お連れ様に伝えます」
ちびっ子の部屋は相当の広さだったが、ベッドは一つだけ。当然の話ではあった。
侑は自身のベッドの上で、貫一は床に敷いてあった絨毯の上でヘッドセットを装着した。
集合場所は待ち合わせの定番スポット、噴水広場。
広場でちびっ子を待っていたカンイチは、待ち合わせ場所であたりをキョロキョロと見回す小さいの男の子の存在に、すぐに気が付くことができた。
男の子のアバターに、カンイチはどこかで見覚えがあるような気がした。
「侑くん?」
「うん、そういうお兄さんはお兄さんだよね」
お互いに素性を確認する。
ゲームでの名前はユウ、カンイチと同じ、本名ほぼそのまま。
上着の内側に二挺の銃を差している。前に大会の準決勝の相手が使っていたものとかなり似ている、おそらく同じ武器種なのだろう。
「ふーん、なるほどね」
「何?」
ユウはカンイチのアバターを確認して、短く呟いた。
ちびっ子が答える前に、噴水広場に新たに二人の人物がやってきた。
「お待たせいたしました」
「やぁやぁ、お揃いだね」
二人の素性はユウ以上に分かりやすかった。
高い背丈に赤い髪の女性アバターは見慣れたものだったし、もう一人はリアルと変わらない執事服。分かりやすすぎる。
自己紹介もそこそこに、カンイチは本題へ入ることにした。
「今日決闘してもらいたいのは、こっちの女の人なんだ」
手でミノを指し示す。なぜかミノはドヤ顔だった。
「お姉さんとはやらないよ。強そうだもん」
あまりににべもない。口をはさんだのは、絶句するカンイチではなく、ミノだった。
「どうして私が強そうだと判断したんだね?」
「大会で解説してたよね。ボク、あの時会場にいたんだ。だから知ってるんだ」
ユウは闘杯の会場にいた。それを聞いて、カンイチの頭で何かが引っ掛かる。
先にそれに気が付いたのはミノだった。
「もしや、君は準決勝に残っていたメイドの関係者かい?」
「そうそう! 弱かったでしょう、お姉さん。ごめんね」
それを聞いてカンイチも思い出した。
準決勝で戦った無口なメイド、あの人と一緒に控室で見かけた子だったんだ。
一つだけ訂正するなら、あのメイドは決して弱くはなかった。そ実際に戦ったことがあるカンイチはよく知っていた。
言葉通りに受け取ると、この子はメイドよりも強いということになる。少なくとも、かなりの実力者なのは間違いない。
「ふん、他人を弱いとこき下ろして、自分は戦わ――」
カンイチはミノの言葉を遮って二人の間に割って入った。
「わかった。お兄ちゃんとやろう」
ここでゴリ押しをするのは得策ではない。下手をしたらへそを曲げられてしまうかもしれない。これまでのように、この子が自分から決闘を望むようになってもらうのがベターだと、カンイチは判断した。
「その代わり、やるなら全力でね」
「お兄ちゃんならいいよ。そっちこそ、あんまりつまらない勝負はしないでよね」
ミノはそのままあっさりと引き下がる。その様子に少し違和感を覚えた。
ユウが決闘の準備を整える間に、カンイチはミノへ耳打ちをした。
「今日はどうしたんですか、やけにあっさりで」
「いや。決闘したいのは山々なんだけどね。もしかすると、もっと面白いことになるかも知れないと思ったのさ」
カンイチにはミノの言葉の意味がさっぱり分からない。
「それよりも、君は君の仕事を果たしたまえ。あのちびっ子をしっかり倒して、私の前に引きずり出してくるんだ」
「そのつもりですけど……」
「まぁ、私は私の仕事をするだけさ」
ミノはカンイチの肩を軽く叩いた。
「準備できたよー、お兄さ~ん」
ユウの声で、カンイチも一度深呼吸をしてから、決闘を承認した。
決闘が始まる。
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