第19話 成果

 貫一は探偵の言いつけ通り、翌日に現実の探偵の住処を訪れていた。


「……確かに、明日来いとは言ったけどね。いくらなんでも早すぎやしないかい」


 箕は眠そうに瞼をこすり、朝の空気から体を守るために、毛布を体に巻き付けている。

 現在時刻は午前六時だ。


「これでも自重したんですよ。チャットも返してくれないし、本当は始発で来ようかと思ってたんですから」

「寝てたんだよ。ちょっと疲れたからね」

「珍しいですね。夜型なのに」

「私だってか弱い人間だからね。そういうこともあるのさ」


 貫一はココアを入れて、寒さに震える箕へと差し出した。

 マグカップを両手で包み込むようにして持ち上げる箕。その様子がなんだかおかしくて、貫一は含み笑いを漏らす。


「なんだね。文句があるなら言いたまえ」

「いえ。それより昨日の結果を聞きたいんですが」

「なるほど。まあ、そうだろうね」


 箕はそのままココアを飲み干してから、マグカップを置き、貫一へと向き直った。


「……結論から言えば、アタリだ。よくやったね」

「居場所が分かったんですか!?」

「いや、そういうわけじゃないよ」

「ああ……違うんですか……」


 ぬか喜びの落差で落ち込んでしまう貫一。一方の箕は余裕の笑みを浮かべている。


「そう気を落とすことはない。あの子はちゃんと手がかりを持っていたんだよ」

「手がかりですか……」

「そうさ。本人は忘れていたみたいだけどね」


 ミノの能力は『決闘で倒した相手の記憶を覗き見る』というもの。覗かれる対象が忘れていても関係ない。そうカンイチは説明を受けていた。

 だから、隠し事をすることもできないし、本人が忘れてしまっていることすら暴き出せる。つまり、後輩の脳内にあるけれど思い出せない、そんなささいな手がかりを掴めるかもしれない。そういう期待を込めて、箕と決闘してもらったのだ。


「まず第一に、彼女は金銭的に不自由を感じていたようだね」

「お金に困ってたってことですよね。……言ってはなんですが、大学生としてはよくある話じゃないですか? 彼女は一人暮らしでしたから」

「そう結論を急ぐのは良くないぞ? 順を追って説明するさ。彼女が金銭に不自由を感じ始めたのは大学生になってからのことだね。高校生以前にはそんなそぶりはなかったようだ。おそらくは、助手クンの推測通り、一人暮らしを始めたことが大きいのだろうね。後輩ちゃんは彼女とショッピングに行ってもあまり買い物をしたがらなかったり、財布を心配する場面を複数回目撃している」

「確かに、デートに誘っても、ほとんど来てくれませんでした。あれはお金がなかったからだったのか……」

「……それについてはノーコメントとしておこう」[


 箕は一度貫一の記憶を覗いたことがある。貫一と彼女とどういう経緯で現在に至っているのか、ある程度の知識を持っている。

 ここで指摘を入れても、本題からずれていくだけだと箕は判断した。


「第二に、彼女はかなり精力的にアルバイトを行っていたみたいだね。理由はさっき言った通り、経済的に困窮していたためだろう。後輩ちゃんがサークルに入ったことと、彼女が高頻度でアルバイトをしていたことが重なって、二人が会う回数が減っていったようだね」

「なるほど、彼女が元々所属していた学生団体の活動に参加しなかくなったのも、それが原因ってことなんですかね」

「その可能性はあるだろうね。断定はできないけどね。で、本題はここからさ。どうやら、彼女は派遣系のアルバイトを中心にこなしていたようだが、そこで、よく同じアルバイトに応募する仲間がいたようなんだ」

「マジですか!?」

「そうさ。後輩ちゃんとの会話の中で、たまに話題に上っていた」

「つまり、次はそのバイト仲間の線を追っていけばいいってことですね?」

「わかってきたじゃないか。ただ、後輩ちゃんとの雑談では、そのアルバイト仲間の名前などは出していなかった。手がかりはそう多くない」


 箕はそう言って、後輩の記憶から読み取った、彼女が利用していた派遣元の某アルバイト仲介アプリの名前を挙げた。


「それだけ教えてもらえれば十分ですよ」


 貫一は光が見えてきたことに喜んでいた。

 次の調査のために、部屋を出ていこうとすぐに荷物をまとめだす。


「……それじゃあ私はもうひと眠りさせてもらうとしよう。昨日は少し無茶をし過ぎた」


 箕はもぞもぞと身をよじってベットへ向かう。

 記憶を読むということが、どれだけ大変なことなのか、貫一は知らない。知ることもできない。ただ、毎度その場で倒れるのだから、しんどいことなのは間違いないだろう。

 それに、さっき箕が語った情報にはかなり時間的に幅があった。あるワンシーンの記憶を読んだだけではないはずだ。大きな精神的負担がかかっていたとしても全く不思議ではない。


「本当に大丈夫ですか……?」

「寝れば治るさ。助手クンに心配してもらう必要はないよ」

「何か作りましょうか、シジミ汁とか」

「ええい鬱陶しい! 二日酔い扱いするんじゃないよ。君にはやるべきことがあるだろう。それと同じで、私の使命は寝ることなんだ! 邪魔せずに早く寝かせてくれたまえ」


 強く拒絶する箕に、後ろ髪を引かれる。

 箕はベッドにたどり着いて、貫一に背中を向けて横になっている。

 これ以上は無駄だろう。貫一は心の中でもう一度感謝して、玄関のドアを開けた。

 

「……今回はよくやった。君ならできると思っていたよ」


 部屋から出ていく直前、ベッドの中から小さな声で投げかけられた言葉。それを背中で受け取りつつ、貫一は後ろ手にドアを閉めた。

 そのまま、マンションのエレベーターへと向かう。彼の足取りはいつになく軽かった。



「まったく、こんなことまでしなくてはいけないなんて。まったく。……まったく」

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