第28話 デッキ構築

 「選ぶ必要がある、ですか?」


 カンイチとハルが斧を購入しようとしていた時、ミノから待ったが掛かった。


「そうだ。“斧”はさっき説明した基本武器なんだよ。実際に使用することになるのは応用武器。だから、どの応用武器として使うかを選ばないといけない」

「さっきは、ここの武器は全部応用武器だとか言ってたような……」

「このモデルはちょっと特殊でね。面倒だから割愛するが、とにかく三種類の応用武器から選ぶ必要があるんだよ」

「三つだけなんですか~?」

「そうだね。初期装備の“剣”なんかと比べると、そこまでメジャーな武器ではないからね」

「その三つって、具体的にはどんな武器なんですか?」


 ミノはカンイチに一言断りを入れて斧を借り受けると、柄の部分を触り始めた。


「確かこのあたりだと前に自慢してたような……、お、ここだね」


 ミノが柄の一部分を押し込んだ途端、斧は形を変えた。柄が伸び、刃も太く厚く、全体が一回りサイズアップする。


「お、おおぉぉ、変形した!?」

「すご~い! おっきくなりましたね~!」

「これが一つ目の“アックス”だ。他の二つと比べて、一発の火力に優れる。見た目は厳めしいが取り回しも悪くないよ。持ってみるかい?」


 カンイチはミノから変形したアックスを受け取る。

 ずっしりとした重み。けれど、どこか心地よい。それだけで、なんだか自分が強くなったような気がした。


「私も持ってみたいです~」


 アックスは一度ハルの手に渡ってから、またミノの元へ戻る。

 そしてまたミノが操作をすると、再度斧が変形した。


「二つに分かれしましたよ!? そんなのもアリなんですか!?」

「これが“ハチェット”。いわゆる手斧だね。こちらは一撃の威力よりも、妨害や手数に特化した絡め手が得意なタイプだ。緩急織り交ぜた変幻自在のスタイルが持ち味だね」


 カンイチは二本の小さな斧を手に取った。片手で一本ずつ武器を握るのは初めてで、少し変な感じだ。それぞれだとさほどで重くはない。なんとなく投げてみたくなるような重さだ。

 しかし、変形しただけなのに重量まで変わっているのはどういう理屈なのだろうか、カンイチは気になって仕方がなかった。


「軽いですね~、結構イイ感じかも~。ちょっと振ってみてもいいですか~?」

「試し切り用のスペースがあるから、後で行こうか。先に最後まで説明させてもらうよ」


 そして、最後の三種類目。

 今度は、柄が縮み、刃の部分が細長く伸びていく。そして、全体がメタリックな光沢を帯びる。極めつけに刃がギザギザに変化し、駆動する機構が追加される。


「すご~い!! チェーンソーですか~!?」

「そうだ。チェーンソーも斧の応用武器の一つだ。特徴としてはコンボが独特でかなり癖が強い。アックスのインパクトとハチェットの妨害性能を合わせたような感じだね」

「強そう~。もうそれでいいんじゃないですかね~?」

「代わりに、アックスの当てづらさとハチェットの不安定さも兼ね備えてしまっているのさ」

「なるほど、メリットもデメリットもましましなわけですね……」


 流石にこれを選ぶ勇気は持っていない。カンイチはすぐにチェーンソーをハルに回した。


「これをブンブン振り回すのは楽しそうですね~。ですけども! 私はやっぱりちっちゃい方にします!」

「“ハチェット”だね」

「面白そうですから~」

「OK。では、購入するときにコンポジットタイプではなく、ハチェットタイプを選ぶといい。そちらの方が安くつくからね。この

後の買い出しのためにも節約しておいた方がいい。……助手クンはどうするかい?」

「俺は……」

「ゆっくり考えるのも悪くないさ。好きなだけ悩みたまえ」

「いえ、決めました。俺は“アックス”にします」

「……ハル君に遠慮していりわけではないよね?」

「被らないように、みたいな理由じゃないです。なんとなく、こっちの方がしっくり来たんですよ」

「いいですね~、早速試し切りに付き合ってください! せんぱ~い!」

「それももう少しおあずけだよ。まだ買うものが残っている。場所を変えよう」

「え~」


 文句を言うハルをよそに、カンイチは急いで購入ポップアップをタッチした。一気に七割近く減少した所持金にびびりつつ、武器屋を後にする二人の後を追った。


「着いた。ここだよ。」

「……なるほど。そういうことですか」


 カンイチは頷いた。一度、この場所には来たことがある。

 第二の目的地は、以前リカが立ち寄っていたカードショップだった。


「武器とデッキと対戦相手、この三つが揃わないと決闘はできないからね」

「それもそうですね~。さっさと済ませちゃいましょ~」

「本当は、このタイミングが一番決闘者を悩ませるんだけどね……」

「怖いこと言わないで下さいよ」

「逆に、一番楽しいのもここだと主張する決闘者も多いよ。悩むのもまた一興さ。さ、入った入った」


 ミノに背中を叩かれて、カンイチはカードショップの店内へと足を踏み入れた。


「あの時はゆっくり見て回る余裕なかったけど、改めて見るとすごいカードの量ですね」

「とりあえず“斧”のカードセットを二人分頼むよ。と、後はそれぞれの応用武器に合わせたカードだね」


 カードショップは先ほどの武器屋と違って、店員に欲しいものを伝えるシステムのようで、ミノは手早く注文を行った。


「そっか、私と先輩は武器が違いますもんね~」

「そして、基本武器のカードは安いけれど、応用武器のカードは比較的高価だ。先に応用武器のカード一式は全部揃えておいたけれど、応用武器の方はそうはいかない」


 ミノはそれぞれの武器に存在するすべてのカードを買いそろえるとどれくらいの値段になるのか、二人に示した。それは、カンイチの所持金が突然10倍になっても買えないほどの金額だった。

 その事実を知らされてからの、ハルの行動は素早かった。


「だったら、人気順にギリギリまで買ってきますね~。他にお金が必要なこととかあったりしますか~?」

「決闘に必要なものは大丈夫だろうね」

「りょうかいで~す」


 ハルは迷うことなく店員さんへ突撃した。


「早いなぁ……。俺はたくさんカードが欲しいかも」

「方針が決まっているのなら、店員に相談してみるといい。見繕ってくれるはずさ」

「わかりました。なんだか緊張するなぁ」


 店員はカンイチに対しても親切で、すぐに安いカードを必要な分だけ用意してくれた。ただ、流石にハルよりは時間がかかってしまった。お会計を終える頃には、ハルは既にデッキの準備に取り掛かっていた。


「ただカードを買っただけじゃデッキにならないからね。自分が決闘で使う、必要なカードを集めてデッキを作るのさ」


 ここでもハルは持ち前の要領の良さを発揮して、あっという間にデッキを組み上げ、残されたカンイチはすっかり焦ってしまった。


「ま~、私は先輩よりも持ってるカードの数が少ないですからね~。選択肢が少ない方が選ぶのも楽ですよね~」

「そうかもだけどね……」

「とりあえず攻撃カードをたくさん入れたらいいと思いますよ~」

「セオリーだね」


 後ろでミノがうんうんと頷いているあたり、ハルのアドバイスはそれなりに的を射ているのだろう。

 ただし、そうは言っても、攻撃カードだけでもかなりの数がある。そう簡単には決められそうになかった。


「それじゃ、ひとまず試着室的なところに行ってくるんで~、準備ができたら呼んでくださいね~先輩~」


 ハルは足を弾ませて店の奥へと消えていく。一方のカンイチは完全に途方に暮れていた。


「ミノさんは何かアドバイスとかありませんか……? このカードが強いとか」

「うーん、できないことはないけれど、それをすると、君のデッキではなくなってしまうからね。あまり気は進まないかな」

「そうですか……」

「ただ、一つ言えるとすれば」


 カンイチは後ろに立つミノへ振り向いた。文字通り、ミノは一歩引いた立ち位置からカンイチを見下ろしている。


「君には勝ちたい相手がいるんだろう」

「……はい」


 カンイチは強く頷いた。


「そういう相手がいるときは、どうやって勝つのかをイメージするんだよ。このカードで相手を躱す、あのカードで差をつける、最後はあれでフィニッシュする、みたいなね。そうすれば必要なものが見えてくる。あとは精度を上げるだけさ」

「リカさんをイメージ……」


 カンイチはリカとの決闘を思い返した。

 あの鮮烈な敗北のことはよく覚えている。リカの武器、堂々とした動き、常に選択を迫る戦い方……。


「できそうかい?」

「……やってみます」

 

 勝つ方法をイメージできるかは分からない。リカという相手はそれだけ強かった。

 けれど、それで諦めていてはだめだ。勝つつもりでやらなくてはいけない。

 カンイチは購入したばかりのカードを手に取り、目を皿のようにして一枚一枚眺めては、目を閉じて、それをイメージの中でリカにぶつけた。


「……ふふ、やはり何か一つのことに打ち込んでいる時の集中力はすごいね。君は」


 後ろでつぶやく誰かの声も、もはやカンイチには届いていなかった。




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