第29話 試闘
カンイチがデッキを組み上げたのは、およそ一時間半後のことだった。
その間ずっと対戦を待っていたハルから、呆れられてしまったのは言うまでもない。
待ちに待ったハルとの決闘は、二本先取で行われた。……のだが。
「せんぱ~い、もうちょっと頑張ってくださいよ~」
「……ごめん」
「気に病むようなことではないさ。初日はそんなものだよ。むしろハル君の方が異常なくらいだよ」
「え~、その言い方はちょっとひどくないですか~」
カンイチはあっという間に二連敗を喫してしまった。
けれど、だんだん自分の組んだデッキを掴めてきた。と、カンイチは感じていた。
「もう一回お願いします」
「しょうがないですね~」
ダメ元のお願いがあっさり了承されて、カンイチは少し驚いた。デッキ構築に時間がかかったこともあり、それなりに遅い時間になっている。
「その代わり、今回も先輩が負けたら私のライブ見に来てくださいね~」
「ああ、わかったよ」
ハルの声色からはその条件が冗談なのか本気なのかは分からない。
けれど、そんなものがなくとも、カンイチは初めから本気で挑むつもりだ。
『俺の斧に決闘を誓う!』
『私の斧に決闘を誓う!』
決闘が始まった。
先に動いたのはハルだった。1ターン目から先制攻撃を入れてカンイチの出鼻をくじく。そして2ターン目は両者共に動かず、様子見に終わる。
続く3ターン目、カンイチは差を縮めるべく単発で攻撃を行うが、ハルは二連撃でこれに応戦。リードは依然ハル側のまま、4ターン目を迎えることとなった。
4ターン目のメインフェイズ。
カンイチはもう一度状況を確認した。
「手札はこちらの方が多いけど、ダメージは不利。この武器の特性を考えたら、やっぱりここは押し返しておきたいな」
二人が使う“斧”という武器は、多くの攻撃にタメが必要という特性がある。そのため、1ターンの間に攻撃できる回数が少ない。代わりに一発当たりのダメージが高いのだが、それはお互いに同じ。それはつまり、不利を返すのが難しいということ。
こまめにダメージを入れておきたいと考えたカンイチは、このターン、攻撃カード≪負い断ち≫を一枚セットした。
『オープン』
『デュエル!』
ハルはカードをセットしていない。
カンイチが斧を担ぎ、一拍おいてから飛び出す。
「私の知ってる攻撃しか見てないわよ?」
ハルはガードの構えを取りながら、カンイチを挑発した。
斧はタメによって攻撃が当たるタイミングがずれるため、ガードが難しいのだが、ハルも斧を使っているため、ズレを十分に理解していた。悠々とタイミングを合わせてガードを行い、ダメージを軽減する。
カンイチは奥歯を噛んだ。
ハルの挑発も、言っていること自体は間違っていない。
というのも、カンイチが購入した応用武器のカードは、数こそ多いものの、汎用性の高いカードは少なく、状況を選んだり、準備が必要なものが多かった。
まだ準備は整っていない。カンイチはそう判断したのだ。
5ターン目。
まだ準備は整わない。
唇を噛む。デッキを組んだときに自分がイメージした勝利への道筋は間違っていないはずだ。今は、それを信じるしかない。
カンイチは静観を決め込んだ。
『オープン』
『デュエル!』
ハルは二枚のカードをセットしていた。
≪ファーストテイク≫と≪兜割り≫の二連撃。“ハチェット”の攻撃技はタメが必要なものとそうでないものが混ざっていて、見極めるのは難しい。ガードしきれず、余計なダメージを受けてしまう。
しかし、ハルはそれだけでは満足できなかったようだ。
「挑発したから攻撃してくれると思ったのに~。あ、次のターンに来るつもりなんですね~?」
ハルは笑った。
カンイチは、決闘が絡んでいる時の女性の笑顔が油断ならないことをよく知っていた。
6ターン目。
カンイチは手札を確認してほくそ笑んだ。ついに準備が整ったのだ。
正確に表現するなら、準備の下準備が整った。
仕掛けることを決意し、二枚のカードをセットする。
『オープン』
『デュエル!』
「良かったです~。待っておいて」
ハルのセットカードは0枚。カンイチの攻撃を待ち構えていた。
……しかし。カンイチがセットしたのは攻撃カードではなかった。
「≪アンカーボルト≫、続けて≪アフターマス≫を展開!」
「あれ? 攻撃じゃないんですか~?」
「これは道具カードだよ。エンドフェイズ! この二枚は道具として、ターンをまたいで場に残り続ける」
「へぇ~、初めて聞きました~」
「これでターンは終わるよ」
「また仕切り直しですね~」
準備も終わった。道具カードにはタイムリミットがある。あの二枚はどちらも攻撃をサポートするためのカード。一度展開した以上は一気に攻めるしかない。
続く7ターン目と8ターン目、カンイチはこれまでに溜め込んだ手札を消費して、総攻撃に打って出た。
ハルはガードと攻撃を織り交ぜて、これに応戦。
「ここで道具カードの効果! 攻撃がヒットしたとき、デッキの一番上の攻撃カードを手札に加えることができる!」
さらに、カンイチは道具カードのサポートで減った手札を補充し、攻撃の手を休めなかった。道具でサポートし、経戦能力を生かした攻撃を行う。それがカンイチの戦略だった。
そんな戦い方を、ミノは観戦席から眺めていた。
「戦略自体はいい線いってるよ。だが、誰かさんの影響が強い気もするね。悪いことではないんだけど。……少し妬けちゃうかもね」
ミノは複雑な表情を浮かべる。
決闘は9ターン目に突入していた。
「なるほど~。そういう戦い方をするんですね~。でも、まだまだ踏み込みが甘いですよ~
。たくさん攻撃を放っても、一つ一つが軽いです。だから私はまだ立っているんですよ~」
ハルの言う通り、手札のほとんどを使ってかなりの有効打を与えたにも関わらず、まだ決着はついていない。それは、まだカンイチが新しい武器と技に不慣れで、性能を十分に発揮できていない証拠でもあった。
「先輩もそろそろ限界ですよね~。そろそろ本気で決着をつけましょう」
カンイチも頷く。
お互いに手札もライフもほとんど残っていない。次を逃せば、お互いに苦しくなるだけだろう。
『オープン』
『デュエル!』
お互いにセットしたカードは一枚ずつ。
そして、二人がとった構えも完全に同一だった。
『≪負い断ち≫!』
両者、武器を構え、一拍おいて突進する。
中央で交差する二人。
技量はやはりハルが上回っていた。十分に加速を乗せた一撃がカンイチに襲い掛かる。
しかし、この瞬間に、カンイチは勝利を確信していた。
最後に立っていたのはカンイチだった。
「どうして、ですか……?」
「それはもう一枚の道具のおかげだよ」
事前に展開しておいた道具カード≪アンカーボルト≫は攻撃中の自分へのダメージを減らす効果がある。これによってダメージを抑え、競り勝つことができたのだ。
「そういうわけですか……お見事です~」
「ありがとう……!」
決闘が終わり、カンイチはお礼の言葉を口にした。
「そんなに私のライブ、来たくなかったんですか~?」
「いや。そういうわけじゃ」
「冗談ですよ、じょ~だん! 私も楽しかったです。……これで一つ借りを返しましたからね」
ハルはそれだけを残してログアウトした。
それと同時に、カンイチは尻餅をついてしまい、そのまま地面に座り込んだ。
「ナイスファイトだったよ、助手クン」
ミノがそう声を掛けながら近づいてくるまでの間、カードショップの天井を見上げながら、さっきの決闘で得た感覚を忘れないように、胸に刻みつけるのだった。
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