第11話 聞き込み再チャレンジ

 箕の部屋から電車を乗り継いでおよそ三十分。

 貫一は彼女が通っていた大学の構内に居た。

 まず、訪ねることにしたのは彼女が所属していた学生団体の本部。ここは彼が彼女と出会うきっかけとなった場所でもあった。

 貫一と彼女は別の大学に通っていた。しかも、四回生の貫一に対して、彼女は一年下の三回生。そんな二人の接点がこの学生団体だった。

 ただし、彼女がこの学生団体に所属していたのは一年前までの話、二回生が終わった時点で辞めていて、現在、どこかのサークルや団体に所属しているという話は、彼の耳にも入っていない。

 そんなわけで正直望み薄ではあるのだが、数少ない接点には違いない。微かな希望を辿り、気合を入れて、冷たいドアノブをひねった。


 およそ二時間半後。


「はぁ……」


 貫一は構内のベンチに座り、左手に持った缶コーヒーをあおっていた。

 右手にはスマホ。聞き込みの成果をメモした画面が映っている。

 春休み期間ということもあって、学生団体で話を聞けたのは二人。掛かった時間も三十分少々。二人とも、名前は知っているがほとんど交流はないとのことで、彼女の行方に関する直接的な情報を得ることはできなかった。

 けれど、代わりに彼女と一緒に行動している人たちについては心当たりがある、という話を聞くことができた。こちらは五人。この心当たりについて聞けたとき、彼はたいそう喜んだ。

 意気揚々と名前を聞き出し、彼女たちが居そうだという場所へと突撃した。その場で三人に話を聞くことができた。

 彼女たちは口をそろえてこう言った。


「最近は忙しそうだったから、一緒に遊べなくて」

「付き合い悪くて、あんまツルめてないんだよね」

「出掛けようって誘っても、断られることが多かったんですよ」


 要するに最近は疎遠で、そこまで仲は良くなかったということらしい。直近の様子や行方についても、あまり知らないとのことだった。手がかりになりそうなのは、彼女たちの他に仲がよさそうな人の心当たりだけ。

 不毛な無限ループの気配を漂わせるスマホのメモを確認しながら、貫一は缶コーヒーを飲み干した。


「さあ、次だ!」


 自分を奮い立たせるように声を出して、カンイチは新たに聞き出した友人候補の元へと向かった。


 更に二時間後。


「あぁ~~~」


 陽も傾き、肌寒くなってきたベンチで、やはりコーヒー片手に力なく腰掛ける貫一の姿があった。

 それもそうだろう。

 今日、話を聞いた相手は十人。その誰からも有益な手がかりを得ることはできなかった。

 最後の方では、『やたらと話を聞きまわるストーカー』扱いまでされてしまった。

 増えていくのは、接点があったかもしれない人リストと、彼女が最近忙しそうにしていたという情報、そして、ストーカーの汚名ばかり。

 

「……まぁ、そんな簡単に見つかるわけないか」


 東京の山間を吹き抜ける北風は寒い。

 ホットの缶コーヒーも、ベンチで放心している間にすっかり冷めてしまった。

 改めて、探偵の大変さが身に染みたような気がした。


「最後に一人だけやって、明日仕切り直そう」


 ゴミ箱にコーヒー缶をシュートし、見事に外れる。

 カンイチは地面に転がった空き缶を拾うため、ベンチから立ち上った。


「センパイですか? よく遊んでましたよ」

「本当に!?」

「高校からの先輩だったんで、ここに入ってからもウチとかセンパイんちでゲームしたりとか、そんな感じですね~」


 十一人目に聞き込みを行ったのは、彼女の後輩だという女の子だった。

 彼が訪ねた時には、彼女は所属している軽音楽サークルから帰る直前だった。タイミングよく突撃できたのも幸運だ。


「最近の様子はどうだった? 何か変わったこととか」

「ここ一年くらいは忙しいみたいで~、ほとんど一緒に遊んでない感じですね~。たまに会ったりとかはあったんですけど、あんまり覚えてないですね~」

「!!」


 これまでとほとんど同じ内容が返ってきた。しかし、これまでに話を聞いた友人たちに比べて、明らかに手ごたえが違う。

 最後の最後にやってきたチャンス。

 貫一は部室のテーブルに身を乗り出した。


「頼む、協力してほしい!」

「協力ですか~?」

「そう。あるゲームでちょっと遊んでくれればいいんだ」

「はぁ……どういうことですか~?」

「説明すると面倒くさいんだけど、とにかくADGsってゲームで、このメモの場所で決闘……ちょっとしたスポーツみたいなことをしてくれたらすごく助かる」

「先輩、からかってます? 確かに、このVRゲームのハードは持ってますけど~」

「自分でも信じられないけど、真面目な話なんだ」


 後輩はテーブルに立てかけたギターケースに手をかけ、不審げな目を向けている。

 貫一にもその気持ちはよく分かった。けれど、箕の力について説明することは禁止されている。それに、事情を説明しても、怪し過ぎてまともに取り合ってはもらえないだろう。このまま押し切るしかない。


「行方不明って、たぶんセンパイの先輩に言わずに旅行か何かに行ってるだけだと思うんですよね~。単独行動もバリバリ行けちゃうタイプだったじゃないっすか、センパイって」

「確かに、そうかもしれない。……けど、心配なんだよ。この通りだ、頼む!」

「そんなに頭を下げられても困っちゃいますよ~。……次のライブであんまり余裕ないんだけどな~」

「ちょっとだけでいいからさ、お願い! この通り!」


 頭を下げる貫一に対し、後輩は困り顔で眉を下げている。


「……わかりました。気が向いたらやってみようかな~」

「助かる! それじゃ、メモの場所で待ってるから」

「はいは~い。じゃ、この後もちょっと急いでるんで~」

「長い間引き留めちゃってごめん。よろしくね」


 後輩は戸締りをして、そのまま外で待っていたらしい友達の方へと歩いて行った。

 その後ろ姿を見守りつつ、心の中でガッツポーズをした。


「何とかなってよかった……。あとは頼むぞ、箕さん……」


 沈みゆく夕日に祈りながら、ちょっぴり助手としての自信をつけた貫一だった。



 そして、後輩にコンタクトを取った日から三日が過ぎた。

 貫一は箕の夜食のためにキッチンに立っている。準備が終わったあたりで、箕へと声をかけた。


「それで、あの子は来ました?」

「いいや、相も変わらずさ」

「マジですか……」


しかし、三日が過ぎてもまだ、あの後輩はADGs内の探偵事務所に現れていない。


「ちゃんと事務所の場所は伝えたのかい?」

「メモを渡しましたから。それは大丈夫です。一緒に俺の連絡先も載せてたんですけど、そっちにも連絡ないです。……やっぱり来るつもりがないんでしょうか」

「十中八九、そうだろうね」

「ダメだったか…………そっか……」

「そう気に病むなよ。よくあることさ。自慢じゃないが、私だったら、三人失敗したあたりで帰って、向こうにログインしているよ。君は十分に向いているさ」


 彼は肩を落としつつ、キッチンから夜食の豆腐チャンプルーとエナドリを運ぶ。


「頼りにしているぞ、助手クン」

「ミノさん……。そう言って本当は面倒くさいだけなんじゃ」

「95パーセントはその通り。名推理だぞ助手クン。探偵の才能があるね」


 箕はエナドリの缶を開けて、チャンプルをつまみに、喉へと流し込む。

 その様子はさながら晩酌だ。


「はぁ……。でも、人一人連れてくることもできないんですよ」

「ふむ……君は行動力がある割に、妙に自信に欠けるところがあるな。少なくとも5パーセントは本気で頼りにしているんだよ? もっと自信を持ってくれたまえ。……ぷはー、染みるねぇ」


 箕は全く手を止めずに、エナドリをあおいでいる。

 初めは不満げな目で眺めていた貫一だったが、そんな箕の様子を見ていると、なんだか自分が馬鹿らしく思えてくるようだった。


「ほら、君も飲みたまえ。しゃきっと目を覚ませば見えてくるものもあるかもしれないよ」

「その言い方、本当に酒飲みみたいですね」

「酒は判断力を鈍らせるから、決闘前には厳禁だよ。一緒にされては困るね」


 カンイチは箕からもう一本の缶を受け取り、ふたを開けて、勢いよく喉へと流し込んだ。


「お酒と違って、明日に残らないですしね」

「ああ、そうさ」

「俺もチャンプルーもらいますね」

「君が作ったんだから、許可なんて必要ないよ。存分に食べて飲みたまえ」


 カンイチがキッチンへ自分用の割りばしを取りに行く姿を、箕は目を細めて見つめていた。

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