第二章_探偵がビームで後輩ビギナーを破壊するまで@××秒

第10話 先達

 探偵と決闘を行った翌日の午後三時頃。

 貫一はとあるラーメン屋の前にいた。


「『ラーメン刻屋』……ここが箕さんの言ってた店か」


 昨日、貫一はログアウトした直後に、探偵から初めての指令を言い渡されていた。

 それはこの件について警察に相談すること。当たり前と言えば当たり前のことではあった。しかし、当の貫一はあまり気乗りしていなかった。


「相談するって言っても、一度断られてるもんなぁ」


 自分で聞き込みを始める前に、一度、交番に相談していた。その時は、半ば門前払いのような形で、真剣に取り合ってもらえなかったのだ。

 ただし、今回は探偵から事前に話を通してもらっている。少しは真剣に聞いてもらえるかもしれない。

 両頬を叩いて、ラーメン屋の戸を開いた。


「らっしゃいませ~」


 店内には客は一人だけ。カーキ色のジャケットを羽織った男。

 貫一は男の隣のカウンターに腰を下ろした。


「蒲田さんですか?」

「倉門さんっスね。初めまして、蒲田っス」


 男はジャケットの内側から、警察手帳をちらりと覗かせた。

 どうやら、この男が探偵の知り合いだという刑事で間違いない。


「長月さんから聞いてますよ、何か話があるとか」

「そうなんです、実は……」

「へい! つけ麺激辛一丁お待ちっ! そちらのお客さんは何にいたしましょう」

「きたきた! 申しわけないっスけど、話は食べた後にしましょうか。うまいんスよ、ここのつけ麺」


 店員が注文を待っている。蒲田の前のつけ麺が湯気を立てている。赤いつけ汁から香る、濃厚な肉と香辛料の匂いが鼻孔をくすぐる。


「……同じものをお願いします」

「あい! 辛つけ一丁!」


 ほどなくやってきたつけ麺は、とてもおいしかった。でも、もし今度来るときは辛さを一段階落とすだろう。


「うまかったでしょ。長月さんのところに寄った日は、ここのつけ麺を食べるのが決まりなんスよ」

「箕さんとは長い付き合いなんですか?」

「それなりっすかね。たまにウチの捜査に協力してもらう代わりに、警察……というより俺がちょいちょい面倒を見てるって感じっス」

「警察に協力ですか!?」

「なんだかんだ、すげー人なのは間違いないっスからね。いろいろとあれな部分もあるっスけど。ほら、大変でしょ、長月さんの相手は。雑用とか押し付けられたり」

「そうですか? 別に気になるほどじゃないですけど」

「あれ、そうっすか? ……実はこっそり反省してたんスかねぇ」

「でも、昨日いきなり助手をやれって……。自分に務まるか……」

「あぁ……長月さんのいつものヤツっスか」

「やるしかないのはわかっているんですけど、どうしても不安で……」

「大丈夫じゃないっすか。もっと自信持てばいいんスよ。あなたは長月さんのお眼鏡にかなったんスから。不安になる前にまずは話しましょ。あるんでしょ、話」

「……そうですね。ちょっと長くなりますけど大丈夫ですか?」

「他のお客さんが来るまでにお願いしまっス」


 貫一は頷き、空になった鉢を握りしめながら、彼女と最後に会った日のことを思い返した。


 それから十数分。

 彼女が蒸発する前後から今に至るまでの事情をかいつまんで語った。


「……なるほど、行方不明者の捜索っスか」


 概ねの事情を聴き終え、蒲田は目を閉じて頷いた。


「捜査していただけるんですか」

「申しわけないっスけど、それは厳しいっすね。警察として動くには事件性が低いっス。……なんだかんだ警察は忙しいっスからね。俺はともかく」

「そうですか……」


 正直に言えば、貫一もあまり期待してはいなかった。それでもショックは大きい。蒲田が悪いわけではないけれど、お門違いの苛立ちが貫一の胸に湧き上がってしまう。


「なんで、個人ではちょいちょい調べとくっス。進展があれば長月さんを通してお伝えするってことで」

「えっ!? 捜査はできないんじゃなかったんですか!?」

「あくまで警察としてはっスよ。長月さんとこからの話っスからね、大手をふってとはいかないっスけど、俺の空き時間くらいは提供するっスよ」

「ありがとうございます!」

「そんな大げさに感謝する必要はないっス。これも俺の出世のためっスよ。長月さんから話をもらって、思わぬ大手柄! ってこともあったッスから」

「蒲田さん……」

「そんなに目を潤ませないでほしいっス。やりづらいなぁ……」


 蒲田は頭をポリポリと掻いた。


「あ、そうだ、せっかくだから、先輩として長月さんとうまく付き合うコツを教えるっス」

「そんなものがあるんですか?」

「ずばり、長月さんとうまくやっていくコツは『テキトーにやること』っスよ」

「え、そんなテキトーな……」

「付き合いが長くなればわかるっス。それじゃ」


 そう言い残すと、蒲田はニヤリと笑って席を立つ。

 そのままひらひらと軽く手を振りながら店を出て行った。



 刑事の蒲田とあいさつした翌朝。

 貫一は探偵のマンションの一室へやってきていた。


「眠い」

「寝起きでしたか? それはすいません」

「違う、これから寝るところだったんだ」

「……今、朝の九時ですよね」

「何か文句でもあるのかい」

「いえ。昨日警察の方とお会いしてきたので、次は何をすればいいか確認したいと思いまして」

「自分で考えたまえ。私は寝る」

「もうちょっと具体的にお願いします」

「一昨日言ったじゃないか、君は犯人なり参考人なりをここに連れてきてくれればいいんだよ」

「ですからその方法は……」

「それを考えることも含めて助手くんの仕事さ」


 探偵はゲーミングチェアにもたれて、眠たげに目をこする。

 彼女がこれ以上答える気がないのは、誰の目にも明らかだった。

 貫一は探偵に聞こえないように、小さくため息をついた。


「さぁ早いとこ行った行った! 私は眠いんだ。おやすみ」

「寝るって、まさか床で寝るつもりですか」


 ベッドや布団が用意されている様子はない。

 貫一がここを初めて訪れた時、探偵は床に転がって眠っていた。まさか、いつもそんな状態で寝ているのか。それはそれで逆に尊敬してしまいそうだ。


「いや、椅子の上で寝る」

「良かった……。いや全然良くないです、体壊しますよ」

「別にこっちの体が多少壊れても構わないさ。向こうが無事ならね」

「良くないです。彼女を探してもらわなくちゃいけないんです。いざって時に倒れられたら困ります。ちょっと待っててください。ベッドメイクしますから」

「はは、強引だな、君は」


 床に散らばるゴミを脇によけて、部屋の隅から折り畳み式のベッドを引っ張り出す。彼がベッドを準備している様子を、箕はあぐらを組みながら眺めていた。


「……ベッドの上で眠るのは10日ぶりだ」

「もっと体を大事にした方がいいんじゃないですか」

「余計なお世話だね。調子に乗らないように」

「調子に乗ってなんかいませんよ。俺がやりたかったからやっただけです」

「そういうのを余計なお世話というんだよ」


 探偵は元々着ていた部屋着のまま、ベッドへと向かった。


「俺は事情を知ってそうな人を探してきます。……ぜんぜん当てはないですけど」

「……まずは彼女の友人を探すといい」

「え?」

「私は寝る。早く出たまえ。デリカシー不足の助手め」


 あなたには言われたくない。そう彼は思ったが、口には出さなかった。


「……ありがとうございます」


 代わりにお礼の言葉だけを返して、貫一はマンションを出た。


「友達を探せ……か」


 貫一は、探偵からもらった助言をもとに、大学へと足を向けた。

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