第13話 布教のために①

 「で、私のところに来たってわけ?」


 翌日、カンイチはヴィヴの元を訪ねていた。


「私、そんなに暇じゃないんだけど。今日はたまたま空いてたから良かったけど」

「ヴィヴさんなら、このゲームに詳しいと思いまして」

「ミノに聞けばいいじゃない。どうして私に?」

「ミノさんはずっと『君の仕事だ』って言ってましたし、教えてくれなさそうと思いまして」

「私なら教えてくれそうって? 随分と安く見られたものね。私だって、決闘しに来てるのよ? 他人の相談に乗るためじゃないわ」

「すいません……」

「だから、こうしましょう。まず、あなたと私で決闘をする。あなたが勝ったら相談に乗るわ、私が勝っても相談には乗ってあげる。けど、その代わりにミノのプライベートな秘密を教えなさい。どう? 大盤振る舞いでしょ?」

「問題大ありですよ!? 勝手にミノさんの秘密をバラすなんて」

「ほら、あいつにはあの力があるじゃない。そのせいで、私はめちゃくちゃプライバシーを侵害されてるのよ」


 ヴィヴは耳に顔を寄せ、小さな声で囁く。


「だから、これはそのちょっとしたお返しよ、お返し。だからあんたは安心して私にボコボコにされればいいの」

「何かおかしいような……」

「さ、始めるわよ」

 

 カンイチも抵抗はするものの、どうやら、逃してくれそうにない。

 ミノといいヴィヴといい、このゲームのプレイヤーは血の気が多いらしい。

 ヴィヴは大ぶりな刀を抜いて、上段に構えた。


 十五分後……。


「あー、すっきりした!」


 カンイチは文字通りボコボコにされ、地面に転がっていた。

 ここでは痛みは感じないが、衝撃や迫力、恐怖は本物。

 ヴィヴの決闘スタイルはかなり激しいものだった。

 あえて例えるなら、一昔前の暴走した巨大人型兵器とか、そんな雰囲気だった。


「喋ってもらうわ、あいつの恥ずかしい秘密を、ありのままの姿を! さぁ、吐きなさい!」

「そんな大したことは知らないですよ……」

「はいはい、そういうのはいいからっ」


 急かされてカンイチは困った。箕について知っていることはあまりに少ない。


「僕が見たことがあるといえば……、エナドリで晩酌をしてる姿くらいですよ?」

「エナドリで晩酌? 何それ?」

「ええ、毎晩ログイン前に、ちょっとしたつまみを食べながら、エナドリを飲んでるんですよ。それがお酒を飲んでるみたいに見えたんで」

「あいつが……ハハハッ、それは傑作ね! らしくないけどあいつらしいわ!」


 ヴィヴは腹を抑えて笑っている。

 もしかして喋ってはダメなことだったか、と、カンイチは肝を冷やしたが、もはやどうにもならない。


「いいわ、それで許してあげる。……で、布教のコツを教えて欲しいんだっけ?」

「は、はい」

「まぁ、私も偉そうなこと言えた義理じゃないけど、まずはあんた自身がADGsのことをよく知って、好きになることね。例えば、よく知りもしない歌手の小耳に挟んだだけの曲を人に勧めるのってすごく難しいでしょ?」

「そうですね。何を話せばいいかわからなくなるかも」

「そう。布教される側も、何を聞いているのかわからなくなる。そんなのじゃ、興味も湧きようがないでしょ」

「確かに」

「あとは、そうね……。相手の要望に応えることじゃない? 欲しがっている言葉をかけて、求めているものがここにあるってことを示せばいいのよ」

「なるほど……」

「例えば、今、私が欲しがっているものは何?」

「箕さんの恥ずかしいプライベート情報?」

「そうね。70点ってところ。そんな感じで、求めているものを探って、それを提供してあげるの。こっちでね」

「あー、少しわかった気がします」

「……まぁ、実際はそう簡単な事じゃないけど」

「え?」

「こっちの話。それじゃあまたね」

「え、あ、ありがとうございます。相談に乗ってもらっちゃって」

「気にしないで、ちゃんと代金はもらったから。あ、でも、決闘の腕前は今後に期待って感じね」

「あはは……手厳しいですね」

「今度会うまでに、もっと強くなっててよ? 私も手応えがある方がうれしいの。期待してるわよ」


 ヴィヴは立ち去って行った。

 カンイチは自分の元に残った宿題を脳裏に留め置きつつ、ログアウトボタンをタップした。

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