第15話 とりあえず決闘で

 布教のため決闘の面白さを教えてもらおうと考えたカンイチ。

 ミノは申し出を快諾し、そのままカンイチを決闘場へ連行したのだった。


「私が思うに、決闘の面白さは四つある。つまり、一つ目が『カードゲームとしての面白さ』、二つ目が『体を動かす気持ちよさ』、三つ目が『成長を実感できること』だよ。順にざっくりと説明しよう」

「三つしかないような気がしますが……」

「そこは気にするな。で、一つ目についてだが、私たちは決闘を行うとき、使える技と回数があらかじめ決まっているだろう」

「カードに書かれた技を使えるってやつですよね」


 今は実際に決闘を行いながら説明を受けている。

 目の前には六枚のカードが浮かんでいる。これらをセットして使用することで、それぞれのカードに記された技を使用することができる。決闘の基本的なルールの一つだ。


「カードを引くための山札があるだろう。これがデッキだ。ADGsの決闘はぶっちゃけた話がカードゲーム(TCG)なんだ」

「それはわかります。子どもの頃にちょっとだけやったことがあります。アニメとかやってたやつ」

「そうだ。アレのVR版だと考えればいい」

「でも、結構違いもありますよね? モンスターを召喚したりしないし、こっちは自分で戦わなくちゃいけないですよ」

「確かにルールの違いはあるが、一対一で事前にデッキを構築して戦う、このあたりで条件を満たしているし、カードゲームの本質的な面白さをそのまま有していると思うよ。主だったところでいうと、デッキ構築・読み合いや駆け引き、あとは運との付き合い方とかね」

「俺はそんなに詳しくないんでわからないですけど、そういうものなんですかね」

「≪ADGs≫は特に読み合いの比率が高いかな。相手がどのタイミングでどのカードを切るのかによって、ゲームの趨勢が大きく変わるからね。このあたりは何回か決闘経験を積めば分かってくるさ」

「なるほど、読み合いが面白いってことですね」


 カンイチは起動していたボイスメモを一度止めて、再度録音を開始した。後でもう一度聞きなおして、頭に叩き込むためだ。

 その様子をミノは横目でじっと見ていた。


「次、二つ目はなんでしたっけ?」

「気持ちよく体を動かせること、だったかな」

「あー、それはちょっとわかるかもしれないです」


 前にミノと決闘をしたことがあった。

 カンイチもはじめは慣れなかったが、後の方になるについれて、出した技に体をのせる(・・・)というか、体を動かす一体感みたいなものを覚えていた。


「それはなかなか筋がいいね。慣れればもっとアクロバティックな動きもできるようになるよ。……ちょっと試しにターンを進めてみてほしい」

「OKですよ」


『オープン』


 お互いにセットしたカードが公開される。カンイチは0枚、そしてミノは3枚だ。


「えっ、ちょっと待ってくだ……」

「例えば、こんな感じだね」


『デュエル!』


「ア”ァアァァァ!!」


 ミノは体を低くして駆けた。同時に気合いを込めて雄叫びを上げる。思わず体がすくみ上がる。さらに、ミノはまだ杖が届かないはずの距離で地を蹴って飛び掛かった。そのまま体を丸め、中空で一回転、武器を見失ったところに、着地と同時に振り下ろされる仕込み杖がカンイチの肩口を捉えた。

 まともに食らった鈍い痺れから回復する前に、ミノは次の技のモーションに入っている。一度納めた仕込み杖を再度鞘から取り出すと、その刀身は赤く燃えていた。その様子にカンイチは見覚えがあった。

 火の粉舞う刃が横一文字に胴を薙ぐ。たまらずカンイチは尻餅をついた。


「と、まぁ、これが狐太刀のコンビネーションの一つだ。結構派手だろう? 体を動かしていても結構爽快だよ」

「いつつ……、それはよくわかりました」

「どうだい? デッキ、武器を変えたいときは狐太刀もおすすめだよ。何と言ってもこの私とお揃いだ。助手らしくていいとは思わないかい?」

「……考えておきます。体を動かす話は分かりましたから、次に行きましょう、次」

「つれないねぇ。初めにスパルタで行くと言っていたじゃないか」


 立ち上がって準備をしているカンイチの前で、ミノは不服そうに口をとがらせていた。ついさっき辻斬りみたく飛び掛かってきたとは思えないくらいにふてぶてしい。


「三つ目は確か……『成長を実感できること』でしたよね?」

「あーそうそう、そんな感じだよ。うん」

「なんだか頼りないですね……」

「もう一度、体でわからせてあげようか」

「それは……話を聞いても理解できなかった時はお願いします」

「ほう、いい心がけだね」


 ミノは笑って、仕込み刃を鞘に納めた。


「……そうだね、これは一つ目や二つ目とも繋がっている話なんだけど、このゲームをやっていて楽しい瞬間は、相手に勝った時と気持ち良く動けた時の二つだと思うんだよ」

「さっき話にあった一つ目と二つ目に対応しているわけですね」

「そうだ。私が言いたいのはね、その二つが相乗効果を持ちながらモチベーションを高められるようになっているってことなのさ」

「どういうことです? よく意味が分からないですけど……?」


 カンイチは首を傾げた。今の説明だけでは、何が言いたいのかさっぱりわからない。

 ミノもそこは承知しているのか、そのまま説明を続ける。


「いいかい、決闘は楽しい。けど、何の努力もなしに、ずっと楽しさを感じられるかと言えばそうじゃない。強くなろうとしなければ勝てないし、体を動かすにもうまく繋がるコンビネーションを探したり、練習しなければ上手くならずにいつか飽きてしまうだろう」

「それはそうかもですね」

「だけど、努力をすれば絶対に報われるかと言えば、必ずしもそうじゃない。なかなか勝てなかったり、壁にぶつかったりすることもあるだろう。ADGsはレベルとかそういう概念があるタイプのゲームじゃないしね」

「でも、それはだいたいのゲーム……というか、あらゆることがそうなんじゃないですか?」

「まぁ、そうとも言えるかもね。そこで、二つの報酬があることでモチベーションを維持しやすくなっているわけだ。なかなか勝てなくても良い動きができたら気持ちいい、動きに不満があっても勝てたなら楽しい、といった感じだね」


 なんとなく、理解はできる。

 しかし、今一つ納得はできなかった。


「はぁ、でもそういうのって他のゲームでもよくありますよね? 基本は敵を倒すことが目的だけど、マイホームをカスタマイズできます、とか」

「それはそうなんだけど、ADGsの場合は二つの報酬が強く結びついているからね。デッキが強ければ動いて気持ちいいし、キレがある動きをするとダメージにボーナスがついたりする。なんて言えばいいんだろうね……。対人ゲーの割に報われやすいというか、不毛な感じになりにくいというか……」

「それが、初めに言ってた『成長を実感しやすい』ってことなわけですね」

「あーそうそう。それ! 良いこと言うなぁ、私」


 忘れてたらの意味ないのでは? と、喉まで出かかっていた言葉を抑える。


「……なんだね? 何か言いたいことでもあるのかね?」

「ナイデスヨ。……それで、最後の四つ目は何です?」

「あー、それねぇ。まぁいいか、言っちゃっても」

「言いづらいなら無理には聞きませんけど?」

「そういうわけじゃないんだけど……ま、一言で言えば『合法的に相手をブチのめせるところ』だよ」

「……なるほど」


 それは参考にならない。

 カンイチは口に出さなかったが、顔にはバッチリ出ていたらしい。


「……こうなるから言いづらかったんだよねぇ」

「貴重な意見でしたよ。ありがとうございます」

「前にも言ったかもしれないけど、君が実際に決闘の経験を積めばより深く理解できるはずだよ。結局のところ一番は経験さ」

「ですよね……。今回は間に合いそうにないでしょうがないですけど、時間を作ってプレイしてみますよ」

「いいねぇ。なかなかやる気じゃないか。そのうち、大会とか出てみるの良いかもしれないよ。目標になるからね」

「それもまた今度ですね……」


 カンイチは遠い目をするほかなかった。

 この調子で彼女を見つけるには、どれくらいの時間がかかってしまうのだろうか。

 そもそも、後輩への布教が成功する保障さえないのだ。


「……それで、わざわざ私が手ほどきをしたんだ。勝算はあるんだろうね?」

「何とかやってみますよ。せっかく掴んだ手がかりですから」

「自信はついたようだね。頑張ってくるといい」


 カンイチは感謝の言葉を述べ、そのあと、さっきまでの言葉をぶつぶつと反芻しながら、明日、後輩を攻略するために考えをまとめはじめる。その様子は真剣そのもので、周りのものが視界から消えているのは間違いない。

 その様子を横目で見ていたミノは、教え子を見守る教師のような目で見つめながら、静かに降参を宣言して、決闘を終了した。


 ほどなく、貫一はログアウトして自宅へと帰っていった。

 一方、箕も珍しく早めに切り上げて、助手が準備した寝床へと向かった。


「今度は深く潜ることになりそうだし、今日は多めに寝ておくかね」


 枕元には彼女が普段使っているヘッドセット。いつもならもう一セットあるのだが、今日は、貫一の頼みで貸し出していて、ここにはない。

 箕はヘッドセットの丸みを帯びた外装をゆっくりと撫でる。


「助手クンが頑張っているんだ。私も期待に応えないとね」


 すっかりこの家にもなじんだ助手のエプロン姿を思い浮かべながら、箕は眠りへと落ちていった。

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