第16話 2ターン目
「すいませ~ん、遅れました~」
ギターケースを背負った一人の女性が小走りで大学の部活棟へと向かっていた。
彼女は部活棟の入り口に着くなり、所属する軽音楽サークルの先輩に頭を下げた。
「いいわね重役出勤で。お客さんがお待ちよ」
「お客さんですか~、げっ」
先輩が顎で示したのは軽音楽サークルの部室の前。
そこには、先日、突然に彼女を訪ねてきた他大学の先輩、つまり貫一が立っていた。
後輩の姿を見つけるなり、貫一は手を振った。彼女に用があるのは間違いないらしい。
「早いとこ行きなよ。練習時間なくなっちゃうでしょ」
「……はい」
サークルの先輩は明らかに機嫌が悪い。
最近はただでさえピリピリしがちなのに。と、後輩は肩を落としながら、部室に向かった。
「悪かったね。お邪魔だった?」
「……」
部室の中に入り、席についても、後輩の表情は晴れなかった。
どこか落ち着きがなく、早く開放してほしい、と、顔に書いてあるようだった。
「今日は改めてお願いしに来たんだ」
「前に話してたゲームですよね~? 言っておきますけど~、私、忙しいんですよ。もうすぐライブもあるし、練習もしなきゃいけなくて~。わかりますよね?」
「それで、俺と同じように行き詰っている?」
「っ!! 分かったような口を利かないで欲しいですね~!」
「わからないよ。俺は君じゃないし、楽器のコーチになれるわけでもない」
やや挑発するような言い回しに、後輩は明らかな苛立ちを覗かせる。
「だから、もうちょっと肩の力を抜いてもいいんじゃないかな。ほら、今は練習中じゃないでしょ」
「誰のせいだと……、はぁ……わかりました~」
貫一は持参していた二人分のインスタントコーヒ―を勧める。
後輩はこれ見よがしに大きなため息をついてから、湯気を立てるマグカップに口をつけた。
「それで、今どんな感じなの?」
「どうって、何がですか~?」
「ライブ近いんでしょ。何に悩んでるの?」
「……先輩に話しても~、どうせわからないです」
「だからいいんじゃないか。話すだけでも楽になることってあると思うよ。変にアドバイスされるのも、あんまりいい気しないでしょ」
「それは……そうかもですけど~……」
「何の楽器やってるの?」
「……ベースです」
「ベース! 渋くてかっこいいじゃん」
「初めは軽音やってた友達に誘われて始めたんです。楽器選ぶときにベースが一番簡単だって言われて、自信なかったし」
後輩は、ハハ、と乾いた笑い声を漏らし、隣のベースのケースを撫でた。
「でも、やってみるとけっこ~楽しくて、音楽とか中学の授業から何にもやってないけど、ちゃんと音とか出るじゃん、ってテンション上がって、楽しくやってたんですよ」
「それはすごいことなんじゃないの? いきなり弾けるものじゃないみたいなイメージはあるよ」
「ベースって、音を出すのはそんなに難しくないんですよ。それに、私、ちょっぴり要領がいいっていうか、一発でそこそこできるタイプらしくて。ちょっと勘違いして調子乗っちゃってたみたいなとこはありますけど」
貫一は軽く笑いながら、後輩の様子を伺う。
後輩は湯気が顔に掛かるようなやや俯き気味な姿勢で、マグカップを両手で包むように持っている。
「楽しくできてるんだったら、それが一番なんじゃない? よく言うじゃん、好きこそものの上手なれ、みたいなさ」
「……そうだったら良かったんですけどね」
「何かあったの?」
「ライブ、近いって言ったじゃないですか。やる曲とかも決まって、本格的に練習が始まったら、あんまり駄弁ってワイワイやるみたいな感じじゃなくなって、みんなすごい真剣っていうか……」
「ちょっと違うな、みたいな感じ?」
「そういうわけじゃないんですけど、迷惑掛かるし、やっぱり経験なくて下手だから、先輩からダメ出しされたり。間違えちゃダメだって思ったり、帰って、ずっと一人で練習してても、なにやってんだろって思うときもあって」
「プレッシャーを感じてる、みたいなことなのかな」
「そう、なんですかね……。かもしれないすね、ステージに上がるの、初めてだし」
「部活終わってから、家ではどうしてるの?」
「ん~、最近はだいたい練習してます、あとは上手い人の演奏聞いたりとか」
「ほかに趣味とかは?」
「今はお休み中ですね、そんな余裕ないですよ」
「……なるほどね」
貫一はマグカップを手に取る。
さて、ここまで話を聞いてきて、道は見えた。
あとは、箕たちの強引さを見習って、強引に行くだけだ。
カップに残ったコーヒーを飲み干し、気合を入れ直す。
「君は頑張ってるよ。プレッシャーもあるのに、すごく頑張ってる。だから、たまには気分転換が必要なんじゃないかな」
「……それでゲームですか。さっきも言いましたけど、そんな余裕ないんです。だいたい、先輩からも怒られます」
「気持ちをリフレッシュしたら、もっと集中できるようになるかもしれないよ。VRゲームは体も動かすから、気分転換にはちょうどいいと思う。ほら、騙されたと思ってさ」
「そりゃちょっとは興味もありますよ? けど、先輩が外にいるんです! ゲームしてたなんてバレたら、絶対に怒られるんですよ!」
「先輩達には話をつけとくからさ。実際、全面的に俺のせいなわけだから、君が心配することは全然ないよ!」
「でも……」
「機材も持ってきてるから、場所だけちょっと移動してもらうことになるけど、すぐできるから! 行こう!」
「は、はい……少しだけですよ。すぐに戻りますから」
「OKOK! とにかくやってみないとね!」
貫一は事前に話を通していた学生団体事務所の場所を教え、軽音楽サークルの先輩に話をつけに向かう。
その間に、後輩は先輩たちの横を申し訳なさそうに体を縮めて通り過ぎ、当の先輩の一人がそれを冷たくにらみつけていた。
話はそれほどこじれることはなく、およそ十五分ほど後には、貫一は≪ADGs≫にログインしていた。
まだ、後輩の姿は見えない。
「ヘッドセットは被ってたから、来てると思うんだけど……」
初めて≪ADGs≫にログインしたときは、専用の場所でチュートリアルを受ける仕組みになっているため、後輩がまだいないことに理屈では納得できる。しかし、不安に思わないかと言えば、それは話が別だ。
カンイチは初期ログイン地点でそわそわと所在無げに彼女の姿を探していた。
「……あ、いたいた、先輩ですよね」
「よかった、何か手違いがあったらどうしようかと思ってたよ」
建物の奥から尋ね人が姿を見せ、カンイチは肩を撫で下した。
「ちゃんとチュートリアルは受けられた?」
「正直よくわかんなかったです。初めてコードを教わった時みたい」
「実際にやってみないとなかなか分からないよね」
カンイチもつい先日まで同じような気持ちだったことを思い出して、苦笑いした。
一方、後輩はいつもと違う格好にやや落ち着かない様子で、腰元の剣をいじっている。
「あ~、でも、チュートリアルの時にちょっとだけ技(?)を使った時はスカッとしました。そういえば最近全然体動かしてなかったなぁって」
「いいよね! 俺も、戦術っていうか、詳しい戦い方みたいなのはまだよくわかんないんだけど、体を動かすのは気持ちいいよね! 実際に決闘、戦いながら動くのはもっとイイよ! 楽器も実際に曲を弾く時の方が楽しいと思うんだ」
「その方が、弾いてる! って感じがしますもんね」
「さ、試しに一回やってみようよ、決闘」
「……一回だけですよ? あんまり長いと怒られちゃいます」
やや尻込みしつつも、後輩は決闘を受けてくれた。
その場で視界が一面の青に染まり、決闘が始まるまでの一瞬に、カンイチの頭には後輩をにらみつけていた先輩の姿がよぎっていた。
『オープン』
『デュエル!』
1ターン目、カンイチは動かなかった。後輩もセットしたカードは1枚。それも攻撃技ではなかった。両者共に、大きく動くことなくターンが終了する。
カンイチは自分との初めての決闘でほとんど動かなかったミノのことを思い出していた。あの時のミノも、技を出させて決闘の面白さを伝えるために、あえてそうしていたのだろう。今更ながらにミノの配慮に気づいて、カンイチは含み笑いが漏れた。
しかし、今はこれではいけない。このまま後輩が攻撃技を出してくれないと、決闘の魅力が伝わらないかもしれない。
「どうしたの? 技の出し方はわかる?」
「それはたぶん大丈夫ですけど、攻撃ってなんか痛そうだし……」
「そんなことないよ! ちょっと痺れる感じがするだけで、痛みはないんだ」
「でも……」
どうやら、後輩は人に攻撃することに抵抗を覚えているらしい。確かに不思議な話ではなかった。カンイチ自身は初めから割り切れていたけれど、いくらゲームとはいえ、感覚は相当にリアル。抵抗を覚えるのはむしろ当たり前のことなのかもしれない。
どうにか、心理的なハードルを下げなくてはいけない。
「そうだ、俺を先輩だと思って攻撃してみて」
「……え? 何を言ってるんですか!?」
「苦手だったり、嫌な先輩も一人ぐらいは居るよね?」
「……」
「ほら、知り合いは誰も見てないんだ、気分転換のためなんだからさ、思いっきりやっちゃえばいいんだよ」
「………………」
後輩はその場に俯いて黙ってしまった。もしかすると対応を間違えたかもしれない。
怒らせてしまったかと、カンイチが内心で冷や汗をかいていたところ、突然、後輩がカードをセットしてターンを進める。
「……今」
「……うん?」
「今、言いましたよね。思いっきりやっちゃっていいって」
「うん、言った言った」
「”そんなこと言ったかな”、はナシですよ」
『オープン』
後輩の場にはカードが三枚セットされている。カンイチはもちろん0枚。引き続き静観の構えだ。
『デュエル!』
「いつもいつもねちねちねちねち言いやがって! 嫌味よりまともなアドバイスしろや!!」
「何か変なスイッチ入っちゃった!?」
いきなり怒りの声を上げながら飛び掛かってくる後輩。ろくに受け身も取れずにただその姿を見つめることになってしまったカンイチは、心の中で、要領がいいって言ってたのは嘘じゃなかったんだな、などと半ば現実逃避気味に考えていた。
それからおよそ二十分後。
そこには全身の痺れで地面に転がされたカンイチの姿があった。
後輩の方は、どこか憑き物の落ちたような顔で傍らに立っている。
「いやー、いいっすね。ゲーム。すっきりしましたよ」
「うぅ、力になれたなら良かったよ」
「帰ったら、ソフト、ポチります。練習終わってから」
「そっちも頑張ってね。応援してるよ。……次にログインしたら一応ココに行ってくれると嬉しい」
「考えておきます♪ 要件は終わりでいいんですよね?」
「ああ、うん。部活の方に戻ってもらって大丈夫だよ。もし今日のことで変に怒られたら俺に連絡してくれたらいいから」
「そんなに気を遣わなくてもいいですって~。今日はありがとうございました~!」
後輩は地面に座ったままのカンイチを残して、ログアウトしていった。
「元気な子だったな……。やれることはやったと思う、今度はちゃんと来てくれるといいんだけど……」
カンイチは改めて後輩の秘めたパワーに驚きつつ、数分後にログアウトした。
事務所には貸し出したヘッドセットだけが置かれていて、既に彼女の姿はなかった。
……その日の夜。
「お邪魔しま~す」
≪ADGs≫内の長月探偵事務所にバイタリティ溢れる声が響いて、カンイチはホッと胸をなでおろした。
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