第3話 探偵は何処に
貫一が聞き込みを行った翌日。
彼は、春休み間近の大学で、自身が所属するゼミのミーティングルームの扉を勢いよくスライドさせた。
「A! 探偵を紹介してくれ!!」
「おはよう、貫一。今日も元気だね」
「ああ、おはよう。で、お前、探偵の知り合いはいないか?」
部屋で待っていたのは一人の青年Aだった。
貫一とAは同じ大学四年生。共におよそ二か月後に卒業を控えた身の上だ。
同じゼミに所属している縁もあり、Aに相談を持ち掛けることもしばしばあった。
「…………。コーヒーを入れるから、その間に順を追って説明してくれ」
「いやいや、それは俺が準備するから、Aは座っててくれ」
「はいはい。相変わらず世話焼きだね」
Aは、貫一が世話を焼きたがっている時は、彼の邪魔をしない方が良いということを知っていた。
貫一は二人分のインスタントコーヒーを手早く準備しつつ、昨日の聞き込みについて語り始めた。
ケトルでお湯が沸くまでは、およそ三分。
「昨日はAのアドバイス通り、≪AGDs≫? の中で、28人に聞き込みをしたんだが、ほとんどは話も聞いてもらえなかった」
「それはそうだろうね」
「…………」
「ほら、アドバイスしたときも言ったじゃないか『ダメ元』だって」
「……まあな。けど、28人目の女の人は結構真面目に聞いてくれたんだ。それから……」
貫一は昨日出会った長身の女性とのやりとりについて打ち明けた。
「はぁ……。それで『探偵』ね」
ちょうど話が終わった頃、ケトルがカチリと音を立てた。準備していた二つのマグカップにお湯を注ぐ。
二つとも、砂糖はなし、ミルクのみ。
湯気でAのメガネが曇る。
「ああ、Aなら知っているんじゃないかと思ってな」
「……結論から言えば、知ってるよ」
「本当か!? 」
「まぁまぁ、コーヒーでも飲んで、ちょっと落ち着いて」
貫一は浮いた腰を下ろして、お気に入りのクローバー柄のマグカップに口をつけた。
Aは曇った眼鏡を拭きながら、目の前に座っている友人の性格に考えを巡らせた。
「……でも、気が済むまでやってもらった方ががいいのかもね。彼女さん以外に『もう振られたんだ』って言われても、聞く耳持たないだろうし」
「今、なんて言ったんだ?」
「いいや。気にしないでよ。それで、さっきの探偵についてなんだけど……。正直、紹介するのはあんまり気が進まないんだよね」
「なんだよ、そんな面倒な言い方して」
「いやね、僕も直接会ったわけじゃないんだけど、その探偵っていうのがね……女性らしいんだよ」
「女性からの依頼しか受けないってことか?」
「いいや、探偵本人が女性なんだそうだ」
貫一はコーヒーを口に含みつつ、首をひねる。
一体それの何が困るというのだろうか、彼にはさっぱりわからなかった。
「そんな『何言ってるんだコイツ』みたいな顔されても困るんだけど」
「何言ってるんだ、A?」
「……前々から何度も言ってるけど、貫一は致命的に女性運がない。というか、女性と絡むといつも面倒なことになるじゃないか」
「はいはい、そういうイジリはいいから」
「本当なんだって。どうして本人が理解してくれないんだよ……。今だって、自称彼女が行方不明じゃないか。彼女が突然蒸発するなんて、そうそうあることじゃないよ?」
「うーん、そんなことはないと思うんだけどなぁ……」
「そんなことがあるの! いい加減自覚してよ……。しかも、今回は女性で探偵だよ、探偵! いかにもうさん臭くて面倒なことが起こりそうじゃん!」
「そんなことはな……」
「そんな! ことが! あるの!! たった二年の付き合いだけど、ありありと想像できるね!」
「お、おう……」
熱弁を受けたカンイチは、戸棚からチョコ系の駄菓子を取り出し、テーブルに並べる。Aは駄菓子の包装を手早く破り、頭からかじった。
「分かったよ……。でも、ほら、面倒なことになっても、Aに無茶振りしたりはしないから。そこをなんとか、な!」
「もぐ、んっ! 面倒なのはもう慣れてるよ。むしろそういう事態になったら、早めに相談してほしい。貫一の周りで転がってると、勝手に話が大きくなるから。最後に泣きついて……きたことはないけど、もしそうなったらヤバそうだし」
「ひどい言い草だな……}
「僕は事実を言っただけだよ」
「絶対、妄想入ってただろ……」
「それと、今回の件、本格的に頭を突っ込むなら、覚悟をしておいた方がいいよ」
「覚悟って、なんの覚悟だよ? 春休みで時間なら十分あるし……」
「言いにくいけど、彼女がいなくなった原因の一つは、貫一のことが嫌いになったからかもしれない」
「ははっ、そんなこと、あるわけないさ」
「彼女の最後の言葉は?」
「『あんたなんて大っ嫌い!』だけど? たまたま機嫌が悪かっただけだろ?」
「……………はぁ」
Aは今日で一番大きな溜息を吐いた。
「……貫一ってさ、頭いいし、運動神経もそこそこだし、家事とかもできるよね。あと真面目」
「なんだよ急に。気持ち悪い」
「だけど、一つの欠点が、全部を台無しにするってこともあるんだよね……」
「何言ってんだ?」
貫一はAの空になったマグカップを下げ、後片付けを始めていた。
「それより探偵は? 知ってるんだろ」
「わかったよ。これは知り合いに聞いた話だから話半分に聞いてね。なんでも、その探偵は料金もほとんどタダみたいに安くて、仕事もすごく早いらしいんだけど……」
Aはそこで口ごもった。
「随分歯切れが悪いな」
「一つ欠点があるんだよ。貫一みたいに、他の良いところを全部台無しにするような欠点が。聞いた話によると、すごい変人らしいんだ」
「変人? さっき探偵はうさん臭いだとか言ってたのと同じ話か?」
「探偵の中でも特に変だって話。ろくに話も聞いてもらえず門前払いされたとか、そもそも事務所にいないとか」
「まぁまぁ、そのあたりは一度行ってみてから考えるさ」
Aはため息を吐きながら、噂に聞いた探偵の事務所の場所を伝えた。
彼は、この状態の友人に何を言っても無駄だということをよく知っていたのだ。
「なんだ、結構近いじゃないか」
探偵事務所は電車を乗り継いで30分ほどの場所にあるらしい。
「ありがとな、早速明日訪ねてみるよ」
「気を付けてね。言っても無駄だとは思うけど」
Aは肩をすくめて、ミーティングルームを出ていく友人を見送った。
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