第21話 バイトゲーマーの接触

 カンイチは待ち合わせ場所で待ち人らしき女性の姿を見つけた。


「昼の方でしょうか?」

「コーヒーを御馳走になった方でございますね?」

「良かった~。てっきり人違いかと思いましたよ~」


 小柄な女性は堂々とした立ち居振る舞いで、受け答えした。その様子は昼間に出会った時とはずいぶん違っている。

 まずカンイチは女性の服装に目を惹かれた。

 昼間にリアルで会った時は暗めのジーンズにパーカーとラフで目立たない格好だったが、こちらでの服装はかなり目立つものだった。赤と黒を基調にした暗めのカラーリングではあるものの、太いベルトや真鍮の金具がアクセントになっていて、地味な印象は全くない。おさげだった髪もサイドで一つにまとめて強めのウェーブがかかっている。


 そして、手に持った武器はどう見ても「鎌」。リアルでは全く目にする機会のないアイテムをあまりにも禍々しく着こなしている。

 カンイチは女性のファッションにさほど詳しくはなかったが、彼女が強い存在感を放っていることは分かった。


「見とれてしまわれましたか?」

「……ええ。すごいですね」

「そういっていただけるとと嬉しくなってしまいますね。これでも歴だけは結構長いんですよ? 相応にお金もかけてしまいました」


 女性はペロリと舌を出す。その仕草や慇懃な口調も、不思議と似合っている。やはり、昼間の自信なさげな態度とは似ても似つかない。


「その武器もすごく強そうな感じがしますもんね」

「わかりますか!? やはりこの巨大なフォルムを振り回している時が最高に決闘を感じられます。おっと、少し喋り過ぎてしまいましたね。申し訳ございません。何かご用事とのお話でしたが……」

「喋りながらで大丈夫ですよ。ちょっと距離があるので、移動しながらお話を聞かせてください」


 上機嫌な女性を連れ、カンイチはミノの元へと急ぐ。

 女性は自分の武器について熱く語り続けている。カンイチにはほとんど理解できない。

 次第に、適当に相槌を打つのも申し訳ないような気持ちになってくる。

 

「……Shiranui社の武器種は今のところ一種類ではありますが、新しい武器を開発中という噂もございます。かく言う私も全く待ちきれません。鎌がこれほどの傑作武器であったことを考慮致しますと、この胸の膨らみを抑えることができないのも当然かもしれませんね」

「あの、俺は始めてからちょっとしか経ってなくて……。実は、その武器も今日初めて見たんです……」

「そうでございましたか、」

「すいません、言い出すタイミングを見失っちゃって」

「謝る必要はございません。こちらの落ち度でございます」

「こちらも嫌だったわけじゃないんですよ!? すごくゲームが好きなんだなって伝わってきて、何て言うか……、全然嫌とかじゃないんですよ! 話を聞くのは楽しいけど、反応できないのは申し訳ないみたいな感じで……」

「早々にそれだけの心意気があるのは大変すばらしいことと存じます。この私も嬉しく思います。ADGsについて何か聞きたいことはございますか? 私の知る範囲でございましたら、なんでもお答えいたしますよ」

「それなら、その武器について聞きたいかもです」

「この“鎌”についてお知りになりたいのですね。なかなかにお目が高うございます」


 女性はコホンと一拍おいてから、カンイチのレベルに合わせて、女性の持つ武器について大まかに教えてくれた。大きく機嫌を損ねたというわけではないようで、カンイチは内心ホッと肩をなでおろした。


「……こんなところでしょうか。そろそろ現在どこへ向かっているのかお教え頂いてもよろしいでしょうか?」

「ええ。会ってほしい人がいるんですよ。その人の所に向かってます」

「もしかして野良決闘のお誘いでしょうか?」

「似たような感じですね」

「大変よろしいですね。私いつでも大歓迎でございます。大勢のオーディエンスの前で行うショーバトルも結構でございますが、竹林の静けさの中で行う果し合いもまた乙でございますね」


 やはり女性は嬉しそうだ。

 というか、このゲームのプレイヤーがみんな揃って好戦的なのは何なのだろうか。カンイチとしては助かるけれど、自分もいずれこうなってしまうのかと想像すると、少し寒気がした。多分無理だ。少なくとも今は。


「そのお方はお強いのでしょうか?」

「結構強いと思いますよ。前は何が何だかわからないうちに消し炭にされちゃいました」

「消し炭でございますか。それは大層な技をお持ちのようですね。銃、あるい法撃使いでございましょうか? ワイルドカードという可能性もございますね」

「探偵をやってる女の人で、武器はいつも仕込み杖を使ってます」

「……仕込み杖でございますか」

「はい、こうスポッて鞘から抜いたら刃が出てくる感じの」

「……それはもしや、狐太刀……攻撃に際して火の粉が舞るような武器でございますか?」

「そうですそうです! よくご存じですね」

「……マジ、で、ございますか……いや、ほら、まだあの人と決まったわけでは……誰かが弟子入りしただけという可能性も……」

「どうかしました?」

「い、いえ。なんでもございません。た、楽しみでございますね~」


 女性の様子が若干不審になってきたのは、探偵事務所まですぐそこまで近づいた頃のことだった。

 長月探偵事務所の表札がかかった門をくぐるときも、女性は少しおどおどとした様子できょろきょろと左右を見回していた。


「もどりましたー! 予定通りお越しいただきましたよ~」

「うい~」


 ミノの気だるげな返事が玄関に届く。大方、こたつに入って待っていたのだろう。

 一方、声が聞こえた瞬間、女性はビクリと体を震わせていた。


「あ、あの~」

「遠慮せずに上がっちゃってください。こっちですよ」


 女性を促し客間へ向かうと、そこにはやはりこたつに潜り込んだミノの姿があった。

 どてらまで羽織っているあたり、本気だ。


「ミノさん……せめて決闘の準備くらいはしておいてくださいよ……」

「でっ……」

「どうかしましたか?」

「出たー!!!!!」


 突然、ミノを指差し叫ぶ女性。


「知り合いなんですか?」

「ん~、あ、もしかしてリカリカくん?」

「そっ、その名前で呼ぶなと言いましたでしょう!!」

「やっぱり知り合いなんですね?」

「あなたも何故このような輩の使い走りなどなさっているのですか! こやつはね、“辻斬りミノ”の名で昔から悪名を馳せていたのですよ!? いわば今のあなたの立場は悪の手先! 魔王の配下でございます!! 私も何度理不尽にぶちのめされたか!」


 女性はカンイチの肩をぶんぶんと揺さぶった。どうやら、ミノと女性はあまり良い関係性ではなかったらしい。


「なかなかウチの助手と仲が良さそうじゃないか。それは結構だけれども」


 一方のミノはこたつを出て、おもむろに近づいてきたかと思うと、カンイチの肩に体ごとしだれ掛かってきた。

 こたつを出たばかりで体温が高い。

 こんなところまでリアルに再現しなくてもいいのに、と、カンイチは思った。


「私と助手クンは既に浅からぬ仲でね。むやみに仲を引き裂こうとするのは感心しないなあ」

「こ、この……!」

「どうして煽ってるんですか!?」


 女性はカンイチからバッと身を離し、わなわなと震えている。

 カンイチはもはやヤケクソ気味にお願いしてみるより他に、いい手段を思いつけなかった。


「そのですね……、お願いというのは、こちらのミノさんと決闘をしてほしいって内容だったんですが……」

「……申し訳ございませんが、こやつとだけは決闘を行うつもりはございません」


 そして、引き留める間もなく、女性は探偵事務所を飛び出していった。

 事務所には呆然とするカンイチと、ほんのちょっとだけ申し訳なさそうに頭を掻くミノの二人だけが残された。


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