第40話 潜入①

 「お前、また来たのか……」

「お邪魔します」

「こっちは邪魔されちゃ困るんだよ」


 貫一は例の屋敷の前で、またも警備員に呼び止められていた。


「警察の世話になっても懲りんとは、どうしようもないな。しつこさだけは認めるが」


 前回は夜間に屋敷の周りを探索したために、この警備員に通報されている。警備員がうんざりするのも無理はない。


「ふふふ、今回は通してもらいますよ。きちんとアポを取ってきましたから」

「そんな出まかせを信じるとでも思ったのか、とりあえず詰め所にこい」

「え? でも、ちゃんと約束を」

「聞いてないな」

「そんな……」

「一応確認はしてやる。もし本当だったら通してやる。逃げようと思うなよ」


 貫一はだんだん不安になってきた。もしかして何か騙されてしまったのではないか。

 しかし、内線を回した警備員が自分に向けて驚きの視線を向けるのを見て、貫一の不安は解消されていった。


「名前は?」

「倉門貫一です。家庭教師の面接に来ました」

「どうやら本当みたいだな……。こんな不審者が家庭教師とは」


 警備員はぶつぶつと文句を言っていた。


「そこまで悪く言わなくても」

「はあ……。まあいい。執事さんが迎えに来るそうだから、ここで少し待っててくれ。茶はないがな」


 貫一は警備員が勧めてくれたパイプ椅子で、迎えの到着を待った。

 まもなく現れた案内人は、燕尾服に白いひげを蓄えた、いかにもな見た目の執事だった。


「お待たせいたしました。母屋へご案内いたします」


 言葉遣いまでそれっぽい。執事さんに先導されながら後ろをちらりと見ると、警備員が無言で見送ってくれていた。貫一は軽く会釈を返して、案内なしではなよってしまこと間違いなしの広大な庭を通り過ぎて行った。


 次に貫一が通されたのは応接間と思しき一室だった。

 椅子や机などの豪華な調度品に加え、壁には肖像画などが並べられ、こちらを威圧的に見詰めている。


「こちらでしばらくお待ちください。面接の準備を致しますので」


 その言葉と、紅茶とお茶菓子を残して、執事は部屋を退室していった。

 貫一にはこのお茶と菓子に手を付けていいのかも分からない。たっぷりと数分間悩んだ末に、全く口をつけないのも失礼な気がして、紅茶を口に含んだ。


「おいしい……のかな? なんだか高そうな味がする」


 まさか舌のテストをされるとは思わないけれど、今回の面接に合格できれば、調査は飛躍的に簡単になるはずだ。なんとか合格しておきたい。今更ながら、緊張で肩がこわばる。少しでも気を紛らわせようと、貫一は壁の肖像画に目をやった。


「不知火家、ね……どこかで聞いたことがあるような気もするんだよな」


 ここへ来る前に少し調べたところによると、この屋敷の所有者、不知火家はいわゆる実業家の家系らしい。だが、現在は同族経営を止めて、グループのトップを退き、外部の経営者が実権を握っている。


「そういえば、ここまで執事さんと警備員以外の人に会ってないな」


 そもそも屋敷にいる人の数が少ないのかもしれない。それが経済的な理由によるものなら、もしかすると、あの肖像画も現在の代からは飾られなくなっていくのかもしれない。

 貫一がぼうっとそんなことを考えている間に、足音を忍ばせ、後ろから近づいてくる人影があった。


「他にも気になることはあるんだよな、家庭教師を募集するのは良いとして、何歳くらいとか、どの教科を教えて欲しいとかそういう情報が一切載って無かったり、一回募集を締め切ってたはずなのに面接をしてくれたりとか……」


 そう考えるとすべてが怪しく思えてくる。表情を変えない執事さんとか、さっき飲んだ紅茶……とか……。


「……よく考えたら、どうしてのんきにお茶飲んでたんだ」


 ここは、彼女が行方不明になった怪しい敵地なのに。


 がさり。


 その時、背後から物音が聞こえた。


「なに……」

「わっ!!!!」


 慌てて後ろを振り向いた貫一の目の前には、天井に空いたタイル一枚分の穴と、一人のちびっ子の姿があった。

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