第18話 ミノvs後輩②

 探偵と後輩の決闘も3ターン目に突入していた。

 後輩は叩きつけるように4枚のカードをセットした。


 基本的に、相手が何枚のカードをセットしているのかは、戦闘前にお互いの場を確認するまでわからない。

 しかし、あえて挑発した側のミノは、対戦相手の雰囲気の変化を鋭敏に感じ取っていた。


『オープン』


 後輩の4枚に対し、ミノは3枚のカードをセットしていた。


「そうこなくっちゃあね!」


 ミノはゆさぶりが成功したことを確信して、にやりと笑った。

 対戦相手に火をつけることに成功したのだ。


『デュエル!』


「いきなり激しくなりましたよ!?」

「それだけじゃないわよ、これは。見てみなさい」


 戦闘が始まり決闘場の中央で両者が交錯する。

 ミノは仕込み杖を抜き、後輩の剣と打ち合う激しい剣劇の音が観客席にも聞こえてくる

 

「これまでアイツは相手の攻撃を全てガードできていた。けどこのターンは違う」

「めちゃくちゃ斬り合ってますもんね」

「そう。決闘では自分が技を出すときは防御ができない。攻撃するタイミングが一番無防備になるのよ。だから激しく殴り合えばお互いにダメージが加速するの」


 ミノが袈裟に刃を振るうのとまったく同じタイミングで、後輩も剣を振り下ろす。ほぼ同じ軌道で鏡映しのように、二つの刃が互いの体を裂き、ダメージを示す赤いエフェクトが飛び散った。


「技に最適化した状態で体を動かすとダメージが伸びるって話はミノから聞いたことあるかしら?」

「はい、上手く体を動かすと技が強くなるみたいなヤツですよね」

「大体あってるわ。あの対戦相手の人はちょうどアイツがガードできないタイミングでその最適化をやってる。かなりデキるわね。立ち回りといい、さっきとは別人みたい……」


 それは、おそらくスイッチを入れたのだろう、と、カンイチは推測した。

 今は、横から見ているだけだから確証はないが、あの雰囲気は昼間にカンイチが戦った時によく似ている。


「もしかして、ミノさんがピンチだったりしますか?」

「流石にまだアイツが優勢ね。だけど、さっきまでのリードがかなり縮まったのは確かよ。アイツも残り少しだから殴りたいところだけど、手札が少ないし、反撃で落とされる可能性もある。うかつに手は出せなくなったわね。対戦相手の人にもワンチャンスくらいはあるかも」


 激しい斬り合いが終わると同時にターンが終わり、4ターン目に移る。


 カンイチとしてはミノに勝ってもらわなければ困る。

 何のために苦労したのかわからなくなってしまうからだ。

 しかし、同時に、ミノの負ける姿を見てみたいという気持ちもあった。

 結果として、勝ってほしいし負けてもほしいと、矛盾した複雑な心境にならざるを得なかった。


「ま、アイツに関しては心配するだけ無駄よ、ムダ」

「そうなんですけど、やっぱり買ってもらわないと困りますから……」

「確かに相手も体の動かし方に関してはなかなかのものだけどね。でもアイツにも得意な分野がある。アイツの強さは『読み』なのよ」

「読みですか?」

「そうよ。大局観とでも言うのかしらね。勝利までの道筋を見通すのが上手いのよ」


『オープン』

『デュエル!』


 4ターン目、後輩がセットしたカードは3枚。

 3ターン目から引き続き、溜め込んだ手札を放出する猛攻がミノを襲う。対するミノはこのターンは動かない。技を出すことなく、防御に徹していた。

 それでも、完全にダメージを抑えることはできない。

 はじめの2ターンでミノがリードして始まったダメージレースはここでついにひっくり返った。


「ミノさんっ!」

「慌てないの、ここからがいいところなんじゃない」


 カンイチは握りこんだ手のひらに汗をかきながら、決闘場に見入っていた。

 5ターン目が始まった時点で、両者ともに残り数ダメージを受ければ負けてしまう状態だ。


「見てみなさい、対戦相手の手札が枯れてるのが分かる?」

「あ、本当ですね。あと1枚しか残ってないですね。あの攻撃をガードできれば勝ちってことですか」

「付け加えれば、もし対戦相手がこのターン待ちに徹して、次のターンで手札が増えるとまた厄介になるわ。だから、アイツはここで勝負に出るはず」


『オープン』

『デュエル!』


 機械音声による宣言と共に、セットしたカードの枚数が公開される。

 当然のように、後輩は残った手札1枚をセットしている。

 そして、ミノも3枚をセットし、残り手札は0枚。


「そう来るわよね。あとは、アイツの読みが当たっているかどうかね」


先に飛び出したのは後輩だった。

お互いに相手より早く一撃を入れたら勝ち、そんな状況でとにかく早く、先に動こうと後輩が考えたのはある意味当然だったのかもしれない。

そして、相手がそう考えるだろうということは、ミノにはお見通しだった。

このターンの初手でミノは動かず、防御の構え。


「……決着ついたわね。あの攻撃じゃ、アイツにトドメはさせないわ」


 ヴィヴの言葉通り、ミノは飛来する刃をきっちりと受け流し、致命傷を避けた。

 そのまま返す刃で2連の反撃を見舞い、それを後輩は辛うじてガードする。

 しかし、その代わりに大きく体勢を崩してしまった。


「耐えた!?」

「いいえ、ここからが本命よ」


 そして、後輩が体勢を立て直そうと距離を取った瞬間、ミノは杖の先端をまっすぐ相手に向けていた。


「あっ!!」


 カンイチが声を上げる。

 その構えには見覚えがあった。かつて自分との決闘に終止符を打ったあの技だ。


「≪追想:白天≫」


 あの時は正面からでよく見えなかったが、今回カンイチが見ているのは観戦席。技の全貌がはっきりと見えた。

 それはビームだった。

 まっすぐに伸びる光の束は、後輩の全身を丸ごと消し飛ばすほどの太さ。その威力は実際に食らった経験があるカンイチ自身がよく理解している。

 決闘はミノの勝利で決着した。


 そして、再び、探偵はその場に倒れ伏した。

 同時に決闘場は普通の探偵事務所に戻る。

 カンイチはミノの体を起こし、あらかじめ用意していた座布団の上に横たえる。


「……わかってても心臓に悪いですね」

「大丈夫なんですか……?」


 後輩は負けた直後にもかかわらず、面食らいつつも心配そうにミノを覗き込んだ。


「大丈夫大丈夫。俺の時も一緒だったよ」


 そうは言ったものの、十五分が経過してもミノは目を覚まさなかった。

 前回は十分足らずだったことを考えると、今回は少し長い。


「う~ん、このまま待たせちゃうのも何だなぁ。先に送ろうか?」

「そうですね~。道にあんまり自信ないんで、そうしてもらえると助かりますね~」


 そんな風に、カンイチが後輩に持ち掛けていたタイミングで、やっとミノは目を覚ました。


「そうだね。助手クンは彼女を送っていくといい。帰り道が分からないと、どのみち次にログインしたとき困るだろうからね」

「でも……」


 ミノの言葉に、今度はカンイチが難色を示す。

 目を覚ましたとなれば、一刻も早く、後輩の記憶を読んだ結果を知りたかったのだ。


「詳しい話はまた明日にしようじゃないか」


 ミノはやんわりとカンイチの要求を拒み、後輩に向き直った。


「それと、君、ナイスファイトだった。またやろう。え~と、名前は……」

「春井です。こっちではハルって名前にしてます。ミノさんですよね。今度は勝ちますから」


 腰を曲げて体を起こしたミノと、背中を曲げた後輩は握手をして別れた。

 そのままカンイチは後輩を送ることになった。

 街の中心部と長月探偵事務所は徒歩で十分ほどの距離がある。道すがら、しばらく竹林を歩く。街中の喧騒からは遠く、風が林を抜けるかすかな音だけが聞こえる。


「あの探偵さん、ちょっと変だけど、きれいな人ですね、彼女さんですか?」

「……ひょっとして、それは冗談で言ってるのかな?」

「やだなぁ、そりゃ冗談に決まってるじゃないですか」


 後輩はいたずらに笑う。もちろん、カンイチの彼女は現在行方不明だ。少なくともカンイチ自身はそう信じている。


「初めはいろんなことを信じられなかったんですけど、今は、先輩が嘘をつくのが下手そうな人だな思ってるんです」

「それは褒めてると取っていいんだよね?」


 後輩は笑って、その問いには答えなかった。


「……先輩の彼氏だったっていうのもちょっと納得かもです」

「それって褒めてる?」

「今度は褒めてますよ」


 徒歩十分は長くて短い距離。永遠に続くような気がしていた竹林にも終わりが見えてきた。


「ここまでで、大丈夫です」

「そう? 今日はありがとう。俺のわがままに付き合わせちゃって」

「私も楽しかったから全然オッケーですよ~。ただ……」


 後輩は一歩前に出て、それから後ろへ振り返った。


「……先輩、無事に見つけてくださいね、カンイチ先輩。信じてますから」


 後輩は答えを聞こうとはしなかった。ただ、また前と向き直って、竹林の出口へとかけていく。

 その後ろ姿に、カンイチは決意を新たにしたのだった。



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