第17話 ミノvs後輩①
「おじゃましま~す」
彼女の後輩への布教のため、大学を訪ねた日。
夜も深まってきた頃、件の後輩が長月探偵事務所を訪ねてきた。
後輩の姿を見た時、一番に喜んだのはもちろんカンイチであった。
「よく来てくれたね! ありがとう」
「いや~、実は途中でちょっと迷っちゃって、遅くなっちゃいました」
「もう全然大丈夫! ここの探偵は夜型だし。来てくれただけでうれしいよ」
「先輩のおかげでストレス発散できたんで、お礼はしなきゃなって思って。それにボコボコにしちゃいましたし……」
「ボコボコ?」
「ええ、まぁ……スイッチを入れてしまったというか……」
「へぇ、スイッチねぇ……。期待していいのかな」
途中でミノが口をはさむ。その様子を見て、戸惑う後輩。
カンイチはまだミノについて話をしていなかったことを思い出した。
「あ、紹介が遅れちゃったね。こちらが、今俺がお世話になってる探偵のミノさん。……その、少し変わった人だけど、気にしないで」
「紹介に預かった、私がミノだ。わざわざご足労願ってすまないね。では早速決闘しようか」
「決闘ですか? 探偵事務所って書いてあったし、またセンパイの話をすればいいのかと思ってました」
「知っていることは全部助手に話したんだろう? 聞く意味なんてないじゃないか」
「そうですけど……」
「なら決闘だ」
後輩は頭に疑問符を浮かべている。カンイチは自分も戸惑ったことを思い出して、生温かい目でミノの前に割って入る。
「ミノさんはちょっと変わっててね。いつも決闘に飢えているんだよ。申し訳ないんだけど、一回お願いしてもいいかな?」
ミノはうんうんと頷いている。
失礼な物言いをした自覚があったカンイチとしては、それでいいのかと内心突っ込まざるを得なかった。
「大丈夫ですよ~。私もそっちの方が楽しいです。……それに先輩の頼みですし」
「ありがとう、助かるよ」
とりあえず、決闘が実現したことにカンイチはホッと胸をなでおろした。
あとは、この決闘にミノが勝利すれば、後輩の記憶を読むことができる。そうなれば、その中から何か彼女につながる情報が得られるかもしれない。
「それじゃ、早速始めようか。そろそろ解説係も来るだろうから、助手クンもしっかりと観戦しておくように」
「……解説係?」
そのタイミングで、ガラガラと再び玄関の扉が開く音が響いた。
「ちょうどいいタイミングだな」
「ミノ~、迎えに来てやったわよ~」
「ほら来た」
声の主はためらうことなく土間を上がり、ミノたちの方へとやってくる。
その人物に、カンイチは見覚えがあった。つい先日、布教のために教えを乞うたミノのライバル、ヴィヴだ。
「あらお揃いね。またお客さんが増えてるし……何よ、みんなしてじろじろ見て。そんな見つめられても、差し入れとか無いわよ」
ミノは若干居心地が悪そうな様子のヴィヴに近づき、肩にポンと手を置く。
「助手に解説よろしく」
「は? いきなり何よ?」
「じゃあそういうことで」
「ちょ、ちょっと待ちなさいって」
ろくに説明もせずにライバルを放置したまま、ミノはカンイチに耳打ちをする。
「さっき言っていた、あの子のスイッチとやらを入れておいてくれないかな」
「えぇ? あ、そういうことですか……。そんな簡単に言わないで下さいよ」
文句を言いつつも、ミノの要望には逆らえない。後輩から手がかりをつかめるかどうかは、ミノの肩にかかっている。
ヴィヴの文句を右から左に受け流しているミノを尻目に、今度はカンイチが後輩に耳打ちをする。
「あの人もサークルの先輩だと思ってボコってくれればいいから」
「え? でも……」
「いいからいいから。俺も普段からいろいろ無茶を言われててね。ちょっとした仕返しみたいな」
嘘は言っていない。
それをなんとなく感じ取ったのか、戸惑いつつも、後輩は頷いた。
それから間もなく。
『私の杖に決闘を誓う!』
『私の剣に決闘を誓う!』
決闘が始まった。
それぞれの武器を手に取り、向かい合うミノと後輩。
カンイチとヴィヴはその様子を横から見ていた。
「アイツ、こんな役目を押し付けて! 今度の決闘は声も出せないくらいひどい目に遭わせてやるわ」
「なんかすいません……」
「あんたはいいのよ。悪いのはアイツなんだから。アイツの決闘を観戦するのはキライじゃないし」
「そういえば俺たち普通に観戦してますけど、声とか聞こえてたりしないんですか?」
「対戦者側からは音も聞こえないし、姿も見えないようになってるわ。だから今ならヤジも飛ばし放題ってわけ」
言葉通り、“あほー、ゴリラー、ババアー”などなど、ヴィヴはヤジというより暴言を飛ばしまくる。
すると、ミノがくるりとカンイチたちの方角を睨みつけた。
びくりと体を震わせる二人。
「本当に聞こえてないんですよね?」
「そ、そのはずよ……」
なぜか対戦相手ではなく、観戦席の気勢を削ぎつつ、1ターン目は始まった。
『オープン』
『デュエル!』
後輩がセットしたカードは1枚。対するミノは1枚もカードをセットしていない。
後輩が一撃を入れ、それをミノがガード。かすり傷を負わせただけでターンは終了した。
カンイチは再度自分がミノと決闘したときのことを思い出していた。
「これは出方をうかがっているということでいいんですか」
「そうでしょうね。ミノのデッキは速い展開もイケるタイプだから、待ちの姿勢を見せているってところね。対戦相手の子も、初心者にしては悪くない体の使い方ね。少なくともあんたよりはセンスがあるんじゃない?」
「そうでしょうね、今日の昼間に負けちゃいましたから」
「そうなの? あんたはもうちょっと頑張りなさいよ」
「あはは……、精進します」
「……けど、あいつは不満でしょうね」
「……?」
「すぐにわかるわよ」
『オープン』
『デュエル!』
2ターン目。
また、後輩のセットしたカードは1枚。しかし、ミノは先ほどとはうって変わって3枚のカードをセットしていた。
まず、後輩の一撃を受け流し、返す力で手首を狙い、そのままの勢いで横薙ぎから袈裟斬りを見舞った。
「小手斬り、陽炎断ち、袈裟下ろしのコンボね」
「いきなり本気を出すなんて……」
「いいえ、アレは探ってるわね」
「どういうことですか?」
「……あの子の本気を引き出そうとしてるのよ」
3ターン目。
後輩は対戦相手のミノから言い知れぬ圧を感じていた。
このゲームを初めて一日目ではあったが、自分が劣勢に多々されていることはわかっていた。
虚空に浮かぶカードを見つめても、今一つ頭に入ってこない。
また、このバトルが始まる前に、先輩から『サークルの先輩だと思って』と言われてはいたものの、そう簡単に気持ちを切り替えることはできそうにない。
そもそも、貫一から前と同じように『俺をサークルの先輩だと思って』と言われても、思いっきり相手を叩きのめすことはできないだろう、と後輩は感じていた。
「だって、お世話になったもん。そんなこと言われても、もう無理だよ……」
独り言を口にした直後、対戦相手の探偵が口を開いた。
「助手クンがボコられたと聞いたから期待してたんだが、案外大したことないね。がっかりだよ」
それは、明らかに後輩に向けて発せられた言葉。
観戦席の声が決闘場に届かないのと同じように、ミノの声も観客席には届かない。
しかし、同じ舞台に立つ彼女にはきっちりと聞こえていた。
「本当にがっかりだよ。君にも、助手クンにもね」
後輩は俯いた。その表情は観客席からもミノからもうかがうことができない。
「すぅ……はぁ……」
後輩は深呼吸をして、虚空に浮かぶカードを4つタップし、その全てを叩きつけるようにセットした。
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