アブない鬼ごっこ

 クラス全員が表に出て、ジャレスを相手に壮大な鬼ごっこが始まった。


「オラオラ、へばってんじゃねーよ!」


「ちょこまかと! エミール、やっちゃって」


 先頭を走るエステルが、ウッドエルフ族の狩人エミールに指示を送る。


 走りながら、エミールは背負っている弓を構えた。


「足を狙って! 殺すのはあたしがやるから!」

「はいな」


 物騒な命令を受けて、エミールが弓をギリギリと引き絞る。担任の逃げる位置を的確に計算し、矢を放った。


 しかし、ジャレスはエミールの矢を軽々とかわす。


「おらおら、こっちだこっち!」


 ジャレスは自らの尻をペンペンと叩き、生徒たちを挑発する。


 自分の受け持つクラスは、落ちこぼればかりだと聞く。

 単に、連携が取れていないだけのような気がするが。


 足を狙うといった、エステルの指示は正しい。

 だが、実際はエステルかマノンあたりがジャレスの注意を引きつけ、エミールの矢に気づかせなくすべきだろう。

 目論見が甘いのだ。


 よそのクラスは、どうだろうか。


 鬼ごっこを提案したもう一つの理由は、他の生徒の授業を確かめるためだ。


 他のクラスは、座学で魔法を学んでいた。魔方陣で悪魔を召喚する授業のようだ。


「よっとゴメンよ!」


 その中に割って入り、ジャレスは魔方陣からインプを大量に解放した。


「ギャハハハハ!」

「なめやがって、先公が!」


 一番先頭にいるリードが、三日月刀を振るってインプをなぎ払う。生徒たちの悲鳴が飛びかうのも構わずに。


「ちょっと、危ないでしょ!」

「うるせえ!」


 生徒のクレームにも、リードは耳を貸さない。


 とはいえ、生徒を巻き添えにしない手腕は買う。だが、あまり周りに配慮しない性格のようだ。


 魔法剣士職「戦乙女ヴァルキリー」であるエステルも、短めのブロードソードを振るってインプを蹴散らす。生徒に当たらないよう慎重に。


 火炎の魔法を施されたブロードソートによって、インプがチーズのように切り裂かれていった。

 といっても、彼らは仮初めの姿だ。グロい描写とはならない。魔力文字の破片となって消えていくだけ。


 魔法使い志望と言えど、戦士職と等しく剣術を習う。

 狭い屋内やダンジョンで大火力の魔法を使えば、建物自体に被害が及ぶ。

 なので必要最低限の武芸が必要とされるのだ。

 また、装備品に属性魔法や筋力増強など、「魔力付与」を施す練習も兼ねている。


「何事です! 授業の妨害をするなら許しませんよ!」


 しまった。追っ手が増えてしまったではないか。

 まあいい。この際、全員の面倒を見る。そういう契約だ。


 続いてジャレスは、呪文学の授業へ乱入する。


 教えているのは、ピエレット副学長だ。一〇センチしかない身体で、異界の呪文を唱えている。


 ジャレスは、生徒たちのノートを勝手に覗き込む。


「違う違う、呪文ってのは論理じゃねえ。気合いだ!」


 胸元で印を結び、ジャレスは異界の文言を吐き出す。

 魔界で通じる言葉を用いて、『浮かべ!』と叫んだ。

 

 一部女子生徒のスカートが、フワリと持ち上がった。

 授業中の生徒も、同じ被害を受ける。


 男子らが、女子の痴態に釘付けとなった。


「落ち着きなさいなの! 自分の魔力で呪文を払えば、辱めを受けませんなの!」


 ピエレットが、女子生徒たちに指示を出す。

 ちなみに、ピエレットには呪文が通じていない。ジャレスの術式も、高位のエネルギー体である妖精には魔力量では敵わないのだ。

 構うものか。こっちだって、いくらなんでも妖精の肌着に興味はないのだ。 


「そうそう、精神を研ぎ澄ませ! でないと面倒になるぜ! ギャハハハ!」


 女子たちは魔力を集中させ、スカートを魔法で押さえる。

 エステルやマノンなど、三分の一は成功したようだ。

 しかし、ここのクラスはダメのようである。


「待ちなさい、このエロ教師!」


「それで下手人を捕まえられたら、衛兵はいらねえんだよ!」


 エステルに向かって振り返り、ジャレスは舌を出す。


「またあなたなの、ジャレス・ヘイウッド! 教育委員会に訴えるの!」


 ピエレットは追っては来なかった。後が怖いけれど。


「はいはいどうぞご自由にーッ!」


 こちとら所詮、雇われの身。

 どうしても教師をやってくれと言われてやっている。いつやめてもいいのだ。


 続いて保健室へ。適当なベッドに横になってやりすごそうと、カーテンを開ける。


 そこには、先客がいた。二人組のカップルがベッドでコトを起こそうとしている。


「ち、違うんです先生!」

「いいから続けろ。ごゆっくり」と、ジャレスはカーテンを閉めた。


 ここはダメだ。他を当たるとしよう。

 

 その後もジャレスは、化学室で標本に化けたり、音楽室でリュートを歯で奏でたりして、生徒たちを翻弄する。

 モンスター牧場で甲羅の付いたブタを大量に放した時は最高だった。

 

 一旦休憩のため、物陰に隠れる。

 

 バカな生徒たちは、まったく見当違いの場所を探し始めた。


 このスキに食堂へ。

 生徒のやる気を出せるかは、彼らの腹を満たせるかどうかに掛かっている。

 実は、この学園で最も気になっていた場所だった。


「小さいな」


 自分の知っている食堂とは、すこし小規模だ。

 購買の方が大きい。

 買い食いが中心の学校なのか。あまり人が集まっていない。


「ちょいとひとくち」


 厨房に上がり込んで、金を払う。

 勝手にカレーをよそって一気に腹へ。


「合格点どころか満点だ。なのになんで受けねえんだ?」

「立地よ。経費削減で年々土地を削られちゃって」

「へえ、苦労してるんだな」


 スプーンをくわえながら、オバチャンと談笑する。


「そうだな。ちょっと学長と掛け合ってみらぁ」

「できるの?」

「期待しないで待っていてくれよ」


 オバチャンと別れて、ジャレスはかくれんぼを再開した。

 だいたい回りきっただろうか。職員室や校長室は最初に回った。


 あとはグラウンドか。


「いたわ。あそこよ!」


 草原に出ると、エステルの声が上がる。

 

 ゼエゼエと息を切らしながら、マノンも付いてきている。


 他の生徒は、何割かはバテてしまったらしい。


「ギャハハハ! オレ様の勝ちだな」


 自分を親指で指さし、ジャレスは胸を張る。


「クソが。まだ終わってねえから!」


 リードが息巻く。


「おう。次の授業に移るぜ」


 ジャレスは革ジャケットを脱いだ。


「オレ様と、一対一で勝負しなよ」


 次は、生徒ひとりひとりの力量を探る。

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