犬とジャレス

「平気。もう一人のわたしは、わたしの人格を奪うことになんて興味ないから」


 多重人格者のように、無意識に入れ替わったりはしない。

 人捜しなど、自分一人で解決できそうにない事態になったときのみ、別人格の力を借りるようにしていた。

 そうやってマノンは別人格と共存している。


「だといいけど。いつかはどうにかしないとね」


 この症状とは一生向き合わなければならないのでは。そう思えてならない。


「ねえ、そのゴブリンって知り合い?」

「一回会っただけ」

「マジで! 何もされなかった?」


 マノンの両肩を掴み。エステルが激しく問いただしてくる。


「気をつけなさいよ、ゴブリンって弱そうに見えて、怖いんだから」

「わたしが会ったゴブリンさんは、。優しそうだったよ?」

「そこにつけこんでくるのよ! あーもう、マノンがゴブリンに籠絡されるなんてーっ!」


 頭を抱えて、エステルがうなりだした。


「なんでもないから。ほら、早く行こ」

「そ、そうね」 


 そんなに急ぐ時間でもないが、話題を切り替えるために学校へ向かった方がいい。


 にしても、ジャレス・ヘイウッドの言葉が引っかかる。


「近いうちに、また会える」とは?


 この街で、一番大きな建物が見えてきた。


 アメーヌ国立冒険者学校。


 世界各国の未熟な冒険者志望者ばかりを集めた訓練場である。

 

 かつて、魔王という階級がこの大陸を支配していた時代のこと。

 

 冒険者の手によって、世界中にいた魔王たちは滅ぼされた。

 

 とはいえ、魔王の家系で高位な種族の「魔族」は、貴族階級を捨てきれない。いまだ人類と敵対している。

 世界じゅうに住まう「魔物」を操り、再び地上に君臨することを虎視眈々と狙う。


「魔物」の一部は、魔族の支配に抵抗している。自分たちで世界を支配しようとする魔物もいた。

 世界征服に関心がなく、人類に味方している種族も多い。

 種族ごとに「最悪を超えし者ビヨンド・オブ・ワースト」と名乗り、自分たちの領土を維持している。


「魔族」と、「魔物」による争いは、年々激化している。


 魔王の復活が近いのでは、と、各国は考えた。

 冒険者稼業も、世代交代の波が押し寄せている。そこで、このような施設が設けられたのだ。


 とはいえ、魔族の数も減り、冒険者ギルドも閑古鳥が鳴いているのだが。


「あら、ドゥエスダンさん、ナナオウギさん、ごきげんよう」


 廊下にて、金髪の女性が嫌味を言いに来る。動く度に、縦ロールのツインテールがふんわりと揺れた。

 となりのクラスにいるセラフィマ・エルショフだ。

 堕天使種族で、背中に黒い羽が生えている。

 ことあるごとにエステルに噛み付くのは、彼女の日課らしい。


「相変わらず、お二方はパーティを組んでらっしゃるのね」


 セラフィマが、廊下の壁に目をやる。


 成績表が貼られていた。エステルがトップだ。ちなみにセラフィマは二位である。

 彼女は魔法石を扱う商人の令嬢だ。生まれもってのエリートである。

 しかし戦闘は門外漢。

 だからこそ、英雄の血を引くエステルが気にくわない。


「なによ? 順位で戦績が決まるわけじゃないわ、エルショフ。マノンにだって、何か取り柄があるはずよ」


 エステルは、自分より身体も胸も大きいセラフィマに物怖じしない。毅然と言い返す。


「ご執心ですこと。まあ、組んでくれと頼まれても、わたくしはあなたとのパーティなんて御免被りますけど」


 セラフィマは、紫色の鉄扇で顔を隠した。


 何を言ってるんだ? といった表情をエステルは見せる。


「憧れのブレトン先生が担任じゃなくて、残念でしたわねぇオホホ!」


 エステルが気にしていることを、セラフィマが突く。

 セラフィマのクラスを担当するのは、エステルが目標としているブレトン騎士団長なのである。


「冒険者の強さは、担任で決まるわけじゃないわ! あたしは自力で強さを手に入れるからいいのよ!」

「まあ、強がっちゃって。でも、素晴らしい指導者の元で訓練するというのは、それだけ強さに直結するのではなくて?」

「ぬぬぬぅ」


 エステルが、目をピクつかせた。


「あ、そうでしたわ。ところで、ナナオウギさん」


 セラフィマの視線が、今度はマノンの方へ。


「先日は、本当にありがとうございました」


 セラフィマが、マノンに頭を下げた。

 商業ギルドを牛耳る世界有数の大企業、エルショフ商会のご令嬢が、だ。


「いえ、こちらこそ。迷惑じゃなかった?」

「とんでもない! トラブルシューティング、お見事でしたわ。父も大助かりだったと伝えてくれ、とのことでした」


 事情を知らないエステルが、「どうしたの?」と尋ねてくる。


「通訳のお仕事をした」 


 エルショフ商会の運営する道具屋に、年老いた東洋人が来た。不要品の刀を売りたいと。

 だが、店員は相手の言葉が分からなかった。

 老人は腕こそ確かだったが、ド田舎の出身で、世界共通語を学んでいなかったのである。


 そこで、たまたま通りかかったマノンが通訳をしたのだ。それにより、刀をうまく取引できた。

 セラフィマは、マノンの交渉力を高く評価してくれている。


「なんでまた、こんな敵に塩を送るようなことを」


 不愉快さを隠さず、エステルは口に出す。


「でも、困っていた」

「いくら優しいマノンでも、こんなヤツに従う必要はないのよ。マノンは、もっと大きなコトを成し遂げられるはずだわ」

「事件に大きいも小さいもないから」


 観念したのか、エステルも苦笑いした。


「まあ、それでこそマノンよね」

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