マノンとエステル

「マノンのバカ! アタシに黙ってソロ狩りに行くなんて!」


 翌朝、さっそく友人のエステル・ドゥエスダンがマノンに怒鳴った。赤いロングヘアが、朝日でさらに燃えさかる。


 イノシシとの格闘から一夜明け、マノンは友人と学校へ向かう。

 友人宅はパン屋を営んでおり、通りかかるといい香りがする。


 学校指定の制服を着ているが、エステルの見た目は一五〇センチ弱と幼い。

 横にちょこんと跳ねている髪が、幼さを更に引き立たせている。

 腰のブロードソードと肩に赤いランチャーがなければ、冒険者と認識されないだろう。

 一応、二人は同じ一四歳である。が、よく姉妹と間違えられた。


「エステルにばかり頼ってられないし」

「そのせいでアンタが死んじゃったら、なんにもならないでしょうが! アタシがカバーするから!」

「カバーがなくても戦える力が必要だから」


 冒険者は、ある程度のミッションは一人でこなせる必要がある。人をあてにしてばかりはいられない。


「まったくもう。マノンが頑張ってるのは分かるわ。けど、無茶はしないで。友達がいなくなると、アタシだって心配するのよ」

「ありがとう。ごめん」

「さ、学校行きましょ」


「うん」と、マノンも急ごうとした。が、立ち止まる。


 植木の側で、少女がうずくまって泣いていた。


「どうしたの?」


「飼い犬がね、いなくなったの」


 そう言って、少女はまた泣き出してしまう。


「分かった。探してあげる。あの、悪いけど、エステルは学園に事情を話してきて」


 マノンは、エステルに先を急ぐように催促する。


 が、エステルは少女の側にしゃがみこんだ。


「この子はあたしが見ておくわ。探してきて」


「いいの、エステル? 怒られちゃう」


「アンタがこの子を見捨てるような女だったら、一緒にいないわよ。一緒に怒られましょ」


 いいながら、エステルは少女の頭を撫でる。


「エステル、ありがとう」


 マノンは、犬を探しに向かう。だが、闇雲に探しても見つからない。こうなったら。


「お願い――」


 心の奥底にいる存在に、マノンは語りかけた。

 もう一人の自分に、マノンは「お願い」する。


 別人格のおかげで、意識が拡大した。


 ここからそう遠くない位置にある橋の下で、犬の気配を察知する。

 もう一つの反応があるが。


「ガウガウ」

「ぐぬぬぬ」


 橋の下では、白い子犬とゴブリンがいた。


 両方からハムの端っこを咥えて、綱引きをしている。

 

 犬にはリード付きの首輪が。あれが逃げ出した小犬だろう。


「うわわ、このワン公! オレ様の大事な朝メシをかっさらおうなんざ、いい度胸してるじゃねえか!」


 ハムを囓りながらしゃべるゴブリンは、昨日会ったジャレスではないか。


 胸にある銅製のバッジから、身元も分かった。彼は冒険者だ。


 異種族だろうが、登録すれば冒険者になれる。

 

 バッジには「ジャレス・ヘイウッド」と書かれている。

 一級冒険者しか取得できない、Aランクだ。

 そんな凄腕が、犬とハムを取り合っている。


「ジャレスさん?」


 マノンは、刀を抜く。斬、とハムを均等に斬った。


「おっとっと」


 ジャレスは後方に転がっていく。


 犬が川に落ちかけた。


「危ない!」


 駆け寄ったマノンは、小犬をスライディングでキャッチした。が、自分が川に落ちてしまう。


「大丈夫か?」


 川沿いから、ジャレスが手を差し伸べてきた。


「平気。ありがと」と、マノンはジャレスに引っ張ってもらう。


 しかし、ジャレスの死守したハムは。犬の胃袋へと消えていった。


「見苦しいところを見せたな」


 ハムのないバケットサンドに、ジャレスはかじりつく。


「すまん。せっかく斬ってもらったのに、両方とも取られちまった」


「じゃあ、どうぞ」 


 犬を抱き上げたマノンは、自分の昼食として買ったハムサンドをジャレスに渡す。


「そいつは悪いぜ!」


「いいから」


 遠慮するジャレスに、マノンは強引にサンドを渡した。


 犬はマノンの顔をなめ回す。


「ったく、犬は苦手なんだよ」


 なんだかんだ言って、犬とじゃれ合う担任の顔を窺った。


 優しい目だ。

 なんだかんだ言って、この地で名物のハムを、惜しげもなくあげる。

 きっと優しい人なのだ。


「どうした、マノン?」


 ジャレスと目が合う。


「べ、別に何も」


「そっか。じゃあな」


 ゴブリンは、なぜか学校のある方へと駆け出す。


「そっちは、冒険者学校だけど?」

「そうだったな。礼をしたいんだが、ちょっと用事があってな。すぐに会えると思うぜ」



 ジャレスと別れて、マノンは少女の元へと急ぐ。


「遅かったわね。って、ずぶ濡れじゃない」

「川に落ちちゃって」


「ケガはないわね。ちょっと待ってて」と、エステルは、マノンの前で両手をかざした。


 マノンの制服が、あっという間に乾く。


「ゴブリンの冒険者さんに、手伝ってもらって」

「ゴブリンね……」


 わずかに、エステルは不快感をあらわにした。

 ワケあって、彼女にとってゴブリンは天敵である。


「ありがと」


 無事に犬は見つかって、少女からお礼のアメ玉をもらう。

 

 二人して、アメ玉をなめながら歩く。


「犬を見つけたのだって、変な力のおかげなんでしょ?」

「うん。手伝ってもらった」


 マノンの中には、幼い頃から精神的に同居している、別の人格がいる。


「大丈夫なの? あんたは、まだマノンなのよね?」


 事情を知るエステルが、気遣ってくれた。

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