ゴブリン先生、初授業

 セラフィマは、まだ何か用事があるようである。


「そこで、ものは相談なのですけれど、うちで働いてくださらない? もちろん、待遇はよくさせていただきます」

「で、でも、わたしは」


 マノンは冒険者として活動したい。

 地に足をつけて定住もいいだろう。

 しかし、マノンはもっと広い世界で、誰かの役に立てればと考えている。


「正直に申し上げて、あなたは冒険者としては」

「それは、自分が一番よく分かってる」


 マノンは万年ビリで、エステルに勝っているのは背と胸だけだ。個人的には、エステルのシュッとした体形の方が羨ましい。実力も、今のままではエステルの足を引っ張ってしまう。


「それはセラフィマが決めていいことじゃない。マノンが決めることよ!」

「あなたは口を挟まないでくださる? ドゥエスダンさん?」


 またも、エステルとセラフィマとの間に火花が散った。


「現にマノンさんは、冒険者『以外』の功績の方がよっぽど高いですわ。学業面においては問題なし。たしかに冒険者の夢は大事でしょう。ですが、自分に相応しい職業があるはずですわ」


「それこそ、マノンが自分で決めるべきだ、って言ってるの!」


 エステルが壁を叩く。


 毎度のことなので、学友たちも二人のケンカを気にも留めない。


 マノンが間に入って、「二人ともやめてよ」と遮る。


「ごめん、セラフィマ。わたしはまだ考えたい」


「承知しました。とにかくマノンさん、ご自身のことをよくお考えになって。ただし、冒険者だけが人生ではありませんことよ。では、ごきげんよう」


 コツコツとヒールを鳴らし、セラフィマは自分の教室へ。


「マノン、気にしなくてイイからね」

「ありがと」


 エステルの気遣いはありがたい。だが、甘えるわけにもいかなかった。


 いつか、祖父のような冒険者になって、世界中を旅して回りたい。

 見知らぬ誰かを助けられるような冒険者に。


 なのに、自分は同じ所で足踏みをしている。


 気持ちを切り替えるために、席に着く。階段式の教室の一番前が、マノンの席だ。授業に集中したいからである。

 一向に、先生が現れない。始業のチャイムが鳴っても、状況は変わらなかった。


「なんだ、先生が来ないぜ」


 窓際にいるリザードマンの男子生徒が、教室を見回す。


 ノームの神官が、教室に入ってきた。この学園において一年生の学年主任を務めている。

 なぜそんな教師が、この落ちこぼれ教室に?


「おっほん。先日までお仕事をなされていた担任のマヌヴォー先生ですが、懐妊なされました。お産のため国に帰ることになります。今後は母国で育児のかたわら、お仕事をなさるそうで。退職願も受理されました」


 おー、おめでとー、と教室で拍手がわき上がる。


 マノンも手を叩いた。

 新しい命が生まれることは素晴らしい。

 彼女たちのような幸せこそ、マノンが守りたいものだった。


「で、ですね。今回新しい先生をお呼びしました。では、ジャレス先生」


「はいはーい」と、ドアが豪快に開く。


 小さな子どもかと思った。実際に現れたのはゴブリンだ。


 ゴブリンは「どっこいしょ」と、教卓の上であぐらをかく。 


「今日からお前らの担任になる、ジャレス・ヘイウッドだ。よろしくな。まあなんて呼んでもいいが、担任でいいや」


 言いながら、担任は膝をパチンと叩いた。


 生徒たちの反応が鈍い。

 

 それもそうだ。


 ゴブリンは、一応エルフ族と先祖が同じである。

 とはいえ、能力差は計り知れない。

 かたや冒険者から引っ張りだこの種族、かたやザコキャラである。


「ちょっと待てよ、おっさん」


 リザードマンの男子生徒が、机に脚を引っかけた。


 担任が出席簿を確認する。


「どれどれぇ? お前さんはたしか、リードだったか。何の用だ?」


「オレら、ゴブリンから戦闘を教わるのかよ?」


 リードと呼ばれたリザードマンが、敵意を露わにした。


「失礼ですね。こちらの方は……」


 言いかけた神官を、ゴブリン担任は「いいっていいって」と制する。


「気にくわねえヤツは出て行っていいぜ。オレは止めねえ」


「あんたを追い出すって選択肢は?」


 リードが、担任を挑発した。


「ほほーう。威勢がいいな。がきんちょは、こうでなくっちゃな」


 口元をつり上げ、担任はコクコクと頷く。


「ちょっとリード、やめなさい!」


 生徒代表を務めるエステルが、席を立つ。


「んだよ、生徒会長。こんなヤツの肩を持つのか?」


 不満に満ちた様子で、リードが担任を指差す。


「ゴブリンから教えを受けることに不服なのは分かります。しかし、問われるべきは資質でしょ?」


 エステルがリードを諭した。


 不敵な笑みを浮かべ、担任は大げさに肩をすくめる。


「いいぜ。オレを追い出してみろよ。ただし力尽くでな!」


 いきなり、担任が窓に向かった。


「今からオレは学校内を逃げ回る。オレを捕まえられることができたら、卒業させてやる!」


「マジか?」と、リードがやる気を出す。


「おお。校長に掛け合ってやるよ。第一、先生に勝つようなヤツならめでたく冒険者だろーが!」


 担任が、窓から飛び出した。


「上等だよ、やってやろうじゃねえか!」


 リードが後を追う。

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