魔神結晶

 なぜか、担任の銃口は、トレントの位置を正確に捉えていた。

 明らかに顔は眠っている。意識もないだろうに。


 引き金は引かれ、銃口から高熱の魔力弾が打ち出された。


 担任砲。

 生徒たちはそう呼んでいる。


 まともに砲弾を浴びて、トレントが焼け焦げた。


 同時に、少女を拘束していたツタも、消え去る。


 落ちかかった少女を抱きかかえ、自身は尻餅をつく。


 ヒザをついた担任は、再び眠りについた。キノコの胞子は消えてなくなっている。力尽きたのだ。


 少女の安全を確保しつつ、担任に駆け寄る。息はあった。

 あとは救援を。


 霧が晴れていた。

 迷いの森へ変えていたトレントが燃え尽きたせいだろう。


 担任砲の衝撃波も、森の外から見えたはず。

 これで助けが来る。


「おやおや、随分と派手にぶっ放したじゃないか」

 トレントよりも恐ろしい気配が、マノンの背後に迫った。


 振り返り、身構える。今は、目の前の敵に集中をすべき。


 灰色の肌を持つ女魔族が、マノンの前に立っていた。

 レオタードのような衣装を身にまとい、槍のようなシッポを持つ。

 差しているパラソルは、禍々しい毒キノコを思わせた。

 

 放っている気配で分かる。彼女は強敵だ。


「あなたがやったの?」

 マノンは、眼前に立つ敵に目を向けた。


「ええそうよ。あたしはコードネーム:トード・ストールのアーマニタ」

 まったく悪びれる様子もなく、魔族アーマニタはうなずいた。


「どうしてこんなことを?」


「すべては魔族の復権のため。魔族は魔神がいて、始めて本格的に魔法が発動できるからね」


 魔物と魔族の違いは、「自然に生まれた」か「魔神によって生み出された」かである。

 同じモンスターとしてくくられてはいるが。


 アーマニタら魔族は、魔力を魔神に依存している。

 魔神が死んだ今となっては、魔族は力が弱まっていた。

 そのため彼らは、総じて魔神の復活をもくろむ。


「だから、魔神復活のためにこれが必要なわけ」


 アーマニタは、手にはめたリングを見せた。赤い宝石が怪しく光る。


「それは、魔神結晶!」


 魔神の力が宿るという宝石だ。


 魔神が死んだ際に、魔力が『魔神結晶』となっては世界に散らばった。

 魔族は魔神結晶を回収し、自らの力として活用したり、魔神の復活を企んだりしている。


「魔神結晶を体内に取り込んだトレントを、この森に植えて狂わせる。森じゅうの精気を吸い取る予定だったの。魔神に魔力を捧げるために。でも、あんたらのせいで失敗した。だから、今度はあんたらから直接魔力をいただくわ!」


 先ほどから、会話が頭に入らないほど、威圧感が凄い。

 あんな小さな石に、どれだけの魔力が圧縮されているのか。


「そんなことのために、こんな小さい子を巻き添えに?」


「最初に食べてもらうと思ったんだけど、冒険者が来ちゃった。それでトレントがそいつらをやっつけて食べたの」


 トレントの側には、C級冒険者たちの亡きがらが。


「まあ、こいつらはトレントの素材が目当てだったみたい。キノコで幻覚を見せたら、あっというまに奪い合ったわ。おかげで食べる際に殺す手間が省けたけど」


 アーマニタは、パラソルを向けてきた。


 中堅の冒険者すら歯が立たない相手だ。

 担任は眠っている。

 ここは、マノンが戦うしかない。


「あんたも食べてあげるわ!」

 アーマニタが、キノコ型パラソルからガスを噴射した。

 担任を眠らせた幻覚剤だ。


 マノンも例外ではない。段々と身体が痺れ、意識が薄れていく。



『私と交代なさい、マノン』

 もう一人の自分が、マノンに語りかけてきた。


『あなたでは、魔族の相手は荷が重すぎます。お任せを』


「大丈夫?」


『信じて下さい。少々痛みますが、ここは耐えて下さい』


 マノンの意識が、もう一人の人格と入れ替わった。


 崩れかけたヒザが回復し、全ての神経系がリフレッシュされる。

 もう一人の人格が持つ、圧倒的な魔力で、幻覚作用を弾き飛ばしたのだ。


「なにぃ? あたしの幻覚魔術が利かない?」


「あなたごときの攻撃で戦闘不能になるほど、ヤワではありません」


 顔に掛かる前髪が、白くなっている。

 色が変わったようだ。

 身体を覆う魔力の質も、格段にアップした。


「口調と雰囲気が変わった。ははぁん、そういうこと? 多重人格のもう一人が出てきたってカンジ?」


 さすが魔族である。アーマニタは、マノンの変化に気づいていた。


「どう推理なさっても構いません。お覚悟を」

 剣を正眼に構える。マノンの時より、数段凜々しい。


 トン、と不遜公が足下の土を蹴る。


「なっ」

 アーマニタの驚く表情が、目の前に。


 不遜公の素早さに、宿主のマノンでさえも反応できない。


 アーマニタはすぐ後ろに退いて、マノンの突きをかわす。

 かなり戦闘慣れしているらしい。

 並のモンスターなら致命傷を与えていただろう一撃を、アーマニタは軽々と回避した。


 追撃で、不遜公は横に一文字を叩き込む。

 

 しかし、パラソルによる強固な防御によって阻まれた。

 金属音が鳴り響く。

 パラソルだと思っていたが、あれは盾だ。

 あんな重そうな盾を、日傘のように振り回すとは。

「ぬん!」

 アーマニタのパラソルが、持ち手と分離した。

 外周からノコギリの歯が飛び出す。

 クルクルと回転しながら、ノコギリパラソルが襲ってくる。

 まるで意志を持っているかのように、正確な動きで。


 不遜公は剣で弾き飛ばしたが、攻めあぐねている。

 攻防一体の戦闘力。

 魔法使いと思っていたが、相手は武闘派だった。


「思っていたより、やりますね」


「人間の言葉なんて、魔族相手にゃ褒め言葉にだってなりはしないさ」


「ならば、奥の手で言葉の代わりに致しましょう」


 不遜公は剣を下げた。

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