凍空剣

 全身を、凍気がかけめぐる。

『気』が刀身に集まり、剣の表面が青白く光りはじめた。

 雪の結晶へと変わった『気』が、刃へと付着する。


 マノンは、不遜公が仕掛けようとしている技を知っていた。


 祖父から教わっていたが、一度も成功したことがない剣術である。


 剣に十分な魔力が集まった。不遜公は剣を振り上げる。


 不遜公の発する異様な気配を察知してか、アーマニタも攻めてこない。

 盾を前方に展開して、待ち構えている。


凍空剣とうくうけん

 不遜公が、剣を振り下ろす。


 瞬間、刀身に集めた魔力が、刀から放たれる。

 全身の魔力を刀身に集めて、凍らせて打ち込む技だ。

 凍った『気』を刃として撃ち出すので、剣の硬度・耐久性など関係ない。


 威力が低いのか、魔力で作ったカマイタチは、アーマニタのシールドによって砕け散る。


「フン。やっぱり子供だましじゃないか」


「そうでしょうか」


「なにぃ……ぐうう!?」


 アーマニタの背中から、鮮血が吹き出した。


 この技はタダの飛び道具ではなく、相手を内部から破壊する。

 肉体をすりぬけ、精神に直接ダメージを与えるのだ。よって、どんな鎧でも貫く。


「なぜだ? アタシは魔神の加護を受けているはずなのに」


「お探しのモノはこちらですか?」

 不遜公は、手に入れた指輪をアーマニタに見せる。


「しまった!」


 やはり気づいたか。指輪がないことに。


「いつの間に」


「突きを繰り出した瞬間です」


「あんな一瞬で、指輪を手から切り離したっていうの? アタシに傷一つつけずに」


「あなたを切り捨てるつもりで攻撃したのですが、かわされたので目的を変更したまで」

 反撃に備え、不遜公は構え直した。


「お、覚えてな!」

 自慢の魔力増幅装置を失い、形勢は不利と判断したのだろう。

 アーマニタは、キノコパラソルから煙幕を放出して逃げた。


 フッと、マノンの身体にいいようもない気だるさが襲ってくる。

「彼女」を解放した反動がきたのだ。髪の色も、元に戻っている。


「担任、起きて」


「うーん、んあ?」

 担任は半身を起こし、大きく伸びをした。


「ヤロウは、トレントはどうした?」


「トレントは担任が倒したよ。担任砲で」

「担任砲、か。へへ。大概なネーミングセンスだな」



「でも、魔族が現れた」


「やっぱり魔族の仕業か。なんともないか?」

 黙って、マノンは首を振る。


「不遜公の力を使ったな?」


 暗く重い言葉が、マノンに突き刺さった。


 怯えながら、マノンは再度首を縦に振る。



「お前は、まだマノンだよな?」



「そうだよ」



「そっか。じゃあ安心だな」

 先ほどまでの怖い顔がウソのように、担任はマノンの頭を撫でた。


 数分後、冒険者や騎士団が森に入ってきた。


「マノン!」

 騎士よりも早く現れたのは、研修生のエステルである。


「バカ担任! ちょっと離れなさいよ!」

 エステルは、マノンから担任をムリヤリ引き剥がす。


「あいたー」


「この騒動に乗じてセクハラなんて、してないでしょうね?」


「人聞きの悪いこと言うない。トレントを炙っただけだっての」


 騎士団は、そびえ立つ木炭と化した大樹トレントを、不思議そうに見ていた。


「これがよぉ、オレ様がこの学校に赴任した理由さ」


 担任は、魔族の調査をしていた。

 どうも、古の魔神を再び蘇らせようと、魔族が動き出しているらしい。


「それで、オレ様が駆り出されたってワケ。お前ら生徒の護衛も兼ねてな。これで事件解決ならいいんだけどな」


「だからって、アンタみたいなBOWを学園内に入れるなんて」


「文句はウスターシュに言え」

 エステルの発言を、担任は受け止めない。


「守り神を殺しちまったな」


 担任の言葉を聞き、マノンはエステルと向き合う。




「何を言っているの? あたしたち、こんな大樹見たことないわよ」




「なんだと?」

 担任は、この森に詳しくないらしい。

 分からないのも無理はなかった。担任はアメーヌに赴任してきたばかりだから。


「ちゃんと説明してくれるか?」


「しょうがないわね」

 エステルが解説役を買って出る。




「いい? この森はね、草木の一つ一つに精霊が宿っているの。こんな大木、守り神どころか、地脈を乱すから邪魔なだけよ」




 エステルは、大木を蹴り上げた。



「え、ちょっと何よこれ!?」


 折れた大木からエステルが飛び退く。


 ススだと思っていたそれは、黒い羽虫だった。

 エステルがキックしたことで、醜悪な虫たちは空へ飛び立つ。


 あのまま見逃せば、今度は街に被害が出る。




「逃がすもんですか。浄焔セイクリッド・ブレイズ!」



 上空へ向けて、エステルは炎の鳥を展開した。


 羽虫たちが一匹残らず、エステルによって浄化される。


「羽虫に霊力を食わせていたのか」


「だから、迷いの森になっていたのね?」


 この森全体の霊力を吸えば、魔神が復活してもおかしくはない。


「何事か? 今の光は?」


 背の高い騎士が、エステルに駆け寄った。ブレトン騎士団長である。


「先せ……ブレトン騎士団長。彼女が、魔族と接触したようです。マノン・ナナオウギといって、あたしの友人です」


 エステルが、騎士団長に報告する。

 

 尖った耳から、彼がエルフであると分かる。


「なんと。そちらの冒険者殿、ケガはないか?」


 マノンは「平気です」と、首を振る。


「魔族はどうした?」


「逃げました」


「それは残念だが、まあいい。とにかく無事で何よりだ。協力に感謝する。気をつけて帰るんだぞ」


「はい」


 マノンと会話した後、騎士団長ブレトンは、担任に会釈をした。


「生徒を守ってくださってありがとうございます」

「なんのなんの。当然のことをしたまでよ」


 担任は「ニヒヒ」と手を振って返す。


 騎士団は残って調査を続けるようだ。

 エステルはブレトンの指示で、マノンを返す任務を受ける。

 ブレトンなりの親切心なのかも知れない。 


 森はいつもの静けさを取り戻し、迷いの作用は消えている。


 入ったときは何時間も歩いた道のりも、帰りは一時間もかからなかった。


 だが、魔族がアメーヌを襲おうとしていた証拠が出ている。


 これは、緊急事態だ。

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