第三章 もうひとりの魔王、副担任になる

精霊石

 ジャレスとウスターシュは、向き合いながら赤い宝石とにらめっこしていた。

 ここは、学園長のラボである。

 外見は小さな木製の小屋だ。実際は体育館並みの広さがある。

 空間を操作する魔法で、偽装しているのだ。

 家具一切はすべて、空間をずらして配置している。


 盗賊が来たら、何もない小屋を探し回ることだろう。


 さらに、酸素すら奪われる仕掛けすら発動しかねない。

 冒険者学校から少しばかり離れた場所に位置している。情報漏洩を防止するためだ。


「現在、魔神結晶の解析を急がせている。持ち主が特定できたら伝える。ついでに浄化もしておいてやろう」


 魔方陣の書かれた金床の上に魔神結晶を乗せ、周囲を精霊石で覆っていた。


 本来、精霊は魔神の影響を受けない。

 木々や宝石などの触媒がなければ、現世に干渉できないからだ。

 この世界で破壊活動ができない反面、不老不死で無害な存在である。



 魔神の毒素を抜くには、精霊の力が要る。

 だが、魔物や魔族によって触媒を食い破られると、精霊は顕現できなくなってしまうのだ。



「精霊の利点を逆手に取られたの。もう油断しないで欲しいの」

「うむ。少し魔族らを軽視しすぎていたかもしれん」


 虹色の光を放ち、精霊石が魔神結晶を浄化にかかる。


「こいつが魔神結晶を浄化し、新しい精霊石にするんだな?」


 精霊石は魔法石の超上位互換で、精霊たちの力の結晶だ。

 人間どころか魔族にさえ扱いが難しい。

 ただ、自然界に放置しておけば、荒れ地にすら緑の大地をもたらすと言われている。


「さよう。また邪悪な力が弱まるはずだ。これで、再び森を活性化させる」


 賢者の石より解読が難しい魔導具の解析を、ウスターシュはやってのけようというのだ。

 精霊の力も結集させて。冒険者学校の学長として、魔神結晶の解析と浄化は急がねばならない。


「期待しねえで待ってるぜ」

「人に依頼を任せておいて、報酬のひとつもないなんて、おかしいの」


 ティーカップで湯浴みをしていたピエレットが、ザバーッと湯船から跳ね上がった。


「分かってるよ。こいつで足りるかい?」


 報酬として、ジャレスはウスターシュに魔法石を差し出す。

 昨日、倒したモンスターから回収したものだ。


 魔法石は、モンスターの体内を解体して手に入れる。


 セラフィマの家などは、冒険者から魔法石を買い取って、装備品に加工する。

 その後、必要な業者に売るのだ。


「いらんよ。その代わり、これをくれるか?」


 ウスターシュの手には、米粒大の宝石が握られていた。


「精霊石! どこで手に入れた?」



「お前がマノン生徒と倒した、イノシシからだ」


 イノシシの脳から、この魔神結晶を取り出したらしい。


「あのとき、イノシシは魔神結晶で暴走していたのか」


 埋め込んだのは、おそらく、先日対面した魔族だろう。


「もし、マノンが戦い続けていたら?」

「マノン生徒は、イノシシに攻撃されて死んでおったろう」


 ジャレスは、彼女を助けて正解だったのだ。


「イノシシなんかに魔神結晶などを移植して、あの魔族は何を企んでやがる?」

「分からぬ。ただ、いきなり人間相手に仕込むよりは効果的だな」 


 変に肉体増強が起きれば、狡猾になりすぎるなどになって、回収できなくなる。

 動物などの御しやすい相手で実験する方がいいらしい。


「精霊石になっているってコトは、浄化は済んでるんだな?」

「先日浄化が終わった。これはいただくぞ」

「ああ。いいぜ。好きに使え」

「では、これも添えて、と」


 精霊石が追加され、魔神結晶の浄化がより早まっていった。 


「暇そうだな、ピエレット」

「これから忙しくなるの! 魔神結晶の解析は、我々精霊が一丸となって進めなければ。今日も徹夜なの!」


 心外だ、といわんばかりに、ピエレットは噛み付く。


「ウスターシュ一人が担当するんじゃないんだな?」


「当たり前なの! 何のために使い魔がいると思ってるの?」


 精霊たちは、自分たちで敵を攻撃できない。

 その代わり、魔神の力を浄化できる。


 魔族や魔神が頻繁に襲ってこないのは、精霊たちが目を光らせているためでもある。


「マスコットかと思ったぜ」

「そういう愛玩動物的な癒やし効果も含めて、我々使い魔はこき使われる運命なの! リラックスの必要性が理解できないの?」

「愛玩動物ってのは、否定しないんだな?」

「もちろんなのっ。わたくし、カワイイからなの」


 スプーンサイズの手鏡を持ちながら、ピエレットはうっとりした顔をする。


 ジャレスはウスターシュと肩をすくめ合った。


「で、どうなんだ。魔族の動向とかは分かりそうか?」

「これだけではなんとも言えぬ。相手も使い手だ。自分のシッポを掴ませることなどあるまい」


 ウスターシュは諦めモードである。


「これっぽっちの魔力では、触媒程度の役割しか持っておらぬ。これ単体で何かコトを起こせるとは考えにくい」

「魔王を呼び出すまでには至らないと」

「うむ。せいぜい上位魔族の身体に埋め込んでパワーアップするくらいしか、使い道はない」


 行き詰まった。まだまだ情報が足りない。


 だが、することはある。


「ちょっくら、試してみるか」

「何をするつもりなの?」


 勘ぐってくるピエレットに対し、ジャレスはなにも言わず、ドアを開ける。


「ピエレット、ヘタすりゃ、お前さんの出番はないぜ」

「どういう意味なの!? ご主人にこき使われなければ我々使い魔のアイデンティティはなくなるの!」


 どこまでマゾなのか。

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