マノンのもう一つの人格

 担任は朝礼にも顔を出さない。

 朝早く、学長室に呼び出されたのだという。

 午後から授業をするそうだ。


 それにしても、今日は欠席者が多かった。

 ウッドエルフのエミールと、ドワーフのモニクだ。


 ネリーのゴーレムに敗北したモニクは、プライドが許さないのか、ずっと学校を休んでいた。

 もう二日目になる。


 だがエミールは、ヘコまされたなんて事情はない。

 しかし前日、悩み相談室へ真っ先に向かったのが気になる。


 昼休みになり、二人は学食へ。


「エミールッ! どうしてこんなところに」


 学食の厨房に、エミールが立っている。おたまでシチューの鍋をかき回していた。


「あら、二人ともお疲れ。シチューができてるわよ」



「いただくわ、って、そういうことじゃなくて!」


 カンカンカン、とエステルがスプーンでカウンターを叩く。  


「なんでこんな所に?」 


 彼女は狩人・薬師志望だったはずだ。

 実家が小料理屋で、エステルも時々食べに行く。

 それなのに、今は学食で働いている。


 他の生徒も、数名が学食のエプロンをして給仕をしていた。


「呼び戻されたのよ。『手が回らないから助けてー』って」

「だからって、あんな担任の言うことなんか」


「イヤなら食べなくていいのよ」と、エミールが厨房へ戻ろうとする。


 マノンはカウンターに身を乗り出し、代金を置いた。


「ちょうだい。エミールのシチュー大好き」

「ありがとマノン。そう言ってくれて嬉しいわぁ」


 うっとりした表情を浮かべながら、エミールは二人分のシチューを木製のお椀で出す。


「お代は結構よ。一皿目は試食ってコトで」


 調子よく、エミールは微笑む。


「ありがとう。いただきます」


 マノンは一口目で、シチューの虜になった。

 まったりとしたシチューの中で、キノコと野菜が手を取り合い、口の中でほころんでいく。

 しっかりとした鶏肉の食感もたまらない。

 何より、退屈な授業の後にこの温かみはありがたかった。


 エミールとは、キャンプで一緒の班になったことがある。

 その時も、料理や火の番は彼女に任せっきりだった。

 やはり、エミールは狩りより料理の方が似合うかも。


「くやしいけど、おいしいわね」


 さしものエステルも、シチューのウマさには敵わなかったようだ。


「でもいいの、エミール? 冒険者の勉強しなくても」

「わたしさ、自分の身を守れる程度でいいのよ、強さなんて。最強の冒険者なんて目指してないし。それなら、エステルを雇えばいいじゃない?」


 エミールは元々、冒険者に興味がなかった。

 ずっとこぼしていたが、とうとう辞める決心がついたという。


「確かにそうだけど」

「戦争とか、魔族との争いとか、わたしにはどうでもいいかな。おいしいご飯が作れれば」


 エミールの目的は、行商人か自分の店を持つことらしい。冒険者はあくまでもサブクラス程度でいいと。最低限の獲物さえ捕れれば。


 こんな子もいるのだ。冒険者の方を副業と考えている子が。


「気持ちは、揺るがないのね」

「うん。わたしは、冒険者になれても、徹底はできないな。それよりは、お料理の腕を磨きたい」

「狩りも、採取も?」

「だねー。見極めくらいはしてみるけれど、狩りの間は厨房に立てないじゃない? それはイヤ」


 エミールの意志は固い。学業より、学食の仕事を優先するという。


 ここまで頑なだと、逆に応援したくなる。


「それよりさ、聞いたわよ、マノン。大活躍だったって」


 エミールがカウンターに肘を置く。


 マノンが魔族と接触した話は、学校じゅうに広まっていた。


 もっとも、逃げられただけだが。


「遭遇しただけ。戦闘はしていない」


 わずかながら、ウソをつく。


「それでも、魔族と鉢合わせて生き残った人間なんて、そうそういないもんね。せいぜい食べられるか、ドレイにされるかだもん」


 魔族が人間を襲う理由は複数ある。

 労働力に使う。それと、食糧的価値が。交配し、子をなすかどうかの人体実験などのおぞましい理由も含まれる。

 魔神が存在していた時代には、世界総人口の半分が、ドレイにされていたという。


 今のような平和に溢れた時代では、考えられない。


「じゃあエミールは、ここで一人前になって」

「ありがとマノン。また食べに来てね」

「もう常連になっちゃった」


 マノンは、エミールに手を振る。


 昼食を済ませると、廊下で担任を見かけた。


 担任が「おー」と手をあげる。


「丁度いいところにいたな。今用事が済んだ」


 マノンは担任に外へ呼ばれた。


「わたしに、用事なの?」 

「いんやマノン、お前さんにはない用があるのは……」


 マノンの心臓あたりに、担任が指をさす。


「『テメエ』だよ。不遜公ふそんこう


 警戒心をむき出しにして、エステルがマノンと担任の間に割って入った。


「なんなのよ、担任!? マノンが何をしたっていうのよ? それに、不遜公って何の話よ?」


「グリフォンロード、オデット・ボゥ・ブラックスワン。魔物から魔王になったもの、BOWビヨンド・オブ・ワーストの一人だ」


『毒舌公爵』こと不遜公と呼ばれていた。

 その魔王が、マノンの中にいるもうひとりの人格である。


「だから、その魔王をどうするつもりなの?」


「そいつを、マノンの体内から引っ張り出す!」

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