マノンと、グリフォンロード

 今日の担任の授業は、マノンだけが相手である。全員自習だった。

 グラウンドでは、みなが思い思いに稽古や勉強に励んでいる。


 担任はと言うと、だだっ広い草原で伸びをしていた。


「あんた、マノンの別人格を切り離すって、方法はあるの?」


 マノンの側には、「心配だから」とエステルもついてきている。


「オレ様がやるわけじゃあねえよ」


 右拳を左手で包み、担任は指をポキポキと鳴らす。


「さて、不遜公のお嬢さん、スパーリングと行こうか」


 マノンが、担任に向けて剣の柄を撫でた。居合いの体勢である。


 しかし、担任は攻撃の素振りを見せない。


「言ったままの意味だよ。ささ、マノンの身体から出な。できることは知ってるんだよ」


 なおも担任は、マノンに向けて指で手招きをした。


『やはり、隠し事は不可能なようですね』


 念話。

 マノンの中にいる『不遜公ふそんこう』が、声を発する。頭に直接話しかける方法で。


「今の声は? 例の?」


 事情を知らないエステルが、辺りを窺う。


「そう。不遜公の声」

「あんな声だったのね?」


 現象の正体が分かり、エステルの恐怖心は和らいだらしい。


「傷が癒えたんだろ? いい加減出てこいよ」


 空に向かって、担任が問いかけた。


『彼女は私と永遠に同化すべき。その方がお互いのためです』

「お前だけのためだろ。お前なんぞ、人間の手に負えるかよ」


 なおも、担任はマノンの中にいる不遜公を挑発する。


「ギャハハハ! おおかた情が移ったってところだろ? ドライなお前さんが、随分とらしくねえことしてるな、おい!」


 担任は、いつもの壊れたオモチャのような笑い声を上げた。


『これ以上、私に対する侮辱は許しませんよ!』


 マノンの身体が発光する。イカヅチが、体内から放出された。


「え、何?」


 痛みはない。むしろ、全身が軽くなった気がする。


『ではマノン、不測の事態ですので、これにて』


 意志を持った青白いイカヅチが、ヘビのようにマノンから抜け出ていった。


 マノンから出て行ったイカヅチは、その辺にあった訓練用の人型に取り憑く。

 目と口の部分が、ランタンのような炎を帯びていた。


『我が名は不遜公、私はグリフォンロードのオデット・ボゥ・BSブラックスワン。覚悟なさい砂礫公されきこう。あなたに最期を差し上げましょう』


 ハリボテの肉体なのに、その身からは異様なまでの殺気を放つ。


「いんや、待った。戦うのはオレじゃあねえ。お前さんの宿主だった子だ」


 言葉の意味を感じ、マノンは刀から手を放す。


「担任、今なにを?」


「お前さんの相手は、マノンだって言ったんだ」


 低い声で、担任は言い放つ。


『マノンと戦え、と?』


 オデットは、マノンと視線を合わせた。


「無茶言わないでしょ。相手は腐っても魔王よ! 敵うわけじゃないわ!」

「やってみなきゃ分からねえだろ?」


 激怒するエステルに対し、担任は軽口を叩く。


「不遜公オデット、お前にはマノンと戦ってもらう。マノンがどれだけ成長したか、お前が一番よく分かっているはずだ。それを、身をもって証明しやがれ」


 珍しく、担任が真面目に語る。


『ご冗談を。彼女はまだ子どもです。人をからかうのも大概になさい』

「怖いのか?」


 間髪入れず、担任はオデットを挑発した。


「はいはい。わかりますぜ不遜公ちゃんよぉ。実際はよぉ、マノンから出て行ったら、退治されるんじゃないかって思ってたんだろ? ビビってしょうがなかったんだよなぁ! それが約束だったもんなぁ、ええ?」


 オデットの顔が、途端に険しくなる。


「ちょっと担任、やめなさいよ。怒らせちゃうじゃない」


 エステルが担任の袖を引っ張った。彼女も、ただならぬオデットの魔力に気圧されているのだ。


『どこまでも侮辱するのですか、砂礫公されきこう! いいでしょう。マノンなど軽くダウンさせましょう。その次は砂礫公、あなたの番ですので、お覚悟を』


「それでいいぜ。それと、オレの出番はないぜ」


 やけに渋い声を、担任が発した。


『後悔なさいませ』


 不遜公が、上空に両手をかざす。


 暗雲が、青空を覆い尽くした。鉛色の雲が、雷鳴を響かせる。

 雷が、オデットを狙い撃ちした。不自然に雷が折れ曲がり、すべての雷光が彼女に殺到する。


 上半身が鷲、獅子の下半身を形取った雷の塊が、そこにいた。

 四足歩行で立ち、マノンに向けて飛びかかる姿勢を取る。


「えらい小さくなったな、不遜公。昔はここの校舎くらいデカかかったのに」

『十分です』


 鷲の頭が、オデットの声を発する。声帯がうまく発動していないのか、ノイズがひどい。


『人間の体内にいたおかげで、私は全力を出す機会をなくしていました。今の私は、すでに他の魔王と同等だと言えます。完全復活は間近でしょう』

「それは、マノンを倒してから言うんだな。足かせになっていたのは、お前の方なんだからな」

『聞き捨てなりませんね。この姿になっても、まだあなたに劣ると?』

「オレ様じゃなくて、マノンに劣るぜ」

『言わせておけば!』


 担任の言葉を合図に、オデットがマノンに襲いかかってきた。

 マノンは身をかわす。

 鷲の爪により、マノンがいた場所の土がえぐれた。

 存在がかき消えたと言うべきか。不自然な消滅の仕方である。

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