雷光と吹雪

『まだ身体が馴染んでいませんね。やはり、力が足りていないのでしょうか』


 これでまだ準備運動だとでも言うのか。

 不遜公の臀部に触れた人型が、感電して弾け飛ぶ。


 これでは不遜公に触れた途端、自分の身体も。


「担任、どうしよう」


「遠慮するな。腐ってもこいつはBOWの一人だ。ちょっとやそっとじゃ死なねえからよ。やっちまえ」


 担任は容赦するなとアドバイスしてくる。


 とはいえ、今の魔王は全身が武器だ。刀で攻撃すれば、こちらも感電してしまう。


「構うな、斬れ!」


 刀を横に構え、マノンは刀身に氷をまとわりつかせる。

 力を込め、刀を振り上げた。

 氷の刃を、刀身から放つ。


 しかし、氷刃は不遜公に届く前に蒸発する。

 反撃の雷光が、鷲の爪から放たれた。


 なにか、避雷針代わりになるものを。


 人型が、マノンのすぐ側にあった。

 

 マノンは人型の盾を引き剥がし、雷光に向けて投げ飛ばす。


 一瞬で、雷光によって盾が灰になった。


「ビビるな! 飛び道具に頼るんじゃねえ! お前の真価は、接近戦で発揮される。相手はボスキャラだ。ザコ用の技なんて通じねえんだよ!」


 そうはいっても、あんな魔力の塊に、どう接近しろと?


「へっぴり腰になってるぞ! 自分を信じろ! 近づきたくないほど嫌ってたわけじゃねえだろ? 相手をよく見ろ。ヤツの弱点は、一緒にいたお前が一番よく分かっているはずだ!」


 担任の檄が飛ぶ。


「第一、お前は敵の動きが読めているじゃねえか。その意気だ!」


 確かに、担任の言うとおりだ。


 マノンはずっと、致命傷を避けて回避している。

 不遜公の動きが全て読めるわけではない。が、ある程度予想は付く。


 だが、オデットは素早い。どうにか動きを止められないか。


 思い出せ。昔オデットが見つかったとき、彼女はどんな状態だった?


 脳裏に、一つの考えがよぎる。一か八か試す。

 マノンは、吹雪を起こした。雷雲を触媒にして。


『考えましたね、マノン・ナナオウギ。私とあなたは一心同体だった。私が作った雲なら、あなたにも活用できると。それに、雷雲がなければ私もこの身体を維持できない。対して、あなたは魔力を節約できる』


 雪は、オデットの導体に到達する前に、溶けてしまう。蒸発し、水となる。


『ムダです。人間や下級の魔物相手ならば、凍えて心臓に負担がかかる。ですが私は仮にも魔王。身体を凍らせるどころか、この程度で私の心臓は止められない』


 マノンは反論しない。更に吹雪の度合いを強めるだけ。

 オデットにそう思わせておけばいい。今は、自分のなすべきことをやるのみ。


 雷獣の魔力が、更に膨れあがった。吹雪を弾き飛ばす勢いで。


 それでいい。今はもっと魔力を放出させておけば。


 尚も、マノンは吹雪を強めていく。


「無駄なことを!」

「ムダじゃねえさ! 見せてやれマノン、お前の持ってる真の力をな!」

 

 担任は、マノンに対して絶対の信頼を寄せている。その根拠は何だ?


 雷獣を覆い尽くす雪は、放射される熱で更に溶け出す。


『だからムダですと何度も……』


 パァン! と何かが弾けた音がした。


『な、何事、ですか?』


 途端に、オデットの身体が小さくなっていく。

 膝を突き、首をもたげた。

 グリフォンの形も維持できていない。


「あなたの、負け」

 

 ヒザをついたオデットに、マノンは刀の切っ先を突きつけた。


「オーバーヒート。あなたは寒さには強くても、水には弱い」


 マノンが狙っていたのは、魔力の発動源である。

 雷獣オデットの体内にいた人型だけが標的だったのだ。

 溶けた雪をオデットの身体にまとわりつかせ、体に水分をため込ませた。

 やがて、温度差で人型にヒビが入ることを見越して。


『どうして、私が人間に』 

「言っただろ。足を引っ張っていたのは、オデット、お前さんの方だってな」


 担任が、突き放すように言う。


「強い相手なら、弱体化させればいい」


『そうでしたか。あなたも成長したのですね』


 雷の集合体が霧散し、人型だけが残った。


「マノン、お前の勝ちだ。弱体化しているとは言え、よく魔王を倒したな」


 担任から賞賛の言葉をもらう。


「わたしが、魔王を?」

「そうだ。誇っていい」


 緊張が解け、マノンは脱力した。

 刀が手から滑り落ちる。

 柄に血がべっとりと付いていた。


「見せてみなさい、マノン! うわ、血まみれじゃない!」


 エステルが駆け寄って、治癒魔法をマノンに施してくれる。


 マノンの手の平は、とても人に見せられるような状態ではなかった。

 皮膚が剥がれ、流血がひどい。


 エステルが怒るわけだ。


 自力で直そうにも、魔力の消耗も激しい。


「よく頑張ったわね、マノン。やっぱり、あんたはあたしのパートナーよ」

「ありがとう、エステル。わたし、エステルに近づけたかな?」

「あんたはたとえ大天才でも、どんなダメ人間でも、あたしの友達よ」


 治癒を受けながら、マノンはエステルの言葉を噛みしめる。


「なあ、こいつどうしようか?」


 担任が、オデットを親指で差した。


「やっぱ処分するしかねえよな?」


 そうなるだろう。仮にも人を襲おうとした魔王だ。放置するわけにはいかない。


「待った待った!」


 猛ダッシュでやって来たのは、ネリーである。


「オオ、ネリーじゃねえか」

「この子、うちで預からせてくんない?」

「いいけど、壊すなよ? 拷問もナシだ」

「あったり前じゃん! じゃ、この中に入ってねー」


 ネリーが、球状の物質を差し出す。魔法石のようだが。


『危険性は?』


 オデットの入った人型が、魔法石を警戒する。


「ないない。ノームが発掘した極上魔法石だから、多分大丈夫」


『ではお言葉に甘えます』


 球状の魔法石に、オデットの魂が入り込んだ。


「じゃあ、この子に相応しい身体を作るから!」

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