マノン・ナナオウギ

「さっきは、ありがとうございます」


 服についた砂を払い、少女マノンはペコリと頭を下げた。


「ギャハッ。あんな暴れイノシシなんかにくたばるオレ様じゃねえや。それよりケガはないか?」

「なんともない。改めて、わたしはマノン。マノン・ナナオウギ」

「ナナオウギ……するとお前さんは?」


 ジャレスはアゴに手を当てて、マノンの顔をマジマジと見つめる。


「どうかした?」

「いや、気にするな。見たところサムライらしいが?」


 マノンは「はい」と、恥ずかしげに頷く。

 桜色の着物姿が、よく似合っていた。店売りの鉄製鎧より強固で、魔法使いのローブより術式防御に優れている。

 使い手まで優秀かと言えばそうでもないが。


「盗賊狩りってワケじゃなさそうだな?」

「学生冒険者での依頼って、こういうのしかなくって」


 冒険者といっても、養成学校の生徒である。

 ロクに自分の身も守れないヒヨッコに、大きな仕事は任せられない。

 もし死なせれば、依頼主にも責任が及ぶからである。


「アメーヌ冒険者養成学校の生徒だよな。何年生だ?」

「二年生です」


 まだ一四歳か。未熟な力であのイノシシは酷だ。


 聞けば、畑を荒らすイノシシを退治してくれ、と依頼が来たという。

 だが、報酬の安さに冒険者は誰も引き受けようとしなかった。未熟な学生の冒険者は、報酬が安い。

 それでも、マノンは村を助けようと引き受けた。


「その歳でサムライを目指すなんざ、無茶があるな」


 サムライとは本来、上級者向けの職業だ。

 特徴として、重い盾や鎧を身につけることができない。

 剣のマスタークラスになってようやく挑もうとする程の職業が、サムライなのだ。


「うちはサムライの家系だから」


 元サムライ冒険者だった祖父に憧れ、マノンはサムライ職を選んでいるのだとか。

 ナナオウギ家は、ジャレスがよく知っているサムライの関係者だ。

 しかし、マノンの腕だと、上達への道のりは険しいかと。


 依頼先である村に報告へ向かう途中、若いエルフの女性が、マノンに駆け寄る。


「マノン・ナナオウギさん! こんなところにいたのですね? ケガはありませんか?」

「大丈夫です、先生」


 エルフの女性を、マノンは先生と呼んだ。

 

「ようマノン、あのお嬢さんは誰だ?」

「担任の先生です」


 エルフの先生は、学長のウスターシュを連れていた。


「あー、バカゴブリン!」


 ウスターシュ学長のカバンが、ひとりでに開く。中から、副担任のフェアリー族、ピエレットが飛び出した。ジャレスの眼前で止まる。


「またアンタの仕業ですね、なの?」


 ピエレットが腰に手を当てて、ジャレスに悪態をつく。


「人聞きの悪いこと言うなよな! 人助けだ!」


「アンタが人助けなの? 隕石でも落ちるんじゃなくってなの?」


 プププ、とピエレットが吹き出した。


「オレ様が人を助けるのがそんなに不思議なのかよ!」

「アンタは札付きのワルなの! 鏡を見てから言葉を吐くことですねなの!」


 ジャレスとピエレットがにらみ合う。


「しかも、こんな若い子をたぶらかしてなの! マノン・ナナオウギ、さっさとこの薄汚いゴブリンから離れなさいなの! 妊娠してしまいますなの!」


 ピエレットが「しっしっ」と、ジャレスを手で払う。


「このゴブリンさんは、わたしを助けてくれました」


「それでもなの!」


 教師特有の母性が働くのか、「うーんうーん」とジャレスの袖を引っ張り、ピエレットはマノンとの距離をムリヤリ引き離した。

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