グラスランナーのイヴォン
最初こそ自信がなさげだったが、イヴォンは一言告げると顔つきが変わった。
やはり、こんな相談が来たか。誰かが話しに来ると思っていた。
「そんなイヴォン君は、何がしたいんだ?」
「目標が冒険者じゃないのは、確かなんです。といっても、何をしたいのか、自分でも分からなくて。勉強は好きなんですけど、それが将来とは結びつかなくて」
イヴォンは優秀なはずだ。
しかし、それなりに頭打ちをしているのか、伸び悩む時期なのか。思春期ってワケでもなさそうだ。
「変でしょうか? ボクの家族や親戚も、みんな冒険者で。叔母さんなんて特にひどいんです」
イヴォンを冒険者学校に入学させたのは、叔母だという。
叔母の指示で、イヴォンはクラス委員まで務めさせられていた。
「一度話してみたんです。でも、ウチは視野が狭くて。冒険者以外は価値がないと」
「妙だな。グラスランナーってのは、元々冒険が好きじゃない種族だぜ。インドア派、とは言えないが」
「何をおっしゃる! インドアこそ最高のライフスタイルじゃないですか!」
食い気味で、イヴォンは身を乗り出す。
グラスランナーは「草原を走る種族」という意味を持つ。性格はいたって牧歌的だ。羊飼いや吟遊詩人、踊り子などの職業を好む。冒険・戦闘より地元の産業・興業を愛する種族である。
マノンにイノシシ退治を依頼してきた農夫も、グラスランナーだった。
たいていのグラスランナーは、自分のテリトリーに出ることを嫌う。
それがどうして、冒険者を目指すのか?
「叔母さんが『赤き戦乙女』の仲間だったそうで。それが自慢なんです」
「あー、あいつかー」
知っている。エステルの母親だ。
ジャレスも顔見知りなのである。
インドアだが好奇心旺盛なグラスランナーには、格好の話の種といえた。
英雄譚にかぶれたな、これは。
「叔母さんは二言目には『私の若い頃は』って武勇伝を始めちゃって。もう四五になるのに家庭も作らずに。あんなの見ていたら、余計に冒険者なんて憧れなくなりますよ」
ジャレスは悩む。
イヴォンが冒険者になりたくない本質は、その叔母のせいだ。
こんな窮屈な生活を自分が送らされていたら、ジャレスなら間違いなく逃げると思う。
「オレ様も、訓練当時はしょうもなかったなー。人間とあんまり馴染めなくてな。戦闘訓練は良かったんだよ。けどな、テーブルマナーまで指摘されたときは、指導者をフォークでぶっ刺してやろうか、って思ったもんだぜ」
ジャレスの過去を聞き、イヴォンが笑顔を見せた。
「結論から言おう。夢なんて追わなくていい」
「へ?」
「考えても見ろ。オレ様って魔王じゃん? 魔王って職業があるとして、どんな仕事をしているかって想像できるか?」
「で、できません」
「だろ?」
魔王という仕事は割と大変である。武器支給ひとつとっても帳簿が必要だ。
要塞やらを動かすにしても、燃料費などの代金がいる。城の兵力、彼らを食わせる食費、彼らの家族にも、給付金を支払わなければならない。意外と頭を使う仕事だ。
これらを話すと、イヴォンは納得した。
「大変なんですね」と返してくる。
「質問を変えるぜ。お前がピアニストになりたいって考えるとする。一〇〇〇年前の子が、音楽家になりたいって思ってもよ、ピアノなんてあったと思うか?」
しばらく思考した後、イヴォンは首を振った。
「そうなんだよ。じゃあよ、何も知らねえガキが、天文学者とか、航海士になりたいって考えると思うか?」
「思わないというか、そんな職業があることすら知らないでしょうね。航海士と言っても、せいぜい猟師か、あるいは海賊くらいのイメージしか沸かないのでは?」
「それなんだよ! 知らねえの!」
ジャレスがパチンと、指を鳴らす。
「で、大人になるだろ? なくなってる職業があるんだよ。新しくできた職業もあるよな」
様々な戦を経て、鎧は様変わりしていき、白兵用から騎馬用の装備へと変わっている。魔法を銃で撃ち出すことだって、ごくごく最近の技術だ。
魔族の台頭していた時代に対応し、戦士職のほとんどが魔法も習う。魔力を武器に付与するためだ。
「昔は前衛と後衛、ってハッキリ分かれていたんだが、今や臨機応変さの方が求められている。昔気質の奴らはドンドン時代後れになってきちまってさ。飲んだくれてる。働く場を与えてやれば、一番働くんだけどな」
吟遊詩人の楽器も、バリエーションが増えている。
ピアノをマンデリン状に小さくして担ぐなんて、誰も想像が付かなかった。
だが、魔法は不可能を可能にしたのである。
「知ってるか? マノンの故郷には『
「なるほど」
「だから、学がないウチはひったすら勉強して、世間の仕組みを知る。お前らは最初から知識や経験が低い。だからそれを積み上げていく。その上で、大人になったら今まで培ってきたモノを活かせばいい。お前さんに合う職業を、お前さんなりに探してみな。未熟なウチから視野を狭めて急ぐことはねえさ」
「僕に、見つけられるでしょうか?」
まだ、少年は不安があるらしい。
「保証はできねえ。道のりは厳しいが、自分で選んだ分だけ実りもデカイ。適職なんてのは、なるべくしてなるもんだ。エステルがそうだよな? あいつは冒険者以外になろうという考えすらない。だからあれだけ強いんだ。ガキはよ、今このときに夢中になっていることに集中する方がいいんだよ」
「あなたも、魔王になるべくしてなったのですか?」
「オレ様はこれから探すのよ。教師なんて柄じゃねえってのによ」
ジャレスは視線をそらす。
「魔王と呼ばれる人物でも、悩むことはあるのですね」
何か達観したような表情を見せ、イヴォンは席を立つ。
「分かりました。やってみます。ありがとうございました!」
「おう。じゃあな」
もうすぐ日が落ちる。
今日はこれくらいだろう。
ジャレスは片付けを始めた。
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