ジャレスお悩み相談室
お悩み相談者の第一号は、なんとリードだった。
リザードマンの男子生徒は何を聞きたいのか。
「はいはい、お名前をどうぞー」
知っているが、一応名乗ってもらう。
「リード・レーゼンビーだ。生徒相談所だって?」
ドシッと、リードは腰を下ろす。
「おうよ。進路だけじゃなくていいぜ。恋愛相談でも何でも聞いてくれたまえ」
「仮にも魔王クラスのモンスターに、恋の悩みなんて打ち明けるヤツなんていないだろ?」
それもそうだ。
「よくオレ様に相談しようと思ったな。てっきり、敵対すると思っていたぜ」
「前まではな。けど、アンタはオレの太刀筋を読んで、被害を最小限にしていた」
「気づいてたのか」
リードが斬りかかったときは、まずいと思った。
近くにいた生徒になるべく当てまいと、ふざけたフリをしてリードの注意をそらしたのである。
「オレはあのとき、気にも留めてなかった。ケガする方が悪いんだって、威張っていた。だが、アンタの戦い方を思い出して、考えを改めた」
「そういうお前さんは、相談があって来たんだよな?」
「ああ。実はな」
リードは、机にバンと両手を突く。
「冒険者が儲からないって聞いて!」
この手の質問は、来ると思っていた。
「ああ。増えすぎなんだよなぁ。冒険者が」
今や冒険者は、数が増えすぎている。
それだけではない。質も悪くなってきた。
ロクに訓練を受けない粗悪な冒険者が、依頼主に迷惑をかけるといったコトも度々起きている。
いつぞやのマノンのように。
「アメーヌは特にひどくてな。なまじ平和だから、ナメている冒険者の卵が多い」
魔王がいた当時、アメーヌは激戦区だった。
魔王城と国境を隔ててだったから。
しかし、魔王の脅威が去った今は、その反動がひどい。
最も平和な地域となってしまい、アメーヌの冒険者レベルは、すっかり地に落ちてしまっている。
比較的安全なはずの森林モンスターさえ、駆除し切れていない有様だ。
依頼書はちゃんとギルドに張ってあったのに。
「だから、オレ様みたいなイレギュラーを入れて、新参に活を入れてやってくれって、学長のウスターシュに頼まれた」
「ウスターシュ校長が、自分でトラブル対処に行くっていう案は?」
「それこそ、若手が鍛えられんし儲からねえ。『もう全部あいつ一人でいいんじゃないかな?』の典型パターンだ。今やどれだけの老齢冒険者が、若手の尻拭いをしているか」
冒険者学校の存在が危ぶまれて、当然である。
学業だけやっていれば、冒険者登録ができてしまう。
そんな状態で、立派な冒険者など生まれるわけがない。
昔はそれでもよかった。
死と隣り合わせの世界で、冒険者志望者も腕が立ち、モチベーションも高かったから。
今は違う。意識が高いのは学長だけだ。
この間出会った女性の教師でさえ、知識のみの頭でっかちだった。
実戦経験のない人に、命を守る方法を教えさせるとは。
魔王が暴れていた時代を経験している世代が出張っているせいだ。
若手を育成するくらいなら、自分たちが出向いた方が早いから。
それで、さらに後世の質が下がる。
「戦争すりゃ、アメーヌはすぐに負けるだろうな」
まあ、生徒相手に愚痴っていてもしょうがない。
リード・レーゼンビーの目的は、金儲けだ。
ここはひとつ、金を稼ぐ手段を講じようではないか。
「お前、副業やれ」
「は?」
「リザードマンったって、戦士職だけが取り柄じゃねえ。ベテランが満足するような武具が作れる種族だ、っていうじゃねえか」
ジャレスは手元の資料を漁る。
リザードマンの特徴が載っていた。
彼らは、モンスターの生体部品を加工する技術に卓越しているとか。
金属を扱うドワーフやノームとは、別の意味で器用らしい。
「その技術を活かして名を上げるんだよ。腰の剣だって飾りじゃねえだろ?」
「おうさ。よく見抜いたな。これはヤイバガイっていう貝を削って、磨いて鍛えた逸品なんだぜ」
言いながら、リードは刀をブンブン振り回す。
「分かったから、剣を教室で振り回すな」
ジャレスがリードをなだめた。
「そんな薄い貝を割らずに加工できる技術は、商売にもきっと役に立つ。試してみな」
「戦闘職が、他の稼ぎ口をする時代なんだな」
リードの言い方には、若干の情けなさが含まれている。
「冒険者が副業を持って何が悪い? 今は、何が起きるか分からん。手に職を持っていて損はないぜ」
「分かった。考えてみるよ」
そう言って、リードは帰って行く。
「あんた、見かけによらずいいヤツだよな?」
去り際に、リードはジャレスを指差す。
「サインは受け付けていねえぜ?」
「はん! 言ってろ。じゃあな先公!」
口の悪さは治りそうにない。
とはいえ、わずかながら自信をつけたようだ。
続いては、ネリーである。
何の悩みも持っていなさそうだが。
「部活作りたいんだけど、許可をもらえなくってー」
ここで「友達を作りたいがどうすれば」なんて相談来ないあたり、いかにもネリーっぽい。
彼女のようなタイプは孤独こそを好む。自分について行けない人間の思想速度など邪魔だから。
「粘り強く相談するこったな。で、どんな部活をする気だ?」
「ゴーレム部」
「オレ様でも却下するかな?」
ネリーが「えー」とむくれる。
「じゃあさ、担任が顧問になってよー」
「オレ様はゴブリンロードの砂礫公だ。ゴーレムロードにはなれねえよ」
「ゴーレムの魔王ってどんな感じ?」
そういえば、久しく見ていない。顔を見せに行くのもいいかも。
「まあ、同好会くらいは許してくれるんじゃね?」
「だね! あんがとせんせー!」
変わり身の速さが、彼女の魅力だろう。
あの調子で行けば、仲間とも打ち解けられるはず。
夕方近くになる。現れたのは、グラスランナーの少年だ。
ジャレスも相当背が低いが、彼はそれ以下だろう。
「イヴォン・サン=ジュストくんねぇ。たしか、男子の学級委員だったな。どうした?」
「あの、僕。実は、冒険者になりたくないんです」
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