第二章 ゴブリン先生 進路相談室
ジャレスとエステル
ジャレス・ヘイウッドがアメーヌの学校を訪れて、二日目を迎えた。
エステルに迎えに来てもらい、マノンは冒険者学校に向かう。これが朝の習慣だ。
「おお、パン屋の娘じゃねえか」
橋の下から、声がした。担任が、石橋の下でバケットサンドをモリモリと食んでいる。
「そのパンはお母さんの」
担任の手に持っているパンを見つめながら、エステルが敵意を剥き出しにした。
「ああ。この間、迷子犬を見つけたお礼にな、うまい店を教えてもらったんだ。そしたら、お前のお袋が経営してるっていうじゃねえかこのパンうめえな」
言いながら、担任はパンをかじる。
「ハムもいいが、ソーセージ入りのバケットもたまらん! あいつもこんなの作るようになったんだな」
もっしゃもっしゃと咀嚼しながら、担任は懐かしむような言い方をした。
「……ママを知ってるの?」
暗い顔になりながら、エステルは唇を噛む。
「ああ。元気そうだったぜ。相変わらず気の強そうな女だな」
「誰のせいで、あの人がパン屋になったと思ってるのよ!」
スタスタと、エステルが早足で担任から離れていった。
「ちょっと、エステル!」
担任に礼をして、マノンはエステルに追いつく。
「言い過ぎだよエステル」
「分かってる!」
マノンと顔を合わせずに、エステルは言う。
「ママがパン屋になったのは自分の意志! あたしが勝手に落ちぶれたと思ってるだけ! 今更何を言ったって、どうにもならないことくらい分かってる」
けど、とエステルは目を細め、顔を歪めた。
「なんか悔しくて」
「ごめん」
「どうしてマノンが謝るの? 悪いのは聞き分けのないあたしなの!」
大げさに、エステルはため息をつく。
どうやら、昨日言われたことを、自分なりに咀嚼しようとしている。
エステルだって聞き分けの悪い女の子ではない。ちゃんと考えているのだ。
「あんた、担任と一緒に登校したいんでしょ?」
「エ、エステル?」
一瞬何を言われたのか分からず、思わずマノンは聞き返してしまう。
「あたしが、何にも知らないって思ってる? そんな鈍い女に見えた?」
そんなに真正面から言われたら、耳まで熱くなる。
「あんたが担任のこと、ちょっと意識していることくらい、見れば分かるわ」
「き、気のせいかも」
「親友だもん。分かるわよ」
「むー」
さすがにエステルには敵わない。
「でもいいの? 秘密を打ち明けることになるのよ」
それは困る。エステルしか知らない、秘密のことを。担任は理解してくれるだろうか。
悩みがならも登校する。
セラフィマが校門の前にいた。
「おはよう」
マノンは挨拶をする。エステルはさっさと教室に入りたそうだが。
「ええ。ごきげんよう」
なんだか、浮かない顔をしている。
「何よ、いつもはオーホホホーとかって高笑いするくせに」
「なんでもありませんわ」
それだけ言って、セラフィマはそそくさと逃げるように校舎へ急いだ。
おかしい。
いつもなら「わたくしはフクロウではありませんわ!」くらいの軽口が飛んでくるはずなのに。
「何よあいつ。『わたくしをフクロウと思って?』くらい返してくればいいのに」
エステルが相変わらずだから、いいか。
教室に入ると、異様な光景が目に飛び込んできた。
机の上に、鉄の茶瓶と人数分のカップが用意されている。カゴにはクッキーなどの焼き菓子が入っていた。
「何をやっているの、アンタ?」
呆れ顔のエステルが、「しょうがない聞いてやろうとばかり」に尋ねた。
「見りゃあ分かるだろ? 進路指導だよ」
なんと、担任はクラスの生徒相手に、進路の相談に乗ってやるのだという。
「こんなご時世だろ? 冒険者でもロクな仕事がない。『マジで冒険者で終わっちゃうのボクちゃん!?』って考えているヤツだっていそうだろ?」
自分を抱きしめながら、ジャレスはふざけた。
「進路指導ってお茶が出るの?」
「オレ様が飲みたいんだよ。おまえらにやるのはついでだ。ついで」
味見と称して、担任は焼き菓子とお茶をたしなむ。
「うーん、我ながら上出来だ。酒をフレーバーにできれば、もっとよかったがな」
今が授業中でなければ、入れていたというわけか。
担任なら、授業など関係なく酒をたしなみかねない。
「冒険者になりたくない人なんて、いるわけないでしょ。冒険者は一定の需要はあるわよ。つまらなくても、誰かの役に立っているわ」
根っからの冒険者気質なエステルは、担任の発言に否定的だ。
彼女はこれでいい。だからこそ、マノンはエステルを慕っている。
ただ、他の生徒はどうだろう。そこまで意識が高いかどうか。
「そう思える奴だけじゃねえ、ってワケよ。人間は心が弱いからな」
なりに考えている。
「相談に乗って欲しかったら来ればいい。できれば、こんな相談所なんて利用しない方がいいけどな」
一人一人面談を行うため、他のメンバーはグラウンドで自習を許可した。
「行きましょマノン。付き合っていられないわ」
エステルが、マノンの腕を引く。
マノンは何か聞きたそうだったが、エステルが強引に連れ去ってしまった。
気が変わったら、相談しに来るだろう。
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