担任砲

「溶解してあげるわ。浄焔セイクリッド・ブレイズ!」

「ぎゃははははーっ! 来やがれ!」


 二人は同時に、引き金を引く。


 ランチャーの銃身が、エステルのブロードソードに噛みついた。

 ドゴン! という音が鳴り響く。

 ブロードソードに蓄積されていた魔力が、銃身の魔力石と呼応して一気に爆発する。


 放出された魔力は、太陽のような熱光線と変化した。


 ランチャーから放出された光芒は、黄金色の不死鳥を象る。不倶戴天の敵たる担任に、猛然と迫った。


 対する担任の銃撃は、さしずめ『担任砲』と呼べばいいか。

 放出されたのは真っ黒い濁流だ。

 影と呼ぶには質量が容赦ない。紫電とたとえるには魔素が濃すぎる。


 二つの熱が衝突し、大爆発を起こした。

 

 エステルが、爆風に耐えられず仰向けに飛ばされる。


「ギャハハハー!」


 さらに軽い担任も、地面を転がっていった。何が愉快なのか、終始笑っている。


 マノンも吹き飛ばされた。尻餅をつきながらも、どうにか立ち上がる。



 エステルと担任との間に、火柱が上がっていた。

 互角とは言い難いが、それでもエステルは担任砲を防いだらしい。


 とはいえ、両者には決定的な差があった。

 エステルは満身創痍である。玉のような汗を流し、息も荒い。


「おらおら、どうした? オレ様を殺してくれるんじゃなかったのか? ああ?」


 対する担任は、もう一発を撃つ構えを取っていた。


「バカに、しないで!」


 なおも、エステルはランチャーを構え、命を絞り出そうとする。


 もう、あれだけの攻撃をするのは不可能だ。マノンでさえ分かるのに。


「勝負あり!」


 見かねたウスターシュ校長が、手をあげて戦いを止めた。


「ちょっと、まだ終わっていないわ! 止めないでよ、おじいさま!」


 無理矢理立とうとしたが、エステルはランチャーにもたれ掛かって、膝を崩す。

 祖父を校長という余裕さえなく。


「もうやめよう、エステル。これ以上やったら死んじゃうよ」

「死んでも構わないわ! このゴブリンのせいでお母さんは笑いものになった!」


 燃えさかる瞳だけは、光を失っていない。


 しかし、エステルが限界なことは、友人であるマノンには痛いほど分かった。


「そのおかげで、オマエのおっかさんは、今のダンナと知り合えたんだろ?」

「くっ、ゲスの勘ぐりよ!」


 担任の言葉に、エステルが苛立ちをぶつける。


 確かに砂礫公されきこうは、エステルの母親を慰めてくれたというが。


「つまりよぉ。オレ様がいなかったら、二人は素直になれなかったってことだよな?」

「だったら、なんだっていうのよ?」

「オレ様がお前さんのお袋をボコったおかげで、二人の間にお前さんが生まれた」


 ニッと笑った後、担任はふと、優しい顔になる。


「生まれてきてくれて、ありがとうよ。おかげで楽しめたぜ」


「な……」


 まさか担任に感謝されるとは思っていなかったのか、エステルが絶句した。



「何が楽しかったかって、お前、物怖じしなかったよな? いや、できなかった」

「それがどうしたのよ?」


 からかわれたと思ったのか、エステルはさらに嫌悪感をあらわにする。


「もしお前さんが、オレ様のキャノンを相殺していなかったら、少なくとも街の一部が吹っ飛んでいた」

 担任が銃口を街の方角へ向けた。


「だから、お前は退かなかったんだろ?」

「ええ。そうよ。あんた信用できないんですもの」

「オレ様も、お前が避けないで迎え撃つって分かっていた。冒険者なら、度胸があるならって」

「そんな賭けを! やっぱりモンスターはモンスターね!」


 エステルがそっぽを向く。


「オレの評価なんて、それで結構だ。けど、お前さん大したもんだぜ。普通は、あんなもん向けられたら逃げる。魔物の貴族さえ逃げ出したんだからな!」


 自慢げに、担任が高笑いをした。が、すぐ真顔になる。


「オレ様の攻撃を真正面から受け止めたのは、たったの二人だけだ。お前と、お前のおっ母さんさ。お前さんには、あの冒険者の血が流れている。誇ってもいいんだぜ」


 無言のまま、エステルは賞賛の言葉を受け止めていた。

 心に響いたかは分からない。


「まあまあ、二人とも今日はこのぐらいにして、矛を収めよ」


 ウスターシュ校長が、温厚な言葉をかけてエステルをなだめる。


「気にすることないよ、エステ、ル?」


 マノンは俯いているエステルの顔を覗き込む。



 エステルの顔が、真っ赤になっていた。



「むむむううう」とうなりながら。

 先ほどのセリフが、相当こたえたと見受けられる。


「あっれー、ひょっとして『即墜ち二コマ』ってヤツ?」

「うるさい、ネリー。あんたは黙ってなさいよ!」


 エステルが、からかってきたネリーを軽く叱り飛ばす。

 これだけ元気があれば、大丈夫だと思うけれど。


「少し休も」と、エステルに肩を貸し、マノンは医務室へ向かう。


「待て」と、担任がマノンを呼び止めた。「お前の戦闘がまだ終わってないぜ」


「いいんです、私は」

「なんでだ?」

「私は、担任を追い出すつもりはない。担任のこと、嫌いじゃないから」

「それと戦闘訓練と、どう関係があるんだ?」


 担任の言葉は冷淡だ。


「ちょっと、言いすぎじゃない? マノンはあんたに、敵意なんて持ってないわ。素直に受け取りなさいよ」


 負傷しているにもかかわらず、エステルは強気に反論する。


「戦闘のトレーニングだって言ってるだろ。だから、全員の戦力を判定する」


 担任も、譲らない。どうしても、マノンと勝負がしたいようだ。


「分かりました。ちょっと待っていてください。エステルを連れていきますので」

「いいえ。ここで見てるわ」


 マノンから離れ、エステルは自らしゃがみ込む。膝を抱えて三角座りになる。


「ダメだよ、エステル! 休まなきゃ」

「こんな大事な試合、アタシに見せない気?」


 エステルの顔は、笑っている。


「わかった。じゃあ、がんばる」


 マノンも腹をくくった。


「やっちゃえ。あの天狗ヤローに目にもの見せてあげなさい!」


 友人からのエールに、マノンはうなずく。


「では、行きます!」


 刀の柄に、マノンは手をかけた。



 瞬間、チャイムが鳴る。



「いいかげんにせい。昼食の時間ではないか」


 ウスターシュが、マノンと担任の間に割り込んだ。


 戦闘ムードがすっかりなくなり、教室へ強制提供させられる。


「ジャレス先生。うちの生徒が、すいませんでした」

「いいってことッス。ほんじゃまた」


 担任とブレトン先生が、離れていく。

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