ゴブリンを嫌う理由

「静かに」と、ウスターシュ校長がまた口を挟んだ。


「おじい……ウスターシュ校長、納得のいく説明を」

「よかろう。実は、冒険者学校の再建を、このBOWに頼んだのだ。我々だけではなく、第三者の視点が必要だと感じたのでな」


 それで、冒険者を装って、校内の事情を知ってもらおうとしたのである。

 だが、一瞬で素性をバラしてしまったと。


 ゴブリンが、こんな強いわけがない。砂礫公と言われて、マノンはようやく納得がいった。


 担任が、セラフィマの前にしゃがみ込む。 


「お前さん、エルショフ貴金属店のご令嬢だろ?」

「ど、どうしてそれを?」


 初対面の筈なのに、担任はセラフィマの素性を言い当てた。


「他のクラスの情報を知ってたらいけねえかい?」

「だって、わたくしとあなたは今日出会ったばかりで」

「お前さんとは、な。だが、キリルの所はお得意さんなんだ。よく依頼も受けた。あの泣き虫が、オレより早く所帯を持つなんてなぁ。人生って分からねえよな、ギャハッ!」

「キリルを、お父様をご存じですの?」

「あいつはオレの……まあいいや。知り合いだ。そのオレが言うんだからよ、お前さんは商人に転職しな」


 セラフィマは、鉄扇を閉じる。

 自分は冒険者に向いていないという絶望感からというより、迷い。

 これまでの全てを捨てて、新たな道を切り開くための。


 たった数分の戦闘で、担任はセラフィマの全てを引き出したのである。


「さてと、残ったのはお前ら……」


 担任が点呼を取ろうとした瞬間、エステルが飛びかかった。鬼の形相になって、炎をまとったブロードソードを一文字に叩き込む。


 担任が銃身で受け止めた。まったく慌てた様子はない。むしろ、こうなることを予測していたような動きだ。


「ほう、不死鳥の咆哮フェニックス・ハウリングか。伝説級の骨董品にお目にかかれるとは」


 エステルの武器を、担任は攻撃を受け流しながら鑑賞する。


「あんた、本当に砂礫公なの!?」


 再度、エステルはブロードソードで斬りかかった。

 ブロードソードから火炎魔法が放たれる。


「だったらどうなんだ?」


 担任が銃撃で、火炎球を弾く。


「生かして帰さない!」


 更に、エステルは剣を打ち込む。


 担任は腰に巻き付けていた片手剣で、エステルの剣戟をさばいた。

 見た目は安物の量産品だが、実際は伝説クラスの武器だ。


「よさぬか!」


 ウスターシュ校長が、二人の間に入る。


「引っ込んでろ! いいところなんだよ。邪魔すんなジジィ!」

「そうよ! 砂礫公はママの天敵! こいつに痛めつけられたせいで、ママは戦乙女ヴァルキリーを引退した!」


 エステルがゴブリンを毛嫌いするのには、理由がある。


 エステルの母親は二〇年前、砂礫公の討伐任務に当たっていた。

 結果は惨敗。

 仲間の誰も殺されなかった。

 だが母親は、歴然とした力の差に戦意喪失したという。


 全部、他の冒険者から聞いた話だ。


 当時のことを、エステルの母は何も語らない。

 黙ってエステルを鍛え抜き、育てた。

 しかし、内心は今でも屈辱に耐えているのだろうと、エステルは勝手に解釈している。


 砂礫公を倒すことこそ、自分が冒険者になる目的だと、エステルは語っていた。


 たった今、仇が目の前にいる。


戦乙女ヴァルキリーのようなピーキーすぎる職業なんて、めったに見ないと思ったら、そういう事情があったのか」

「ええ。あんたへの復讐のために、今日まで戦乙女として鍛えてきた! その力を今示すわ!」


 炎の竜巻となりながら、エステルは猛然と担任に襲いかかった。


 圧倒的すぎて、戦闘領域に誰も割って入れない。ウスターシュ校長でさえも。


 そのことごとくをいなし、担任はおちょくる形でエステルを翻弄した。


「真面目にやりなさい!」

「へへーんだ。テメエが弱いのが悪いんだろーが。ギャハハハ!」

「言ってくれるわね?」

「こんなもんじゃねえだろ? テメエの本気を見せてみろよ!」



 担任が挑発すると、エステルの目の色が変わった。

 たとえではなく、炎が目の中で揺らめいている。


「後悔しても、知らないから」


 エステルが、肩のランチャーを起動させた。


 いつもは折りたたまれている銃身が、元の長さへと変形する。

 銃身の上半分が持ち上がった。

 表面が、牙のようにキザギザ状となっている。


 エステルはランチャーの銃身にブロードソードを装着した。

 全エネルギーが、銃身に集まっていく。


「ほう、こいつは厄介だ。遊びじゃ済まねえかもな」


「感心している場合か!」と、ウスターシュ校長が止めに入る。


「エステルの銃撃をくらえば、いくらお前でも」


 ウスターシュは、ピエレットと共同して、学園周辺に障壁を展開した。


「だからよ、見せてやるのさ。オレの本気をよ」


 担任が、銃を持っている方の手をブンと振り下ろす。

 手っ甲が開き、宙に浮き始めた。正確には、魔力の糸で担任の腕と繋がっているようだ。


「学内に、正体不明の膨大な魔力量を感知しました。全職員、並びに全校生徒は、速やかに学内から退避してください」


 学園じゅうに、校内アナウンスが流れた。


 担任の瞳に、六芒星が魔方陣が浮かび上がる。担任は銃を構えた。

 放出されている魔力は、エステルのそれを軽く超えている。

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