最悪を超えし者《ビヨンド・オブ・ワースト》

「おいおい、セラフィマが戦うってよ」

「エステルに勝ちたいのでしょうね」

「でも、お顔に傷が付いたら」


 セラフィマのクラスメイトが、ヒソヒソ話し出す。心配する者、面白がっている者など、意見は様々だ。


「いかがですの?」

「いいだろう。かかってきな」

「では……たあ!」


 セラフィマが鉄扇を開いた。カマイタチでけん制する。


 担任は回避運動すらせず、銃で風魔法を弾き飛ばした。


「ほう、踊子ダンサーか。もっと知的系の職業で来るかと思ったぜ」

「正式には伯爵カウントですわ」


 貴族階級にとって、ダンスは基本的な教養だ。誰しも習う。

 

「魔法も多少の白兵戦も可能なスキルを学びましたの。踊りは、社交界の一環ですわ!」


 得意魔法を潰されても、セラフィマは恐れない。肉弾戦へ。


 片手だけで、担任はセラフィマの攻撃を幾度も受け止める。


 セラフィマだって、決して弱くない。戦闘訓練に適していないだけで。


「一発一発が弱いな。ザコ相手ならどうにかなるが、強いモンスターが相手だとキツい。だが、どこを攻撃すれば弱まるか、理屈は分かっている。お前は、指揮官向きだ」

「だまらっしゃい。ゴブリン風情が!」

「そのゴブリン風情に翻弄されているのは、どこのどいつ様だ?」


 ますます額に青筋を立てて、セラフィマは鉄扇を担任に叩き込んだ。しかし、攻撃が雑になっていく。


 担任が、セラフィマをおちょくり出す。

 鉄扇を弾いては眉間に銃口を当て、また鉄扇で攻撃されたら、肘を攻撃してずらす。

 再度セラフィマの眉間に銃を突きつけた。


「どうした、まだやるのか? ギャハハハ!」


 いつものゲラゲラスマイルで、担任がセラフィマをからかう。


「くう!」

 

 敗色濃厚となったセラフィマが、歯を食いしばる。


「何事だ!」


 上級魔導師のローブを着た、若い男性が、数名の教員を伴って現れた。

 三〇代に見えるが、齢一一〇を超えた老人である。

 魔法で、自分の体内時間をねじ曲げているのだ。


「ウスターシュ・ワトー校長」


 校長のおでましに、マノンたちはひざまずく。


 特にエステルは彼の孫だ。


 六〇年前、下級魔族たちと共に世界を救った英雄、ウスターシュ。


 老人の隣にいる女性教師が、眼鏡をつり上げた。


「妙に騒がしいと思ったら、ジャレス先生! 何があったか説明していただけますね?」

「いやあ、ちょっとトレーニングをね」

「グラウンドに穴を開けて、訓練用バリスタまで壊して修行ですとおっしゃるの?」

「勘弁してくださいよぉ。こんな場所にあるのが悪いんだから」


 担任の一言で、女性教師の顔がゆでダコのようになる。


「なんですって……校長!」


 女性教師が、魔導師の校長に話を振った。


「ジャレス、またお前か」


 まるで友達のように、ウスターシュ校長は担任と話す。


「いやぁ、トレーニングっていやあ、実戦が一番冒険者の素が出るだろ? この方が手っ取り早いって」

「だからといって、全力を出せとは言ってない。何のために制服があるというのか?」

「これじゃ足かせだっての」

「足かせにしているのだ! 生徒を鍛えるために!」


 冒険者学園の制服は、危機回避による力のセーブだけが目的で作られていない。

 力を押さえ込むことで、自力を鍛錬している。着るだけでトレーニングとなるのだ。


「限界を知らなくっちゃあ、力を制御したって意味ねえよ! 若いウチに力を温存してどうするよ? 若さは発散するためにあるんだぜ?」


 若者に理解をしようとした発言なのだろうけれど、担任の発言は年寄り臭い。


「いざというときのためだ。誰がこんな場所で、魔王討伐なんぞやれといった?」


 生徒がざわついた。

「魔王だと?」

「どこにそんなヤツが?」

「まさか、この学園にいるのかしら?」


 ウスターシュ校長が、手を前にかざして生徒たちを黙らせる。


「あの、お言葉ですが校長先生。魔王なんて、いったいどこに?」

 生徒を代表して、セラフィマがウスターシュに問いかけた。



「何を言う? ここにおるではないか!」



 ウスターシュ校長は、担任を指さした。



「ここにいるゴブリンの教師こそ、かつて西の大陸にある森を支配していたBOWビヨンド・オブ・ワーストの一人、『砂礫公されきこう』のジャレス・ボゥ・ヘイウッドなるぞ」




「BOW!? このゴブリンが、魔王である称号『最悪を超えし者ビヨンド・オブ・ワースト』の所持者ですの?」


 セラフィマが、鉄扇で担任を差した。



最悪を超えし者ビヨンド・オブ・ワースト】とは、小学校の教科書にも出てくる、有名な魔王たちの総称だ。魔神と戦って勝利し、下級の魔物から魔王となった怪物たちである。

 特に【砂礫公されきこう】は、BOWの中で最も危険と教わってきた。


 誰にも気づかれずに前線で指揮を執り、自分が大将であると思わせない。

 その狡猾な戦いぶりから、【砂礫公】、または【石ころ公爵】と言われている。


 それが、担任の二つ名だったなんて……。


「担任が、砂礫公……」


 エステルが、マノンの隣で拳を握りしめた。


「マジかよ、石ころ公爵って、おとぎ話のネタだと思ってたぜ」

「それが、なんで冒険者なんかに」

「ここを征服しに来たの?」


 担任が伝説級の存在だと知って、生徒たちが騒ぎ出す。

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