担任との特訓

 学校を終えたマノンは、下宿先の宿を手伝う。主にベッドメイクと接客だ。


「いつもありがとうね、マノンちゃん。あなたが来てくれて助かっているわ」


 宿の女将が、マノンに礼を言ってくる。

 毎回こういうやりとりがあった。


「とんでもありません。下宿までさせていただいて」


 マノンをアメーヌに連れてきてくれたのは、エステルだ。

 しかし、マノンは仕事先を自分で決めた。

 これ以上、エステルの世話にならないように。


「ねえマノンちゃん、この宿を引き継いでくれないかい?」 

「またその話か。おやめなさい。マノンちゃんが困っているだろ?」


 宿の主人が、女将を引き留めた。このやりとりも、日課となっている。


「マノンちゃん、今日は上がっていいからさ。行ってらっしゃい」

「はい。で、では、トレーニングに行ってきます」


 割烹着を脱いで、マノンは制服の袖に触れる。

 制服が、着物へと替わった。腰に刀を下げる。


「気をつけてな」


 主人と女将が、手を振ってマノンを送り出してくれた。


 バイトを終えて、マノンはいつもの小高い丘を目指す。


「あれ?」


 丘の上に、担任がいた。草むらに寝そべって、リンゴを頬張っている。


「処分はどうだったんですか?」


 赴任した初日、担任は生徒と大立ち回りをした責任を取らされたらしい。


「心配ねえ。減給だけだ」


 Fクラスの生徒は反省文を書かされ、担任は職員会議にかけられた。


「適当にごまかして終わらせたっての。先公を丸め込むのも魔王さまの得意分野よぉ」


 いかにも担任らしい切り抜け方だ。


「お前さんは、トレーニングか?」


 マノンはうなずく。


「エステルのヤロウはどうした?」

「騎士団の研修」


 エステル本人は、戦乙女ヴァルキリー希望だ。

 騎士団に所属しなくても独り立ちできる。攻防一体の騎士職は、単独での冒険がしやすい。


 だが、習得が困難である。万能職の一つだ。


 騎士職は本来、王国か教会に所属する必要がある。

 だが、聖騎士パラディンと戦乙女の二種類は、騎士職なれど独自の神を持つことが可能だ。

 とはいえ、騎士の訓練も必要なのである。


 一緒に訓練できず謝っていたが、気にしないで欲しい。


「でも大丈夫。訓練なら、一人でもできるから」

「よし。かかってきな」


 草むらに寝転がっていた担任が、起き上がる。


「いいの?」


「あのとき、お前さんだけ相手をしてやれなかったからな。今日だって、エステルに連れて行かれなかったら、コーチしてやろうって思っていたんだ」


「お願いします」と頭を下げ、マノンは自分の刀を抜いた。


 マノンの故郷で鍛えられた武器である。


「そのツバと白い鞘に桜の模様。『桜隠し』か。お前さん、『氷室ヒムロの里』の生まれだな?」

「よくご存じで」


 ヒムロのツバは、雪の結晶状の装飾が特徴的だ。複雑な装飾は、魔力を増幅させる機能が施されている。だからこそ、こんな芸当も可能なのだ。


 雪を周囲に降らせ、担任の視界を遮った。

 担任の死角へ刀を滑らせる。


 担任にヒットはしなかったが、わずかに皮製のズボンを裂いた。


「ほう。雪の結晶を身体にまとって、雷の力を刀に送り込む、か。太刀筋は悪くない」


 斬れた箇所は、マノンが切り込んだところとは、反対方向である。


「静電気だな、これは。刀に電流を流し込んだのは、剣はただの触媒で、本命の刀は雷そのものか。考えたな」


 その通りだ。雷魔法を刃に変えて、雪に反射させる。これが、マノンの攻撃方法だ。

 技を褒められ、マノンは嬉しく思った。


「だが、お前さんの本質はそこじゃない」


 それ以降、どれだけ攻撃しても、技が通用しない。刀も魔術も、担任に届くことはなかった。

 マノンの刀が、担任の銃でたたき落とされる。


「どうして、わたしの技が通じないの?」

「技に頼りすぎだ。静電気は偶発性が高い。自分でコントロールできれば別だ。が、そこまで巧みに操れないもんさ。それと、一発一発が弱すぎる。ザコ相手なら余裕で倒せる。けど、大物が出てきたときは、けん制にしか使えないだろう。目玉くらいなら潰せるだろうが、そこから技を出し続けられるか? 目をやられて攻撃が散漫になっている相手に、的確な打撃、斬撃を浴びせられるか?」


 こうして、マノンのトレーニングは終わった。

 苦労して習得した技が、役に立たない。その事実に、マノンは打ちのめされた。


「そうしょげるな。地力を上げればいいんだ。お前さんならできるさ」


 ヒザをついて落ち込むマノンの頭を、担任の手が優しく撫でてくる。


「でも、わたしは筋力もない。エステルみたいに高い魔力も、体力もなくて」

「いいじゃねえか。お前さんにしかできないことがあるさ」


 担任から声をかけられても、マノンの悩みは消えない。


「どうした? なんか難しい顔をしてるな」


 やはり、担任に隠し事はできないか。


「今日、バイトしてたら、『この店を継がないか』って言われて」


 宿屋の夫婦は、よくしてくれている。

 接客だけではなく、料理も教えてくれた。恩はある。

 

 だが、自分は冒険者を目指していた。いつかは、ここを去らねば。


「わたし、どんどん冒険者稼業以外のことが上達していく。なんか、冒険者に向いていないのかなって。わたしは、何にもなれないまま、終わっちゃうのかなって」

「はーん。なるほどな」


 リンゴをかじりながら、担任は丘の下を眺める。


 人々の生活が見えた。

 暖炉の煙、鬼ごっこをする子どもたち。酒場に向かう兵士や冒険者。


 自分は一生、あの輪には入れないのでは。

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