不遜公(ふそんこう)
「昔な、親になる予定だった子分がいたんだ。素質があってな。オレ様はいつか、そいつを後継者にって思ってた」
担任の言葉は、全部が過去形だ。
「ところがな、もうすぐ嫁さんが出産だって時に、魔族が悪さをしてるって情報が入った」
アジトを突き止めて、倒せば終わりだった。
しかし、そのゴブリンは功を焦って、敵の魔法をまともに喰らったのだ。
「跡形もなく吹き飛んだよ。何も残っちゃいなかった。そいつの葬儀の翌日、子どもは無事に生まれた。今じゃ、そいつがオレ様の留守を預かっている」
担任は鼻をすする。辛いことを思い出してしまったのだろう。
「つまりよぉ、これから先は、何が起きるか分からねえ。オレ様だって、魔王になりたくてなったわけじゃない。いつの間にか、魔王をやってる。だから、お前さんにだって、いつかは責任のある仕事が回ってくる。どうしようもなく、な」
「ありがとう、先生。わたし、これからもがんばってみる」
「ああ。今やれることに集中しな」
担任が、またリンゴをかじろうとした。
だが、その手が止まる。
「何か、様子が変じゃねえか?」
複数の町人が、誰かを探している様子であった。
「行ってみよう」
丘を降りて、事情を聞いてみる。
一人の女性が、担任にすがりつく。
「娘がいなくなったんです!」
いなくなったのは、前に犬を探していた少女だった。
最後に少女が目撃されたのは、迷いの森だという。
森の外周で、小犬を散歩させていたらしい。
主の失踪を知らせるためか、リードを咥えた犬だけが家に帰ってきた。
「この森は、前からこんなだったのか?」
「もっと穏やかなんだけど」
ここ数日、森の様子がおかしい。
辺りに霧が立ちこめ、迷いの森と化していたのだ。
調査依頼が何度も出ているはず。
だが、頻発する盗賊の撃退依頼で、手が回らなかったらしい。
また、現地に向かった熟練冒険者が、軒並み行方不明になっている。
そのせいで、ギルドも慎重になりすぎていた。
「んだよ、ヘタレヤロウ共が」
ジャレスは悪態をつく。
「仕方ない。ミッション失敗は、後々成績に響くから」
クエストを達成できなかった冒険者には、ペナルティがついてしまう。
信頼できない冒険者と見なされるのだ。
出てくるモンスターも、訓練用の洞窟とは段違いだった。
ワーウルフや人間サイズのコブラなど、どれも危険度が高い。
エステルは、連れてこられなかった。
木々が生い茂る場所では、彼女のランチャーは扱いが難しい。担任砲も危険だ。
「精霊共はどこに行ったんだ?」
森などは自然の要塞として、神聖な精霊たちが守っている。
彼らがいないとなると。
「お前さんなら、分かるよな?」
「うん。多分、魔族の仕業」
今も、ビリビリと感じている。
担任には及ばないが、強力な魔力を。
並の冒険者では敵わないのではないか。
「やはりな。お前さんでも、魔族の気配は感じ取れるんだな?」
「知っていたの?」
『もう一人の自分』の存在は、担任には分からないと思っていたのだけれど。
「ああ。なんとなくな。さっきの攻撃で分かった」
やはり、担任に隠しごとはできない。
「わたしは、おじいちゃん子だった。両親の手伝いをするより、おじいちゃんと剣術の練習をしたり、山や川へ行って知識を積んだり、そういうことが好きだった」
「イチノシン・ナナオウギ。そいつが、お前さんのジイサン」
祖父の名を当てられ、マノンは目を丸くする。
「どうして、祖父の名前を知っているの?」
「知り合いなんだよ。随分と昔、ちょっとした用事があってな」
マノンは、自分の過去を語り始めた。
魔族との出会いを。
赤ん坊の頃、マノンは身体が弱かった。持って半年だろうとさえ。
そんな中、彼女はとある魔王にさらわれてしまう。
イカヅチの女王こと、グリフォンロード・
英雄のパーティにいた経験もある祖父イチノシンが、不遜公と立ち会う。
しかし、グリフォンロードは赤子のマノンを取って食おうとしていたワケではなかった。
マノンと融合し、自分の一部とすること。それが、不遜公の頼みだったのだ。
不遜公は、何者かに命を狙われていた。
命からがら逃げ出した彼女は、赤子に融合して追っ手をやり過ごそうとしたのである。
力のない赤子なら出し抜けると。
だが、捕まえて分かった。マノンの方も長くないと。
不遜公は祖父と取り引きをした。
「自分を見逃せ。その代わり、孫の命を救ってやる」と。
祖父は悩んだ。魔物と融合すれば、人間ではなくなってしまうのではないか。
だが、このまま黙って死ぬよりは。
たとえ魔物になったとしても愛しただろうと、祖父は後に語っている。
意を決し、祖父は要求を飲んだ。
ただし、マノンが魔物となれば容赦なく斬ると告げて。
傷つき古びた肉体を捨てて、不遜公はマノンの身体に宿る。
マノンは生きながらえた。魔物の力を借りて。
いつだって、マノンはイカヅチの女王をあてにした。使えば使うほど、自分が魔物に近づいてしまうとは分かっている。しかし、自分の力が誰かの役に立つならば、マノンは惜しみなく力を行使した。
たとえ自らが苦しむことになるとしても。
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