第四章 冒険者学園の闇

ジャレス相談所の効果 前編

その日、エステルは朝から機嫌が悪かった。昼食も進んでいない。


「どうしたの?」

「なんでもないわ。さあ、気分転換でもしましょ。今日は騎士団の演習もないの」


 授業を終えたら、街を回る約束をした。


「久々に、色々買い食いするのもいいかもね」


 エステルが無理をしているのは、マノンにも分かる。

 気を使ってくれているが、笑顔が引きつっていた。エステルは分かりやすい。

 

 帰宅途中、マノンは書店に目がうつった。


 窓の奥で、グラスランナーの少年がうなっている。イヴォンだ。

 読書スペースに設置された机を埋め尽くすように、地図を広げている。


「どうしたの?」

「ああ、ドゥエスダンさんにナナオウギさん、見てくださいよ、これ」


 机の上にある大きな地図を、イヴォンがトントンと指で叩く。


 この街の地図だが、随分と古い。


「なんでも、この土地を荒らしていた盗賊団が隠した宝の地図らしいのです。けれど、ギメル砦だと言うこと以外、何も掴めないのです」


 ざっくりとした地点にバツ印がしてあるだけ。


「心当たりはあるかも」

「本当ですか?」

「この砦の真下に崖がある。盗賊団が、この辺りをダンジョンにしている可能性が高い。でも、地殻変動で埋まってるから探せないと思う」


 マノンは、財宝ポイントらしき地点を軽く教えた。宝の在り処かどうかは知らないが。


「そんな構造になっていたのですね?」

「確証はない。ただ、崖になっているから、海賊がアジトにしていてもおかしくないかなって」


 あくまでも、マノンの想像だ。


「その辺を、訓練でよく通るから」

「そうね、ギメル砦なら、あんた良くトレーニングで使ってるわよね」

「うん。危ないところには近づかないようにしているから、詳しくは知らないけど」


 教えた途端、イヴォンの目の色が変わった。


「そんな構造になっていたのですね? ありがとうございます二人とも。これは少ないですが、お茶代として受け取ってください」


 二人はイヴォンから、わずかな銅貨をもらう。


「あたしたち、そんなつもりじゃ」


「うん。第一、宝がある保証なんてどこにも」

 マノンは謙遜した。


 しかし、イヴォンはマノンたちに銅貨を強く握らせる。


「僕だって、宝が欲しいわけじゃないんです。そういう土地勘が欲しかったんですよ。トレジャーハンターに教えたら、お金になりそうでしょ?」

「お宝を手に入れる側じゃなくて、情報を売る側に回るってこと?」

「別に僕、冒険者になりたいわけじゃなくて、冒険者を動かす側に回りたいんですよ。自分で危険に立ち向かわなくていいでしょ? 僕は情報を渡すことで、宝が出ても出なくても、危険を冒さずにわずかな報酬を得られる」

「ちゃっかりしているわね、あんた!」


 エステルが呆れかえっていた。「これが、次世代を担う冒険者の姿なの?」とまで言い出す。


 しかし、マノンにはそれが悪いことだとは思えない。


 危険な目に遭うのは誰だって嫌だ。

 それなら、なりたい人物が冒険をすればいい。

 冒険者になりたくて家出した自分みたいに。


「ジャレス担任に言われたんですよ。夢なんて持たなくていいって」

「マジで? そんな言葉に耳を貸したの?」

「真理ですよ、ジャレス担任の言葉は。おかげで目が覚めました」

「まあ、あんたが納得しているなら、止めてもムダね。とにかく、小銭ありがと」


 イヴォンに礼を言い、別れた。


 エステルの住むパン屋までもうすぐ。

 その直前、リードが屋台でうんうんと考え事をしていた。


「何をしているの? 変質者みたいだったわよ」


 おそらくエステルは、リードがエステルに色目を使っていると思ったのだろう。


 エステルのパン屋はちょうど、この屋台の視界に入る。


「エステルか。あのなぁ、俺は変態じゃねえっての。担任に言われたことを、自分なりにまとめてるんだよっ」

「どうせロクな意見じゃないんでしょ?」


 エステルは鼻を鳴らした。


「んなことねえよ。俺にだって、他の誰にもない素質があるはずだって言っていた、気がする」


 リードは反論する。だが、語尾が尻すぼみになっていく。


「ちゃんと聞いてなかったのね」

「それでな、俺にも作れて、ドワーフに負けない武器を作ろう、と思ったんだけどな」


 マノンは察した。


「アイデアが湧かない」

「そそっ! そういうこと! 俺の持ち味が分からなくてよ。足しげく武器屋に通っているわけだ。見てくれよ。こっちの店は重い装備がメイン。三軒となりにある武器屋は暗殺メインなのか、黒い武器が多いんだぜ」


 買ってきた武器防具を、リードが見せびらかす。


 エステルがあくびを始める。


「で、何か掴めたの? ただの武器やマニアになっただけ?」

「装備といっても、種類がありすぎて絞り込めねえ。使う奴らにもよるしな」


 マノンは、解決の糸口がないか、思案してみた。


「屋台の大将をしているリードも、素敵だと思う!」

「え、マノン?」


 いきなり絶賛されて、リードは目を丸くする。


「ちょっとマノン。そんな言い方すると、リードが勘違いしちゃうでしょ!」


 エステルから指摘され、言葉を改める。


「リードの作った屋台の料理は、おいしいと言いたい」

「そいつはあんがとよ。けど、『お前らなんて武器より包丁作ってる方がお似合い』なんてケチつけられて」


 リードが剣士を目指す理由はそこだろう。

 みんなを見返したいのだ。

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