砂礫公の真実 前編

「珍しいお客もいたもんだな」


 ジャレスお悩み相談所に現れたのは、セラフィマだった。


「お前さんのクラスは隣だぜ」

「生徒のお悩み相談でございましょう? ならば、クラスは関係ないかと」


 特に気にすることなく、セラフィマは席に着く。


「まあな。で、ご相談とは?」

「率直に申し上げます。もはや、アメーヌの冒険者学校に未来はございません」


 頬杖をつきながら、ジャレスはセラフィマに話させる。


「実はお父様が」


 言いづらいのか、セラフィマは意を決したように口にした。


「お父様は、冒険者学校の閉鎖をお考えです」

「そいつぁ穏やかじゃねえな」

「あなたはこの学園の浄化を目的として、教師の依頼をうけなさったのでしょう? 考え直しませんか? あなたも見たでしょう。いかに生徒たちの意識が低いかを」


 現生徒たちの親は、戦争を経験した世代だ。

 すでに引退して、他の職についている。安定した働き口があるのだ。


 わざわざ危険を冒してまで、冒険者になる必要などない。

 親の顔を立てているだけだった。


 そんなヌルい気分では、冒険に出てもすぐに逃げ出してしまうだろう。


「そんなすぐ結論を急ぐこともあるまいて」


 ジャレスも最初は、冒険者稼業なんて古い制度に辟易していた。

 しかし、生徒たちと接してきて、考え方も少し変わってきている。

 

 やる気になっている生徒を差し置いて、大人の都合で成長の場を潰していいわけがない。


「情が移りましたか、砂礫公されきこう?」

 あくまでもドライに、セラフィマは話を進めた。


「あいつらはペットじゃねえんだ。世話をして懐いたから手放したくない、ってレベルで話してねえ!」


「立ち聞きしてしまったのです。お父様が、冒険者学校を閉めたがっていると」


 今の冒険者学校は、体裁を取り繕っているだけだ。いくらウスターシュが見張っていても、陰では汚職や天下りが蔓延している。

 エルショフ財団は、その事実を学校側に突きつけた。「冒険者学校に金を払い続ける必要性は、もはや皆無である」と結論づけたという。


「その金の流れを調べていたら、ギルドとちょっとした取り引きがあった。一部の貴族に金が回っている。特に、騎士団とかな」


 調べた結果、やはり騎士団が冒険者学校・ギルドに回るはずの金を使い込んでいた。

 貴族特権を活かし、活動費用と称して。

 だからギルドはろくに都市部や近辺のパトロールができず、騎士団がデカイ顔をしていた。 

 どうりで、冒険者ギルドが機能していないと思っていたが。


 ジャレスが騎士団に顔を出したのは、冒険者学校に提供されている金の出所を探るためだ。騎士団が私腹を肥やしていないかどうか。

 財団は、騎士団の解体も視野に入れているらしい。


 おそらく、エステルも不審がっているころだろう。

 なぜ、あんな勝負の場が成り立つのか。


 知られたっていい。汚れ役は買って出る。


「もしかして、ご心配をなさってらっしゃる?エステルさんに先の元騎士が報復に来るか」

「いや。もう来たんだ」


 ジャレスはこっそり元騎士の後をつけ、エステルを襲おうとしたところを返り討ちにしたのだ。

 汚職の話も、その男から聞いた。


「ええ。あなたのおかげです。ありがとうございました」

「どうでもいいんだよ、そんなことは。魔族との繋がりを調べていた結果、分かったことだからな」


 ちっとも嬉しくない。そのせいで、生徒たちは行き場を失ったのだから。


 とはいえ、生徒たちはやっていけるだろう。たとえ、自分がいなくなったって。

 むしろ、いない方が。自分も元の砂礫公に戻れる。


 しかし、心残りはあった。


「生徒たちが路頭に迷う可能性は?」

「保護者的ポジションがいなければ、高難易度のクエストに立ち会えないだけです」


 まだ生徒の段階では、ギルドは初歩的なクエストしか受けさせてくれない。

 たとえ高難易度のクエストに同行できたとしても、熟練者についていく。


 つまり、「保護者同伴」という扱いである。


 報酬も、少しだけしかもらえない。


 これで若手が育つのかと。


「エステル・ドゥエスダンさんのような冒険おバカな人は、自分で勝手に職を見つけるでしょう。ですが、マノンさんは。あの方は、冒険者には向いていません。是非ともウチの秘書にと、何度も打診をしています。ですが、首を縦に振ってくださいません」

「なんでそこまでマノンを」

「だってカワイイじゃありませんか!」


 唐突に、セラフィマが取り乱した。「失礼致しました」と座り直す。


「ですが、あの方が危険な目に遭う度、ワタクシは胸が張り裂けそうになるのです。どうして野蛮極まりない小動物と同行して、柔肌を傷つけて帰ってくるのか! 理不尽ですわ! ワタクシなら優雅にお茶を飲んでお過ごし致しますのに」

「小動物って?」

「エステル・ドゥエスダンさんですわ!」


 鉄扇で、セラフィマはテーブルの鉄骨を切り裂いた。


「うお!?」とジャレスはイスから転げ落ちる。


「なにゆえ、あんな脳みそ狂戦士なおサル様とご一緒しているのか! ワタクシとビジネスを学んで後方から冒険者を支援するのだって、立派なお勤めだと思いませんこと!?」


 知らんがな、と思わず叫びたくなった。


「取り乱しました」と、セラフィマが冷静になる。


「貴族に対して、我々は大きく出られませんでした。立場がありますので。しかし、あなたなら悪役として存分に振る舞える。だからこそウスターシュ学長に頼んで、あなたに依頼をいたしました」


 彼女が、不正調査の依頼人だったのか。

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