マノン怒りの一閃 3

「威圧だけで、このパワー。ワタシには止められないようです、砂礫公」


 苦々しい顔をしながら、オデットは立ち上がった。


 余裕の表情を見せ、アーマニタは結晶を天にかざす。


「ついにアタシは、最強のパワーを手に入れた。力は申し分ないよ! あとはこれを、体内に取り込ん――」


 アーマニタの言葉が、途切れた。

 腹を、銀の剣が刺し貫いたからだ。


「あいつ、どうして動けるの!?」


 起き上がったブレトンを見て、エステルが驚愕の声を上げる。


 ブレトンは、体中の七割が炭化していた。立っているのが奇跡なほどである。


 執念、世界を破壊するのだという執念を、マノンは感じ取った。


「お、お前! いつのまに……」


 アーマニタの手から、魔神結晶がダラリとこぼれ落ちる。


「この結晶は、貴様ら魔族の手に余る代物だ。始めから手にする根性のないヤツは、触れるべきではなかったな」


 銀の剣を抜くと同時に、ブレトンが魔神結晶を一つ回収した。


「再生が……できない!」


 アーマニタの肉体が、腐り果てていく。


「無駄さ。聖剣で傷を付けたのだ。魔族ごときの力では再生しない」


 聖なる武具で攻撃されると、魔族はダメージが倍加する。それだけでなく、傷の治りも遅い。


「ついでに貴様の身につけた魔神結晶もいただく」


 ブレトンが、魔神結晶をアーマニタの前にかざした。


「いぎぎぎ!」


 苦悶の表情を、アーマニタが浮かべる。


「ああああ!」


 アーマニタに埋め込まれていた結晶が、ブレトンの持つ大型の結晶へと引き寄せられていく。

 大型の魔神結晶は、アーマニタの結晶を吸収した。


 結晶を取り戻そうと、アーマニタが大型結晶に手を伸ばす。


 魔神結晶の周辺に、恐ろしい影が浮かんだ。それは魔族の顔を形作る。


「こ、これが、ま、魔神だって?」


 魔神の復活を、アーマニタは誰よりも待っていたはず。その彼女が、真っ先に腰を抜かした。


「おお、おおおおあばばば! ち、近づけない!」 


 あれだけ焦がれていたはずの魔神が、目の前にいる。

 なのに、アーマニタは尻餅をついて、後ずさりを始めた。

 圧倒的な魔力を感じ取って、恐怖に心が支配されてしまっているのだ。

 絶望をまき散らそうとする不浄の存在を前に、正気でいられるはずもないだろう。


「あが。あががが」


 瑞々しかったアーマニタの皮膚が、みるみる干からびていく。

 魔神結晶を失い、パワーが霧散しているのだ。


 アーマニタの持っていた結晶を取り込み、魔神結晶が徐々に色を濃くしている。


「ああああ! アタシの結晶が!」


 アーマニタの皮膚が、すっかり老いさらばえた。


「貴様にはもう、用はない。そのまま死んでいくがよい」


 無慈悲なブレトンは、アーマニタに背を向ける。


「アタシごと取り込んでおくれ! 魔神様と同化したい! 同化したいんだよぉ!」

 か細くなった手で、アーマニタが、ブレトンの足下にすがりつく。


「薄汚い魔族の女など、魔神は好みではないとさ」


 哀れ、アーマニタは魔神に見初められず、ただの灰となった。


「見るがいい。誇りを失い、闇へと墜ちた騎士の最期を!」


 意を決したように、ブレトンが魔神結晶を心臓の位置へ当てる。


 ブレトンの身体が、ケイレンを起こした。


 魔神結晶が、ブレトンの胸を食い破るかのように、体内へ侵入していく。


 半分まで入り込んだところで、魔神結晶は止まった。


 あやつり人形のごとき不自然な動きをしながら、ブレトンが立ち上がる。

 しかし、目は虚ろで、焦点が合っていない。


 魔神結晶の光はほとんど失われていた。

 が、潜在する魔力は、アメーヌを滅ぼすには十分すぎだ。


「あのヤロウ、ブレトンを再生しやがった!」


「まずいです。魔神復活の兆候!」


 オデットが、担任を引き戻した。


 ブレトンの肉体が、魔族のものへと変わっていく。

 肌は赤く、血管が浮き出ている。

 身につける資格を失ったのか、聖なる装備品がブレトンの皮膚から弾け飛ぶ。

 爪は研ぎ澄まされた剣のように鋭い。


「これが、デーモンロード?」


 マノンたちは身構える。今ココに、最悪の脅威が復活しようとしていた。冒険者の卵たちの前に。


「なんてパワーなの? 一瞬で存在がかき消されそうよ!」


「ですが、また不完全です! 今のうちにやっつければワンチャンありますよ!」


 イヴォンの言葉に付け入るなら、そこが狙い目。力を発揮できないうちに叩く。


「果たして、そううまくいくかな?」


 ブレトンが、言葉を話す。


「いでよ。ボクの代わりに彼らを始末せよ」


 魔神となったブレトンが、胸の前で手をかざした。

 横へスライドさせると、奇妙な形の魔方陣が発言する。

 そこから、眷属のモンスターを大量に発生させた。


「来るわよ!」


 エステルの号令で、全員が魔物に切りかかった。


砂礫公されきこう。いや、ジャレス先生とお呼びするべきかな?」

「ようブレトン。やはりテメエが黒幕だったか」

 

 この男は、我が生徒を危険な目に合わせた。

 だからもう、先生とは呼ばない。


「亡き祖父に代わって、お相手する。人類が守るに値するか、試そうじゃないか」

「ああ。決着をつけようじゃねえか」

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