凍空剣(とうくうけん) 前編

「死んだか。あれだけ強気な言葉を遺して、甘い男だ」


 担任は、ブレトンの剣技を背後から喰らって、横たわっていた。


 地面に、赤い血が広がっていく。


「どうしてよ。あんた魔王の力があるんでしょ!? くたばってんじゃないわよ!」


 マノン以上に、エステルが取り乱している。

 死にゆく担任を前に、ブレトンは笑みを隠さない。


「なぜ復活しないの?」

「教えてやる。ジャレスは魔王石こそ持っているが、解放したことは一度もない」


 魔王石があれば、深手を負ってもたちどころに回復する。しかし、持っているだけではダメで、オデットのように使用しなければ意味がない。


「この男はな。魔王石を持っていながら、魔王としての力を解放しなかったのだ。意地でも使わないつもりだろう。自分が取り込まれてしまうからな」

「そ、んな」


 泣きそうな顔になりながら、エステルが担任の背をゆすった。 


「ちょっとアンタ! デカイ口叩いておいて、負けてんじゃないわよ! なにが死ぬなよ! あんたが死んでどうするの! やってるの! あなた魔王でしょ! しっかりなさいよぉ!」


 あれだけ担任を嫌っていたエステルが、担任に何度も呼びかける。

 マノンは手でエステルを制した。


「任せて」


 担任の側に正座して、マノンは祈る。

 大気が冷たさを増した。

 空を見上げて、マノンは雪を降らせる。担任の背にだけ大量に降り注ぐ。

 一粒の雪が、風に揺れてフリアンの手に。 


「雪か」


 フリアンが、手に落ちた雪を眺めた。

 粉雪が、うつ伏せに倒れている担任の背に舞い落ちる。傷口が、みるみる塞がっていった。


「ほう、癒やしの雪か。珍しいな。治癒はだいたい、水か風の魔法を使うが」

「わたしは、その両方が使える。だから雪を用いる」

「見事だな」


 担任に降り積もる雪は、球状になっていく。段々と積み重なっていき、雪だるまに。


「なんだこれは? 防御フィールドのつもりか。随分愛らしいではないか。コイツに似つかわしくない」


 雪だるまの首を刈り取ろうと、ブレトンは剣を振るった。


 しかし、雪だるまはビクともしない。雪の結晶が複雑に絡み合い、ブレトンの剣すら弾き返したのだ。


「秘剣・冬芽ふゆめ


 冬の寒さに耐える花の芽のごとく、保護対象を守る技だ。


「これが、わたしの全力。大切な人を守る、絶対防御の力」

「さすがは不遜公との融合に耐え、己の魔力を鍛えただけある。ボクを相手に、その力を発揮してみよ。存分に」


 ブレトンが挑発してくる。


「だが、もやはジャレスは死んだ。蘇生できるものは何もない。その雪をもってして、ジャレスの魂までは助かるだろう。しかし、戦えるレベルまで回復するかな? キミが魔神の力を受け入れるなら別だが」


 ブレトンの胸にある、魔神結晶が怪しく輝き出す。


「わが軍門に下れ、マノン・ナナオウギよ」


 不意に、何者かから声をかけられた。ブレトンからではない


「私に、魔神になれと?」

「左様だ。貴様には素質がある」


 魔神水晶が、マノンの脳に直接語りかけてくる。


「ここまでよく自らを鍛え上げた。魔神たる器に相応しい。もし、魔神として生きる道を受け入れるならば、仲間の命は保証しよう。それだけではない。あらゆる全てが、貴様の思いのままだ」


 マノンは、周囲を見る。



 みんな、苦戦していた。



 もし、自分が魔神になれば、仲間は助かる。

 断れば、全員の死が待っているだろう。


 だが、マノンは断じて応じない。


「担任は、あんたなんかには絶対に負けない」

「我を拒むか。小娘」

「わたしは、誰の役にも立ってこなかった。いつも誰かに助けてもらっていた。わたしは、誰かの役に立つ人になることを望んでいた」

「そうだ。だからこそ我が力を受け入れれば、役に立――」

「でも、そうじゃなかった! わたしは、誰かを助ける何者かになりたかったんじゃない。みんなを助けたいんだ!」



 それは、何にもならなくてもできる。

 冒険者でなくても。

 今でも誰かを救える。

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