21.V.S
「ア、アスタロト!?」
思わず叫んだその声に、周りの視線も集まる。ざわ、とその姿を認めた者たちからどよめきが起こる。
ディーラーの席に現れたのは、アスタロトその人だった。
「余興だよ。今からボクがディーラーだ」
「来てたのか……絶対来ないと思ったのに」
「マモンのことが心配でね。ご教示はともかく、ただ荒らされているのでは困る」
そこにいるのがこの街の支配者であることと、相手が公爵の地位を持つダンタリオンと知って、視線はいよいよ集まっている。忍はさりげに席を離れたが、当初の予定ではマモンがプレイヤーになっていたので、ここで灸を据えることになっていた。
が、先ほどの頂上決戦でダンタリオンが出てしまったため、まさかの一騎打ちになってしまった。誤算と言えば誤算だが、マモンが大人しく帰ればいいだけの話なので、アスタロトにとってはどうでもいい程度の誤差だ。
「えーマジかー。閣下が相手とか絶対無理だろー」
「無理なわけあるか。ゲームには自信がある。能力の類は禁止だが、そんなもの使わなくても心理戦は……」
そこまで行って止まっているダンタリオン。
心理戦。
それでこの常に微笑みを絶やさないアスタロトに勝てるだろうかという根本的な相手の問題。
「……運も実力の内だ」
しかし引き下がれず、挑むことになる。
「掛け金100倍は本当だよ。本当はマモンに痛い目を見てもらうはずだったけど、やる気があるならその分だけ賭ければいい」
「ふん、全部かけてやるよ」
かくして、公爵の一騎打ちが始まる。
「ダンタリオンも強気だな。いくらディーラーでもバーストとかしてたし、これもギャンブルだろ?」
「秋葉、アスタロトさん心配してる?」
「心配って言うかどうするのかなって」
ウィッグを取りに行ってもいいだろうか。ここで取ると髪がぐちゃぐちゃになりそうで困るのだが、今ここを離れると世紀の対決が見られなくなる。
……悪魔にとって世紀の対決なんてたかだか100年に一度だから珍しくないのかもしれないが。
「忍、これも何かコツがあるのか?」
「ブラックジャックはカジノで唯一攻略法がある。使えることがばれると出禁になるやつ」
「出禁とかそれってずるいやつじゃないの?」
「違うよ。頭がいい人はできるんだろうけど、それやられるとカジノ側の負けが込むから追い出されるらしい」
「……それって、カジノ側がずるいんじゃないの?」
何かものを使うわけでも細工をするわけでもないので、禁止にするほどの措置はなんだか不条理だ、と忍も思うわけだが、たぶんアスタロトはそれができるんだろう。
なお、時間見などの能力はここではカンニングに等しいのでそれこそ使用禁止の領域になっているようだ。
「私もそう思った」
「で、肝心のそれは?」
司が軌道修正をしている。
「カウンティングって言って、出た札を元に、デッキに残っている札を推測する技」
「それだけ?」
「言うは易しだよ。数秒でやり取りされてる札を1デッキ52枚から引いて、更に残った札も記憶しておかないと成り立たない。場合によっては2デッキになるし」
単純な引き算なわけだが、トランプだから札の種類は4種×13組だ。ふつうは覚えていられない。だから人間界では出禁になるくらいの難易度だということなんだろう。
「……確かにアスタロトさんならできそうだな」
「実際、私がテーブルについてた時にやってたみたいだった」
「でも使っちゃいけない技なんだろ?」
「ここのカジノの運営者って元をたどれば誰だと思う?」
「……。アスタロトさんだ」
この街で運営しているのだから、実質的なオーナーはアスタロト自身なのは深く考えなくてもわかることだった。
「ディーラー側としてならカウンティングを使えても問題はないだろうな」
ここに鉄壁の結論が待っていることを全員が悟った。
かくして。
「……ギャンブルって怖ぇ……」
マモンにそんな「教育」が施されたその日。
「公爵、ドンマイ」
「賭け金はともかく、あそこまでけちょんけちょんにやられたらしばらくカジノとか行けないんじゃないの?」
「うっさい。善戦はしただろうが。あの周りの盛り上がりを見なかったのか?」
ダンタリオンが負け戦となったその一戦は、周りからすれば「オーナー自らディーラーとして突然現れた」みたいなサプライズでスマートな終わり方となっていた。
他の街ではこうは行くまい。というか、アスタロトはそんな目立つことをしてまでお灸を据えようなどともしないはずで。
もう顔も知れているホームだからこそ、できる芸当。レアなものを見てしまった。
「魔界に来られてよかった」
「そうだな、ムービーで撮っておくくらいの価値があったな」
「ツカサ、どこにどんな価値を見出しているのかは追及しないが、本気でやめろ」
敗者側として記録されたくないダンタリオン。しかし今回ばかりは注目がアスタロトに傾いたおかげで、恥ずかしくて顔出せない、みたいなところまでは落ちずに済んだようだ。
「公爵がゲームに強いってわかったから、今度みんなでボードゲームやろうね」
しばらく落ち込みモードな感じがしないでもないが、とりあえず、自分の服装に触れられずに済んでよかったと、忍は適当に慰めてみるのだった。
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